下書き 短い話 - 早寝記録

早寝記録

ひとでなし

 ――高3の冬、粉砕覚悟で告白することにした。
 半ばやけくそで、受け入れてもらえるとは思っていない。
 どうせ春から進学のために家を出るんだし、振られたら潔く一人で遠くに行くつもりだった。

「お、俺、女の子に興味ないし!」
「じゃあ男のままでいいってこと? それならそれでも俺は全然かまわないんだけど」
「いやいやいやいや。違った。俺の言い方も悪かった。なんかね、もう大体が、いや、なんだ。そもそもの前提が間違っているというか」
「間違ってる? 嘘でしょ。兄ちゃんだって溜まるでしょ? 俺、可愛くない? 自分では結構似合ってると思うんだけど」
「いやあ……似合ってると思うよ。すごく。そこら辺のアイドルより、いや、日本、世界の中でも一位を争うくらいキレイだよ」
「ありがと」

 弟が大好きで過大評価しまくりの兄――智明(ともあき)に対し、千尋は「じゃあちょいと失礼」と軽く断ってからベルトを外しにかかるが、智明に慌てた様子で阻止される。

「だからね、そ、その格好も似合ってるし、気持ちはありがたいんだけど俺別にちぃちゃんに抜いてもらわなくても大丈夫って言うか」
「兄ちゃん往生際が悪いよ。俺がやりたいんだからいいじゃん。兄ちゃんは寝っ転がってるだけでいいよ。俺勝手に兄ちゃんを元気にして勝手に自分のも準備してそこに兄ちゃんの突っ込んで揺すって気持ちよくさせる。ローションも貰って来た」
「誰に!?」

 千尋は自分でも下品な上に自分勝手な言い分だと思ったが、怒らない智明が悪いんだということで無理矢理自分を納得させた。
 告白なら告白だけすればいいかと思うが、どうせ望みなんてないから最後に一発くらい貰っちゃっても良いだろう。
 千尋は考えるのを止め、ジーパン越しに智明のを鷲づかみにした。堅いジーパンの上からだと全くといっていいほど感触も何もわからなかったが、智明が「乱暴はよして!」と女みたいな悲鳴を上げている。
 その様子からこの段階に至っても智明がふざけているのがわかり千尋は複雑な気持ちになった。智明はどこまでも甘い。ふざけんなきもいんだよとでも言って殴ればいいのに。

 大体、セーラー服を着た弟にいきなり押し倒されてなお笑ってる智明の神経を疑う。どうして引かないのだろうか。気持ち悪いと罵らないのだろうか。

「……でも言われたら俺も引きこもっちゃうな……」

 千尋はこっそりと自嘲の笑みを零した。

「何!? 千尋も引きこもるの? 那瀬家ひきこもりニート二人になんの!? クズふたり!? 兄ちゃん嬉しい」

 千尋の小さなつぶやきを智明は聞き取ったようで、自虐だかなんだかわからないハイテンションで返される。
 いつもは割と落ち着いている智明だから、今の状態は彼にとってかなり異色の、驚くべきものなのだろう。
 千尋は笑うつもりなんてなかったが、智明を困らせるのはひどく久しぶりだなあと思わず笑ってしまった。

「…… 大丈夫。俺、手先が器用だから女の子のえっちい人形とか作ってオークションで売りさばくし。一体6800円として十体で6万8千円、百体で68万円。シリコンで複製もばっちりだから慎ましやかな生活なら年金払ってその他保険料、税金食料費光熱費ガス代水道代電気代払ってもまだおつりが来るよ。今まで通りネット使い放題でも大丈夫。お金足りなくなったら手先の器用さと兄ちゃんへの愛を具現化して兄ちゃん×俺の18禁エロ漫画とか小説を売るよ。妄想は果てしない上に願望を書いたら売れると思うんだ。だって俺だったら欲しいから。ま、ここまで行くとニートじゃないけど」
「何の話!?」
「養わせて欲しいなって話。ねえ」
「何?」
「そろそろいい?」

 千尋は今度こそ智明のベルトを外しにかかった。ファスナーをじりりと開ければ、ださい柄のパンツが見える。しかしどんなにださくても千尋には輝いて見える。それはもちろん智明が履いているからだ。智明が履くとおしゃれだ。格好いい。なぜだろう。そんなの智明のことを好きだからに決まってる。

「いやいやいやいやちぃちゃんダメだって! そう、兄弟でこんなことしちゃだめでしょ!」
「血繋がってないじゃん」
「血だけが全てじゃないだろ!」

 智明の声に怒気が含まれていることに気がつき、千尋が変なパンツから智明に目を移すと智明が珍しく怒った顔をしていた。きっと「血が繋がってないじゃん」に対して怒ったのだろう。
 本当に弟として認められているんだなあと思い嬉しくならなくもなかったが、これ以上考えるとせっかく引き締めた表情筋がだらしなく緩んでしまいそうだったので考えるのを止める。

