特技
鍵を開ける音がして顔を上げる。横たえていた体をそそくさと起こしベッドに正座した。あくまでも待っていたようには見せずに、自然に迎える。ドアが開かれ暗い部屋に光が入る。
「おかえり!」
思わず日本語で迎え入れてしまうが、イヴァンには意味がわからないだろう。頭上にはてなをたくさん浮かべながら彼は房に入り、後ろ手に鍵を閉めた。器用だ。
「イヴァン、見て欲しいんだけど」
今日もイヴァンは看守に呼ばれ、下水掃除に来なかった。この前起きた殺人事件の手伝いをしているらしい。しかも殺人の手伝いではなく、捜査の方。
「それよりなに、さっきの言葉」
「え? 言葉?」
「わかんねえ言葉言われんの気になるんだけど」
「帰ってきた人を迎える言葉だよ」
「オカエリ?」
「そうそう。上手」
たどたどしく言うイヴァンが微笑ましくてにやけてしまうと、イヴァンが顔をしかめた。
「なんかすげえばかにされた気がする」
「してないよ。それより、見て欲しいものがあるんだけど」
「なんだよ」
イヴァンが俺の隣にやってくる。俺は座ったままベッドの下に手を突っ込み、目当てのものを取り出した。
「なにそれ」
光輝く小さな小瓶。下水を流れる死体が持っていた物。イヴァンの瞳が輝く。
「匂い嗅いでみて。前、すっげえ高く売れたやつだと思うよ」
俺の言葉を受けてイヴァンは丁寧に小瓶の蓋をあけた。中には白く輝くさらさらとした粉がぎっしりと入っている。
「すごいじゃねえか、クゼ」
「だから帰ってくんの今か今かと待ってたんだよ」
「畜生、俺もその場にいたかったな。金も好きだけど、見つけた時の感動が好きなんだよなあ、俺」
「金だってあんまり使ってないじゃんか」
「自己満足だけどさ」
イヴァンが小瓶を俺のベッドの下に戻す。
「今日はシャオのとこに行かないの?」
「ああ。今日は房から出るなって言われてるからな」
「従うの」
「独房はもういい」
「疑い晴れてないの?」
「いや、最近大人しくしてるからいいように使われてるだけ」
「へえ。災難だね。面倒くさそうなことに巻き込まれて」
「まじで。俺も漁りたかった」
「明日もきっと流れてくるって」
そうしたら一緒に漁ろう、と誘おうとしたが、なんとなく止める。イヴァンはきっと一人のほうが効率よく死体を漁れるだろう。俺は死体を漁るにしてもあまり要領よくできていないから。今日のやつだってまず引き上げるのにかなり苦労した。ヘドロまみれのゴミとヘドロまみれの宝の区別もあまり付けられずまごまごしたし、俺は死体漁りが苦手だ。
「何急に沈んだんだよ」
「まだ、俺上手く死体漁れないから」
言うと、イヴァンはそんなことかよ、とふと笑う。その表情が優しくて、大人びていて、縋り付きたくなる気持ちを俺は必死に抑えた。
たまに思うことがある。何人ものやつが俺に向けて言ったことを、俺は想像する。
『イヴァンの同室者はよく変わるんだ。飽きた頃に殺すから』
みんな、お前もいつか下水を流れるだろうと俺を嘲笑った。けれど、俺は彼の前の同室者たちとは違う。聞くところによると、イヴァンは同室者たちを助けていたという。彼は、俺を助けようとはしない。
レイプされた時にたまに現れたりしていたが、全部終わった時だった。それに、彼は汚れた俺を見て顔をしかめる。
嫌われてはいない。優しい言葉を掛けてくれることもよくあるし、笑いかけてくれる。嫌われたくないと情けないことを口に出す俺に、嫌いにならないと言ってくれたこともある。
けれど、俺には守る価値なんてないのだ。悲しいわけではなく、それで良いと思う。だって俺は価値のない人間だから。俺が生きていることで得をする人などいないし、生を喜ばれたこともない。
俺はずっと人に好かれたかったが、一人も俺のことを好きになってくれず、それどころか汚物に塗れた下水を見るように睥睨し、蔑み、暴言を吐き、汚い靴で踏みにじった。
イヴァンはいいやつだ。
傍にいたいが、本当に許されるだけ傍にいて良いのだろうか。
