早寝記録

会長×副会長

 会長様~という媚びた声を冷めた気持ちで聞きながら、僕は生徒会会長――十河(トオガ)の後ろを付いていく。

 人気投票で選ばれるのが生徒会ということもあり、順位的には十河の次に人気のある僕へも声援は飛ぶが、圧倒的に十河の方が多い。
 十河を見ると、彼は声援を受けるのが当たり前だとでもいうような態度で、悪く言えば偉そうになんの反応も見せず早足で歩いている。

(どこがいいんだか……)

 僕には十河に羨望のまなざしを送る生徒たちが信じられなかった。
 山奥の全寮制男子校。町に降りる手だては少なく、降りても田舎だから何もない。夜に降りても畑泥棒と間違えられるのが関の山……。
 そんなだから生徒たちは性の対象を女の子から男にシフトさせた。
 そして、もともとゲイでもなんでもない生徒たちはできるなら見目のいいやつと付き合いたいわけで――。
 そしてそれは会長――十河も同じらしい。
 きれいどころを見つけては盛っている。
 僕なら自分たちを人間とも思っていない、都合のいいときにだけ利用して普段は愛想も振りまかない十河よりも、顔はそこそこで優しくて人当たりの良い人のほうが良い。
 僕は無意識にため息を吐いた。
 そして、吐き出してからそのことに気がつき、自分を情けなく思う。
 何を怖がっているのか。
 十河だって自分と同じ高校生だし、悪いのは彼のほうなのだから僕が緊張して怖がる必要など何もない。

「岬!」

 突然の大きな声にびくつき、伏せていた顔を上げると、十河が眉間に皺を寄せ不機嫌そうに僕を見ていた。

「何ですか?」

 心臓はどきどきしていたが平静を装い、眼鏡のフレームを右手で上げる。

「何回も呼ばせるんじゃねえよ! ――ったく使えねえ」
「すいませんね。それで、何なんですか?」
「はあ!? 何なんですかじゃねえよ。てめえがなんなんだよ」
「? 僕ですか? 何もしていませんし、あなたと一緒に生徒会室に向かっているだけです」
「んなこといってんじゃねえよ」

 なぜかキレ出す会長に、彼に黄色い声を上げていた生徒たちも声を消し僕たちを心配そうに眺めている。
 動物園の動物にでもなった気分だ。こういうときは見ない振りをしてそっとその場を立ち去るのが常識的で空気を読む行動だろうに。

「十河、さっさと戻りましょう。人が見ています」
「なんだよ、見てんじゃねえ! 散れ!」

 僕の発言に十河は周りの生徒たちを見回し、一喝した。
 その剣幕に生徒たちは散り散りばらばらに散っていく。

「……もう少し大事にした方がいいのではないですか?」
「ああ? いいんだよ。別に人気なんてうぜえだけだろ」
「……そうですか」
「それで、なんなんだよ、てめえはさっきから辛気くせえ顔してよお」
「は? 辛気臭い顔?」
「疲れてんのかよ」

 そう言って十河が僕の顔を覗き込んだ。
 僕は身長が低い方ではないが、十河の方が高く、僕の顔を覗き込むために十河が少しだけかがんだ。
 十河の頬に彼のクリーム色の流れるような美しい髪の毛が一筋落ちる。

「……違います。少し考え事をしていただけです」
「考え事? 何だよ」
「内緒ですよ」
「はあ!? 俺に言えないって言うのかよ。てめえは」
「……なんで言わないといけないんです? 生徒会のことならまだしも……」

 まあ、考えていたのは主に生徒会会長のことだけど――とは言わない。

「そんなの俺が俺だからに決まってんじゃねえか。バカか? お前」
「……わけがわかりません」

 自身のとんでも理論を展開する十河にまたため息が出る。
 十河はもうかがんでおらず、いつもの少し高い所から僕を見下している。……否、見下ろしている。
 きっとこの怖いくらい整った顔立ちと高校生のくせに何者をも寄せ付けないくらいの圧倒的な風格に男でも夢中になってしまうのだろう。
 しかし、それで今僕は果てしなく困っているのだ。

「……人が捌けたのでここで言いますが」
「そうしろ」

 意を決して口を開く。

「生徒会室に一般生徒を連れ込んであまつさえ仮眠室でい、い、いいいいいいたすのは止めて下さい」
「いたすって?」
「は」

 十河を伺い見ると、彼は本当にわかっていないのか揶揄する様子もなくじっと僕を見下ろしている。

「だから、その、ひ、卑猥なことをしないでください」
「卑猥って例えば?」
「は? ひわ、卑猥、例えばって」

 自分でもしどろもどろになってしまっているとはわかっていた。
 しかし、どうにもこうにもダメなのだ。
 昔からシモのことになると、自分で言うことではないが普段の理路整然でクールな僕はすっかりなりを潜め、頭の回転が遅くなりしどろもどろになってしまう。
 これは実家に帰ったときに地元の友達にいわゆるエッチな雑誌を差しだされて気がついたことなので、ここの学園の生徒たちにはバレないように気をつけて生活している。
 本当は十河にこのような話を持ちかけるのも避けたかったのだが、生徒会顧問からの命令なので断ることが出来なかった。

「ききききききっすとかしてはいけません」

 僕は堪えきれず踵を返す。
 生徒会室には恥ずかしさですっかり火照ってしまった顔の熱が引けてから戻れば良い。
 先生にはちゃんと言ったことにしておこう。実際言ったのだ。既成事実はできた。
 
 しかし、僕の目論みは外れて、十河に腕を引かれ引きずられるようにして生徒会室に向かうことになってしまった。

 僕の腕を掴み歩く十河の肩が少し震えていたのは、笑いを堪えているからだろう。
 からかわれた。
 さっきのは完全に僕をだましていたのだ。
 僕が言っていることにわからない振りをして、僕をからかって遊んでいた。
 ムカっ腹が立ち、文句を言おうとしたその時――。

「本当岬はおもしろいよなあ。俺、お前がいるから生徒会も悪くねえって思うもん」

 ――と、普段の十河からは考えられないような爽やかな笑顔で言われたから、僕は文句を言い出せなくなってしまった。

 顔が熱いのは、さっきの熱がまだ残っているからだろう。
 決して十河にときめいたわけではないのだ。

 僕は半ば自分に言い聞かせるように、そう思い込む。

 十河がいるから生徒会も悪くない――だなんて決して、決して思っていない。