「俺、兄ちゃんのこと好きだし、いろんな意味で。きっと血が繋がってても好きになってたから。ダメ?」

 そう言って千尋はかわいらしく小首をかしげてみせた。自分の行動の気持ち悪さに虫酸が走るが、今日はセーラー服を着てるし化粧もしたしどこから見ても女の子だからまあ、大丈夫だろうと高を括る。
 だけど、これは智明が大嫌いな俺の母さんに似てるかな、とここに来て気がついてしまった。
 嫌われたらどうしよう、こんな恐ろしい考えにとらわれる。
 しかしこれは杞憂だったようで、智明の顔は見る見るうちに真っ赤に染まっていった。
 いける。よし、どんどん攻めよう。
 千尋はスカートのポケットに忍ばせていた手錠を取り出してぼけっとしている智明の手をベッドの柵につないだ。

「あ! ちょっと千尋! 何してんの!」
「動けないようにしてるの」
「ははははは犯罪です!」
「通報すれば?」

 なんでもないことのように言って、千尋は智明のジーパンを引き抜き床に捨てる。
 そのときにベルトが床に当たり硬質な音を出した。その音がやけに大きく響く。

「だ、誰か来たらどうすんの!」
「鍵掛けたし。ちびっ子二人は遊びに行ったよ」
「そう」
「うん」
「って、そういう問題でもなく」

 千尋は慌てている智明を可愛いなあ、と見つつ、無情にパンツを下げる。
 外気に晒されてひやっとしたのか、ただ単に焦っているだけなのか智明は「うわわわわ」と変な声で手錠をがちゃがちゃ動かしている。
 おもちゃの手錠じゃないからいくらがんばっても外れやしないのにご苦労なことだ。

「大丈夫だよ。そのうち暖かくなるから」

 千尋はそう言うと改めて智明にまたがり焦りで火照ったのか、ほのかに色づいている口に口付けた。了承もなくするのはどうかなあ、と思いはしたが、何も知らなかった頃のいたいけな自分に初めにしてきたのは智明だったことを思い出し、罪悪感はなくなった。

「ちょっ……ちひ――」

 千尋は未だ抵抗を見せる智明を見下ろし、しゃべるな、という意味も込めて萎えている智明のものを握ると、智明ののどがひゅっと鳴った。
 そういえば智明はここ数日風邪を引いてたか――。
 千尋は労るように空いている方の手をおでこに当てた。少しだけ熱い。
 かわいそうに。流されやすい性格の智明はこのまま俺に童貞を捧げちゃうんだろう。
 千尋には智明の人の良さと彼が持っている「兄弟愛」に対する一種の強迫観念みたいなものを思い切り利用しているという自覚はあったが、止められない。
 それどころかずっと好きだった智明の童貞をいただけるなんて、智明が引きこもりで良かった! なんて身勝手にもほどがあることまで思ってしまう。

「……兄ちゃんごめんね」

 キスの合間に小さく謝る。
 慌てすぎて何が何だかわからない状態の智明に届いたかはわからなかったが、まあいいかとことを進めた。





 数時間後、智明の一人用の布団に横たわった千尋は目をこすり怠そうにため息をついた。
 もっと手慣れた感じでスタイリッシュに格好良く魅惑的にしかし清楚さを崩さず智明を攻めて攻めてひいひい言わせたかったのに、「きっと入るだろう」なんて思って事故って。
 なんにしても「だろう」はいけないらしい。
 仰向けから痛む体を必死に動かしうつ伏せになる。
 なんにしても「かもしれない」が鉄板なのだ。俺だってあのとき入らない「かもしれない」と思っていたらあんな情けない姿を智明に晒さずに済んだかもしれない――千尋は不甲斐ない自分に憤りを覚え、ぎりりと唇を噛みしめた。
 世のドライバーたちに言いたい。「だろう運転ダメ、ゼッタイ! イエス! かもしれない!」と。もちろん“あらゆる”意味でのドライバーたちに。

「……大丈夫?」
「大丈夫に決まってる」

 智明が心配そうに千尋の背をさする。背中まで痛めてしまったから千尋は止めて欲しいと思ったが、智明から触ってくるなんて滅多にないから我慢した。
 ベッドサイドに腰掛けて自分の背をさする智明を見る。
 相変わらず綺麗だ。今は眼鏡を外しているから薄い色の瞳がよく見えた。
 痛くて入らないとすすり泣く自分を優しくリードしてくれた智明が格好良かった。
 わかったからちゃんとやるから手錠外して、と言われたときに逃げるんじゃないかこいつと疑ってごめんなさい。
 でも、もしかして智明童貞じゃないんじゃないの? と思うくらいスムーズに行って不安になった。