もしかしたら、俺が唯一イヴァンのためしてやれることは、下水を流れることかもしれない。口に出したら彼は厭な顔をするだろうが、これが真実に思えた。
「引き上げたら呼べば良い。別に、上手くなる必要ねえよ」
「役に立ちたいんだよ。……図々しいかもしれないけど」
「良いよ、ただの趣味だし。……ああ、そうだ、この前言ってたじゃん。ケツ貸してくれれば良いよ。役に立つだろ。ちょうど、一人でやるにも飽きたとこだし」
イヴァンがにやりと笑う。俺は何より「一人でやるにも」を聞きばかみたいに安堵してしまった。イヴァンが他のところで誰かに盛っている姿を想像したくなかった。彼の元同室者たちはどうでもいい。飽きられて下水に捨てられているから。イヴァンの心の中に彼らはもういない。
そう思ったら、イヴァンの役に立ちたいという思いがどんどん膨らんで行った。けれど、俺の本音は別だ。イヴァンと寝てみたい。愛のあるレイプを俺は経験したことがないが、愛に一方通行があるのならイヴァンが抱いてくれれば俺は愛のあるレイプを体験できる。それは、きっと俺に幸福をもたらす。
「俺、いつでも貸せるよ」
というか、あげれるよ。
「前戯とか必要ねえし、ぜひぜひ便利に使って」
「すげえ爽やかなんだけど……」
「清々しい気持ちだからじゃないかな」
「清々しいのかよ」
ばかじゃねえの、とイヴァンが溜め息混じりに笑う。
「クゼさ、気持ち良くなったことねえんだっけ」
「ないよ。痛いか気持ち悪いかだけ。でも、突っ込めば気持ちいいんでしょ」
――俺、イヴァンが俺で気持ちよくなってるの見てみたいな。
なんてことはまさか言えないけれど。
「お前、感じたことあるじゃん」
「え?」
イヴァンが含みのある笑みを浮かべ、俺の口に指を突っ込んできた。
「んぅっ……」
彼はそのまま器用に俺をベッドに倒す。思わぬシチュエーションに胸が高鳴る。
「しっかり舐めとけよ」
イヴァンはベッドに座ったまま上体を倒して俺を真上から見下ろしている。俺は彼の整った顔を見上げながら、長い指に舌を這わせた。綺麗なものを汚している感覚に、背徳感のようなものを覚える。
「……いいか」
イヴァンはそう言うと、俺のズボンを下着ごとずり下ろし、すっかり濡れた指で尻の割れ目をつついた。
「忘れた? 俺、クゼの感じるとこ覚えてんだけど」
えらくエロく笑って、イヴァンが俺の尻に指を埋め込ませてくる。多少の圧迫感はあれど、ちょっと前まで男たちのあらゆる棒を受け入れてきた俺の入り口は、彼をすんなりと招き入れた。
来るのかな、今日イヴァンは来てくれるのかな。
あまり期待しないほうがいいのにばかみたいに期待している俺をよそに、イヴァンは「ここだろ」と言って俺の中のある部分を押す。そうしたらまるで何かのスイッチだと本気で思うほどの快感が体中に走った。何かのスイッチというか、気持ちよさのスイッチだ。前に手を伸ばしたい。俺は、ああ、だか、んん、だかよくわからないけれど、おおよそ男っぽくない声を出した。いつも出してた媚びるような喘ぎ声とは全く違う、自分で聞いていて恥ずかしくなるくらい余裕のないものだ。
「思い出した?」
「あっ、ま、イヴァっ」
イヴァンは執拗にそこを攻め立てた。イヴァンがそこを押したり掻いたりするたびに電流が前へと走る。呼吸が乱れ、浅く速く息をするが、酸素の取り込みが不十分なため息苦しさは全く解消されず、目が霞んだ。
「クゼでも勃つのか」
イヴァンが冷静に感想を述べる。
「そういえば、この前も勃ててたか。……つうか顔赤ぇ。火吹くんじゃねーの」
イヴァンの揶揄を俺はしっかりと聞いていたが、多分、俺は生涯で一番の恥ずかしさを今感じている。
今まで、俺は自分を抱いてきた男たちを見下していたのだ。このことにたった今気が付いた。俺のケツに突っ込んで気持ち良くなって獣みたいに腰を振る。その獣じみた行為に勤しむやつらを俺はずっとばかにしていた。自分は全く気持良くなかったから、人間を捨てて言葉を持たない獣に成り下がっているのは彼らだけだと思っていた。
それが今はどうだ。俺だけが獣のように呼吸をし、獣のように理性を飛ばし、はしたない格好で喘いでいる。
