偶像崇拝
春棟、夏棟、秋棟、冬棟、その中心に四季棟という大きな建物がある。それぞれの棟とは連絡通路でつながっており、班決めが行われる地下大ホールをはじめ医務室や図書室、レクリエーション広場などが設置されている。
その中の地下小ホールでは悪趣味なショーや賭け事、決闘なんかも行われる。一番盛り上がるのは『はないちもんめ』という賭け事。
賞品は主に他棟にいる友達や恋人などで、自分の棟と相手の棟のボスに勝てば賞品を得られ、友達や恋人が自分の同室者となる。
出場するのは相手が棟内や所属しているグループでの立場が悪くなり殺されるかもしれないとかせっぱつまったやつが多い。ただ、人気のあるショーだけに甘くなく、死人が出ることも少なくない。
俺は地下小ホールで行われる様々なことが好きではない。人間の悪趣味さに辟易するし、必死な人間を見ると悲しくなるから。
だけど、今俺はひとりで地下小ホールへと続く階段を降りている。まだ早いため階段には俺以外に人の姿はない。それでもあと1時間もしたら各棟から多くの囚人が集って来るのだろう。それだけ今日のショーは人気がある。
今日の演目は『女』たちのダンス、ということになっている。各棟のオカマたちの豪華共演。ひげの生えた女たちの笑える出し物から、どこからどう見ても女にしか見えないやつらによるプロ顔負けのものまでいろいろと揃っており、地下小ホールで開催される悪趣味なショーの中では純粋に楽しめるものだ。
しかし、俺は別に本番を見るために来たわけじゃなかった。
階段を降りきり、地下小ホールの扉を開く。ホールは静まり返っており、案の定まだ誰も来ていない。
足を踏み入れると、靴の音が狭くはないホール内に反響する。
(いた……)
目当ての人物を見つけ、自然とため息が漏れる。
ステージの中央で、女装をさせられた神楽が『展示』されていた。彼の目はしっかりと閉じられていて、まるで作り物のように見える。
ステージの上部から数本の縄が下がっており、それらは神楽の両手首、首、足に巻き付いている。
色こそ黒いがお姫様が着るようなフリルがついたドレスは勿体無くもところどころ切り裂かれており、裂かれた部分から赤い筋が覗いている。神楽自身目元や口元が紫に変色していて、彼の状態は決して良いものではなかった。しかし、不自然な痣や切り裂かれたドレス、そこから覗く赤が彼を芸術作品のように見せている。
何の罰だろう。殴られた痕もあるし、神楽の性格からして望んでこういうことをするとは思えない。彼は自分のことを醜いと思っているフシがあるから。
出会った頃の神楽はあまりにも自分の容姿を卑下してばかりいたから、一度顔だけは良いと言ってみたことがある。それから神楽は容姿に関してのみ褒められたらそのまま受け取ることにしたようだった。俺が言うのなら間違いはないだろうと言って。
ばかなやつだ。俺はただ生き残るための芸を身につけたくて、髪を切らせてくれる人を探していただけなのに、神楽はそれで俺になついてしまった。髪の毛を切って笑いかけてくれたお礼等と言ってずっとサギさんサギさんと言ってくれる。好きですとバカの一つ覚えみたいに繰り返す。ろくに切れない安っぽいハサミを嬉しそうにくれたこともあった。ほんとばかみたいだ。可哀想。
みんな俺のことを『普通』だと言う。なんでこんなところにいるのかわからないと。だけど考えたらわかるだろう。みんなが思っている通り、普通のやつがこんなところにいるわけない。俺は人を人と思えなかったからここに入れられた。人を好きにも嫌いにもなれないからこんなところにいるのだ。
俺は命の重さが種族によって違うことを理解できない。
人間がこの世で一番尊くて偉いことを理解できない。
けれど、俺はそのふたつが人間社会に根付いていることを知っている。
だから普通の人の振りをするのは簡単だし、人を騙すことも容易かった。今は誰のことも騙すつもりはないけれど。
だって、そんな必要ないから。
それに、普通の人の振りをしているうちに、それが自然になってしまった。俺はもう『普通』になれたのだろう。ただひとつ、人のことが『好き』とか『嫌い』とか、そういう感情は未だにわからないけれど。