 ――けどもしそうだったとしたら俺は嫉妬に狂ってしまうから何も聞けない……。

 だってその可能性は十分あるのだ。
 智明は兄弟の欲目なしに見てもとても綺麗だ。もともと色素が薄いのか肌は白く髪の毛も茶色い。造作も良い。「コンタクト買いにいくの面倒くさいし」と言って普段は眼鏡で隠れている瞳もべっこう飴みたいでおいしそうだ。

 現に高校時代は結構モテていたと思う。智明は社交的ではないし不機嫌さや「話しかけるんじゃねえ」という雰囲気を隠さなかったから遠巻きに見られるくらいだったけど、ふたりで町とかを歩いているときに女の子たちの多くの視線が突き刺さっていたから。
 当時智明は「みんな千尋が可愛いから見てるんだねえ」と目尻を下げていたが、明らかに智明に突き刺さっていた。
 
 そもそもなんで俺は智明を童貞だと決めつけていたのだろう――千尋は智明から視線を外し、シーツに突っ伏した。
 疑問に思い考える。
 疑問はすぐに解決した。智明は昔から女の子に興味がないと言っていたのだ。漫画とかアニメとかアイドルとか、実際に“生”を感じられないものには興味を示していたけど。
 そうだった。だから千尋は女装したのだ。
 千尋は自らの愛想のなさを自覚している。愛想を振りまこうと思ったことすらない。今も昔も笑顔を向けるのは智明だけで良かった。
 無表情さもあってか、よく「千尋君はお人形さんみたい」と老若男女問わず言われてきた。それは時にいじめの言葉でもあったけど。
 そんな自分がセーラー服を着て毛穴をファンデーションで隠してつけまつげを装着すれば本物の“等身大人形”に見えるんじゃないかと思ったのだ。
 人形だったら愛してもらえるかな、と一縷の望みを抱いて来たわけだけど――。

「見事に失敗だ……」
「何が?」

 途中で泣いたらダメじゃん。人形には感情がないんだから。でも、想像以上の悲鳴がケツから上がり、それが口からも出てしまったんだから仕方ない。

「……兄ちゃん」
「何? 水?」
「違う」
「何?」
「俺、次はちゃんとにん……女の子になりきるから」

 さすがに人形を言葉に出すのはダメかな、と思って途中で言い直すと、智明は背をさする手を止めて「はあ」と小さくため息をついた。

「俺、別に現実の女の子に興味ないんだってば」
「じゃあ男?」
「どっちもないよ。あ、けどちゃんと気持ちよかったよ」
「とってつけたように言わなくても良い」
「本当だって」

 智明は口元を控えめに綻ばせ背に置いていた手を頭に移し、まるで壊れ物を触るかのように丁寧に撫で始めた。
 女装をするために少しだけ伸ばした千尋の髪の毛からほのかにシャンプーの良いにおいが香る。
 汗もかいたが、自分の匂いだからかわからない。

 智明は千尋の頭を撫で続けている。
 千尋はどういう顔をして智明は自分を撫でているのかが気になった。しかしちらりと見上げても、智明の双眸には優しさしか映っていない気がした。
 千尋はこんなバカな弟を智明が本当のところでどう思っているのか気になったが、そんなこと怖くて聞けない。

 ――だって俺は智明のためだったらなんでもしてしまう。

 きっとお願いされたら犯罪にだって手を染める。しかも喜んで。
 こんな“キレてる”弟のことを本当は怖いと思ってるに決まってる。
 でも、恐いと思ってないかもしれない。
 だって、自分がこんなに頭がおかしくなるほど好きなことに、きっと智明はまだ気がついてないから。
 気付いていないとしたら絶対に知られてはいけない。
 けど、もしかしたらうすうす気がついているのかもしれないな、とぐるぐるぐるぐる思考が回って不安になる。

 考えを振り払おうと目を閉じて智明の手に集中する。暖かくて気持ちがいい。

「兄ちゃん」
「何?」

 呼ぶとちゃんと智明は返事を返してくれることに、千尋はどうしようもなく安心してしまう。

 けど、今回の一番の目的はまだ果たしていない。
 さらりと好きだよ、と言った気もするが100%伝わっていない。

「欲しいものとか、して欲しいことあったら何でも言ってね」
「んー……」
「兄ちゃん」
「何?」

 ちらりと智明を見上げると智明は少し驚いた表情をしていた。

「……千尋、随分辛気くさい顔してる」
「兄ちゃん」
「何?」
「答え教えて」
「答え?」
「兄ちゃん大好き、付き合って」