恥ずかしい。どうしよう。
せめてもの抗いにと、声を出さないように腕を噛む。
「怪我するよ」
しかしそれは優しい言葉とともにイヴァンに引き剥がされた。
「クゼ、触ってみろよ。ケツしかいじってねえのにもうドロドロ」
優しい口調でイヴァンが俺の手に手を重ね、俺の中心へといざなった。ほぼ形を変えたことのない俺のクールな息子は、二重人格を疑うほど熱く燃えていた。
未だ電流は流れ続けている。
イヴァンの手に支えられ、自分で自分を高めていく。先にある割れ目を弱くひっかくと、体が痙攣した。その間もイヴァンはひっきりなしに前立腺への刺激を俺に与えている。
「イヴァ、イヴァン、俺っ…」
「いけば? あの粉の礼に、特別にシーツ洗ってやるよ」
「えっ、いい、よっ。……あっ、もう、おれ、もうっ」
「モウ?」
なんだそれ、とイヴァンが言ったのと時を同じくして俺は久しぶりに精を吐き出した。びくん、と体が何度も跳ねる。生理的な涙が頬を伝った。潤む視界の向こうに、俺の白濁が付いたイヴァンの白い手が見える。
「これ、綺麗にしてよ」
イヴァンが俺の口元に彼の汚れた手を寄せた。ぼんやりとする頭で彼の言葉を理解し、舌を伸ばす。ちろちろと、俺は自分が出したものを再び自らの体内に取り込んでいく。
「なんだよ、疲れてんの? まだ早えよ、クゼ」
そう言って、イヴァンがベッドに上がって来た。
「貸してくれるんだろ」
イヴァンの言葉に射精の疲労が吹っ飛んだ。イヴァンが来る! 俺の中に! 驚くほどテンションが上がる。今までの発言から俺がイヴァンに抱かれたがっていることはわかっていたかもしれないが、嬉しさを出しすぎて媚びてると思われたら大変だ。俺は嬉しさをひた隠し、ただ一言もちろん、と言って体勢を立て直し、四つん這いになろうとした。
「イヴァン! 盛るのは終いだ! もう一度区長室へ行け! 五分だ! 急げ!」
邪魔者の声が扉の外から投げつけられる。
心底うんざりしたような「最悪」という彼の本音が後ろから聞こえてきた。
「五分は無理」
扉の向こうに向かってイヴァンが言う。あーあ、と溜息をついてイヴァンがベッドサイドに腰掛けた。顔を上げて覗き窓を見ると、看守の卑しい目が覗いていた。死ねばいいのに。せっかく夢が叶うところだったのに、下衆い看守に邪魔をされた。おれの中にあるいつか殺すリストに登録する。
「……イヴァン、俺、早く終わらせることにだけは自信があるんだ」
「は?」
そう言って俺は手早くパンツを身に着け、代わりにイヴァンのズボンを下着ごと膝まで下ろした。
「……おい」
「得意なんだ、これ」
短く言ってイヴァンの勃ち上がっているものを口に含む。堪能したい気持ちはあったが、時間をオーバーすると多分怒られる。区長の気分によっては独房行きだ。だから俺はビジネスのつもりで淡々とこなすべきことをやった。
結果、イヴァンは五分も経たずに区長室へ行けたが、その日一日口を利いてくれなかった。
「おかえり!」
思わず日本語で迎え入れてしまうが、イヴァンには意味がわからないだろう。頭上にはてなをたくさん浮かべながら彼は房に入り、後ろ手に鍵を閉めた。器用だ。
「イヴァン、見て欲しいんだけど」
今日もイヴァンは看守に呼ばれ、下水掃除に来なかった。この前起きた殺人事件の手伝いをしているらしい。しかも殺人の手伝いではなく、捜査の方。
「それよりなに、さっきの言葉」
「え? 言葉?」
「わかんねえ言葉言われんの気になるんだけど」
「帰ってきた人を迎える言葉だよ」
「オカエリ?」
「そうそう。上手」
たどたどしく言うイヴァンが微笑ましくてにやけてしまうと、イヴァンが顔をしかめた。
「なんかすげえばかにされた気がする」
「してないよ。それより、見て欲しいものがあるんだけど」
「なんだよ」
イヴァンが俺の隣にやってくる。俺は座ったままベッドの下に手を突っ込み、目当てのものを取り出した。
「なにそれ」
光輝く小さな小瓶。下水を流れる死体が持っていた物。イヴァンの瞳が輝く。
「匂い嗅いでみて。前、すっげえ高く売れたやつだと思うよ」