「神楽」
ステージの前に立ち、名前を呼んでみる。するとゆっくりと神楽の目が開いた。驚いたことに彼は本気で寝入っていたようだ。神楽はすぐに目を閉じ、鷺さんが見えるぅ、とかすれた声を出した。
「お前が落ち込んでるから慰めてこいって氷魚に言われたんだよ。行かなきゃ殺すぞって脅された。いい友達持ったな」
別になんとも思わなかったが、なんとなく皮肉を込めて説明する。聞こえているのかまた夢の世界に入ったのか目を閉じた神楽の様子からは判別できない。
その時、神楽の目が勢い良く見開かれた。
「鷺さん!?」
「そうだよ。なんだよ」
「鷺さん! さぎさぁーんっ!」
さっきまで眠っていたのがウソのように元気よく彼は叫んだ。
「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ」
「ふわあああ! 鷺さんがキャッ、僕と言葉のキャッチボールをしてくれてる! 嬉しい! 好きです!」
「そうかよ。で、なんか落ち込んでんの?」
事務的に尋ねる。神楽が落ち込んでいることが本当ならひどく珍しいことだ。ケンカに負けて殴られてこうして女装させられ吊るされるくらいではなんとも思わないやつだから。
「ああああありがたいお言葉っ。ぼくなんかにそんなっ、うれ、うれしいです!」
神楽がしゃべるたびに縄がきしむ。よく見ると、縄が食い込んでいる部分からはうっすらと血が見える。俺はしかたなく舞台に上がり、神楽に近づいた。
そういえば神楽と会うのは久しぶりだ。彼が深夜に活動する地下ゴミ班になってから見かけることもなくなった。
神楽は近づいてきた俺を何も言わずにきらきらとした目で見上げた。
髪が伸びている。一センチ強だろうが、このせいでより女装が似合ってしまっている。
「髪伸びたな」
「っ、はい!」
「切ってやるよ、また」
「はいっ!」
本当に、俺の何が良いのか、神楽は満面の笑みをくれた。少しでも表情を動かすと傷が痛むだろうに、痛覚なんてまるでないかのように振舞っている。
落ち込んでいる理由は多分聞き出せない。けれど、少しは元気にすることができただろうか。本当はあまり深く関わり合いたくないんだけど。
だって、俺は神楽を好きになれない。こいつは俺がクイナを好きだと勘違いしているようだが、それは違う。俺は誰のことも好きになれないのだ。彼の勘違いを訂正する気はないが、俺のことなんか早く諦めるようにできるだけ突き放さなければいけない。
それなのに、好き嫌い以外『普通』になってしまった俺は、完全に嫌われるように振る舞うことができない。たまに話しかけたり近づいたり中途半端な態度を取ってしまっている。彼が俺を好きでなかったら友達関係を築けたかもしれないと思うことさえある。
「さ、鷺さん!」
「なに?」
「僕、このあと今日だけ色班に行くんですっ! それでっ……」
神楽はそこで言葉を切った。色班――わかりやすく言うと、売春班だ。
「お前――」
やっぱ、なんかあったのか?
こう言おうとしたが、それは神楽の叫びにかき消されてしまった。
「それでっ。よければき、きてください! 俺っ、いやぼく! すっごいサービスしますからぁっ! むっはー!」
「……あほらし」
身を動かして叫んだことで神楽をつないでいる縄がみしみしと音を立てて揺れる。まるで俺に心酔している神楽自身のようだ。ナイフを持ってきてぷつりと切ってやりたい。そうすれば自由になるだろう。彼は、色んな意味で。
ふいに、遠くで扉が開く音がした。まだ開演までには時間があるが、気の早い囚人がもう来てしまったようだ。
「もう行く。せいぜい頑張れ」
神楽に背を向けて足早に舞台から降りる。
さっきの神楽の言葉が冗談だったのか本気だったのかはわからない。ただ、神楽の必死な顔だけは心に残った。
ありがとう、と小さく聞こえた気がしたが、俺は振り向かずに地下小ホールを後にした。
そういえば明日は労働がない。
地下ゴミ班に落ちてからすれ違いがちな神楽の髪の毛を切るなら今日しかないかも。
乱暴なこじつけだが、俺は数時間後色班に行くだろう。前に神楽からもらった、安っぽいハサミを持って。