冬の話
学校を終えて、俺と依令(いれい)は雪道を歩いていた。
季節はすっかり冬で、街は白く染まっている。
つるつる滑る歩道を慣れた様子で歩きながら、依令が思い詰めた様子で口を開いた。
「俺毎日生きてて思うんだけどさ」
「何?」
「寒くね?」
「さみいよ今更かよ。これ絶対マイナスじゃん」
依令はさも今まで気がついていませんでした、みたいなとぼけた感じで言ったけど、ぶるぶると震えていた。
俺は寒さを噛み締めるように空を仰いだ。
寒い日は空が高い。
どうして高いかなんてわからないけど、高い空は寒さをさらに助長している気がする。
寒いと空が高くて、空が高いと寒いなんて、負の連鎖? わからないけどとにかく寒い。
「まじか」
「多分ね。だってピリピリするじゃんか」
「どこピリピリする? 俺はね、」
そう言いかけて依令は途中で口を閉じた。
依令は他人から見ると時折意味の分からない言動をとるけど、実際は意味のあることが全てだ。
けど、こんなことは俺だけが知っていればいい。
「有為(ゆうい)から言って! 俺、心の中で答え合わせする」
「おお! 俺責任重大?」
依令がぎゅっと目をつぶり胸に手を当てる。
俺は雪の上にあった石に躓いたが、そんなことがまるでなかったように少しだけ開いた依令との距離を詰めた。
「感じたことをそのまま言ってよ。ノープレッシャーおけーい?」
「おけーい! 俺はね、耳」
了承して、ノープレッシャーでぴりぴりする自分の耳を右手でつまみ、へらっと笑う。
「あ」
「何々? 違うの?」
依令がぴりぴりした所はどうやら耳ではなかったらしく。微妙な反応が返って来る。
でも、どうして依令が微妙な反応をしたのかすぐに合点がいった。
「俺鼻! だって耳当てしてるし」
依令の耳にはもふもふした耳当てがあてられていた。朝も一緒に登校して、クラスも一緒、今日は掃除当番まで一緒だったのに気がつかなかったなんて俺はなんてアホなんだ。観察力というか、普通気付くだろばかめ。
けどうらやましい。ぴりぴりする耳がさらに痛む。
そもそも依令は髪で耳が隠れるっていうのに、さらに耳当てで守っているなんて、どこまで耳を大事にしてるんだ。
逆に、耳がむき出しの――少しはかかっているけど――俺は、どれだけ耳をないがしろにしているんだ。
俺が耳だったら絶対大事にしてくれる依令の耳に生まれたい。
けど、依令はピアスを開けているから、その時の針が迫って来る恐怖と普段の寒さを天秤にかけた場合、俺の天秤はどちらに傾くだろう。
「別にあてるゲームじゃないからいいんだけどさあ、有為気温知りたくね?」
俺が真剣に考えていることもいざ知らず、依令は簡単に「いいんだけどさ」なんて言ってしまった。
けど、いいんだけどなんて言われるといいんじゃないかな、と思ってしまう。
そして、知りたくね? と問われると、知りたくなってしまう。
「マイナスだと思うんだけど」
「マイナス何度さ」
「5くらいじゃねえの? このピリピリ感からして」
予想を言う。
天気予報ではたしかマイナス7℃だったが、それは最低気温で、何時に最低かなんて教えてくれなかった。
天気予報のお姉さんは笑顔ですべてをごまかそうとしている。
「適当はだめよ」
「じゃあ調べっか」
「どうやって?」
「気温計? 百均とかに売ってるでしょ」
ちょうど良く視界に百均が映ったので言ってみる。
依令にも車道を挟んだところにある百均を指差してその存在を示す。
それに依令が苦い顔をして首を横に振る。
「未だに俺、百均を信用しきれてない」
「じゃあさ、電光掲示板? よくあるじゃん。デパートの前とかに気温教えてくれる電光掲示板。それ探そう」
「おっけー」
「どこにあるかな?」
「遠くしか知らねえから取りあえず歩いてきょろきょろ探そう」
「おっけー」
そうしてふたりで、あたりを見回しながら気温が書いてある電光掲示板を探すことにした。
いつも通っている道できょろきょろしたって無駄なのに、俺たちは深く考えようともせず、電光掲示板を探す。
もしかしたら、気温を知ることよりも大事な何かを俺たちは探しているかもしれない。
なんてことはなく、何も考えていないだけだ。
「つーかさみいな」
歩きつつ、依令が話しかけて来る。
「コート着たいよね」
そういう俺たちは冬にも関わらず学ラン姿で、中にパーカーやトレーナーを着て寒さをしのごうとはしているが、それだけで冬の寒さに対抗するのは厳しかった。
「けどさあ、コート着たら負けだと思わねえ?」
「冬への敗北だね」
「とにかく下に着込んでも学ランの上に羽織らないっつうのが男子高校生に唯一残された武士道なんだ」
「俺もお前も立派な武士か」
「武士だ」
「あと一ヶ月もしたら真冬がやってくるけど、その時に俺たちは果たして耐えられるだろうか」
「去年は負けたっけね」
「あぁ……2月の寒波に負けたんだよ」
「今年は頑張ろうぜ!」
「ふふふ」
「へへへ」
二人で見合って取りあえず笑っておく。
真面目なことも面白くないことも面白いことも悲しいことでさえ笑っておけば幸せだ。
「あ」
笑い合っていた依令が一点を指さしたので、つられて目を向ける。
「歩道橋に気温書いてるし!」
いつもの通学路で、簡単に探していたものが見つかった。
「つうかマイナス5℃って有為が言った通りじゃん! すげー! けどどうせならもっと有為と歩いていたかった俺青春中」
「うひょっ! みーとぅー!」
「発音ひでぇ」
さりげなく愛を確かめ合うが、俺たちに愛はない。今は。
けど、こんな風に朝からずっと一緒にいられる今が幸せすぎて、楽しすぎてそんなことはどうでもよかった。