俺の言葉を受けてイヴァンは丁寧に小瓶の蓋をあけた。中には白く輝くさらさらとした粉がぎっしりと入っている。
「すごいじゃねえか、クゼ」
「だから帰ってくんの今か今かと待ってたんだよ」
「畜生、俺もその場にいたかったな。金も好きだけど、見つけた時の感動が好きなんだよなあ、俺」
「金だってあんまり使ってないじゃんか」
「自己満足だけどさ」
イヴァンが小瓶を俺のベッドの下に戻す。
「今日はシャオのとこに行かないの?」
「ああ。今日は房から出るなって言われてるからな」
「従うの」
「独房はもういい」
「疑い晴れてないの?」
「いや、最近大人しくしてるからいいように使われてるだけ」
「へえ。災難だね。面倒くさそうなことに巻き込まれて」
「まじで。俺も漁りたかった」
「明日もきっと流れてくるって」
そうしたら一緒に漁ろう、と誘おうとしたが、なんとなく止める。イヴァンはきっと一人のほうが効率よく死体を漁れるだろう。俺は死体を漁るにしてもあまり要領よくできていないから。今日のやつだってまず引き上げるのにかなり苦労した。ヘドロまみれのゴミとヘドロまみれの宝の区別もあまり付けられずまごまごしたし、俺は死体漁りが苦手だ。
「何急に沈んだんだよ」
「まだ、俺上手く死体漁れないから」
言うと、イヴァンはそんなことかよ、とふと笑う。その表情が優しくて、大人びていて、縋り付きたくなる気持ちを俺は必死に抑えた。
たまに思うことがある。何人ものやつが俺に向けて言ったことを、俺は想像する。
『イヴァンの同室者はよく変わるんだ。飽きた頃に殺すから』
みんな、お前もいつか下水を流れるだろうと俺を嘲笑った。けれど、俺は彼の前の同室者たちとは違う。聞くところによると、イヴァンは同室者たちを助けていたという。彼は、俺を助けようとはしない。
レイプされた時にたまに現れたりしていたが、全部終わった時だった。それに、彼は汚れた俺を見て顔をしかめる。
嫌われてはいない。優しい言葉を掛けてくれることもよくあるし、笑いかけてくれる。嫌われたくないと情けないことを口に出す俺に、嫌いにならないと言ってくれたこともある。
けれど、俺には守る価値なんてないのだ。悲しいわけではなく、それで良いと思う。だって俺は価値のない人間だから。俺が生きていることで得をする人などいないし、生を喜ばれたこともない。
俺はずっと人に好かれたかったが、一人も俺のことを好きになってくれず、それどころか汚物に塗れた下水を見るように睥睨し、蔑み、暴言を吐き、汚い靴で踏みにじった。
イヴァンはいいやつだ。
傍にいたいが、本当に許されるだけ傍にいて良いのだろうか。
もしかしたら、俺が唯一イヴァンのためしてやれることは、下水を流れることかもしれない。口に出したら彼は厭な顔をするだろうが、これが真実に思えた。
「引き上げたら呼べば良い。別に、上手くなる必要ねえよ」
「役に立ちたいんだよ。……図々しいかもしれないけど」
「良いよ、ただの趣味だし。……ああ、そうだ、この前言ってたじゃん。ケツ貸してくれれば良いよ。役に立つだろ。ちょうど、一人でやるにも飽きたとこだし」
イヴァンがにやりと笑う。俺は何より「一人でやるにも」を聞きばかみたいに安堵してしまった。イヴァンが他のところで誰かに盛っている姿を想像したくなかった。彼の元同室者たちはどうでもいい。飽きられて下水に捨てられているから。イヴァンの心の中に彼らはもういない。
そう思ったら、イヴァンの役に立ちたいという思いがどんどん膨らんで行った。けれど、俺の本音は別だ。イヴァンと寝てみたい。愛のあるレイプを俺は経験したことがないが、愛に一方通行があるのならイヴァンが抱いてくれれば俺は愛のあるレイプを体験できる。それは、きっと俺に幸福をもたらす。
「俺、いつでも貸せるよ」
というか、あげれるよ。
「前戯とか必要ねえし、ぜひぜひ便利に使って」
「すげえ爽やかなんだけど……」
「清々しい気持ちだからじゃないかな」
「清々しいのかよ」
ばかじゃねえの、とイヴァンが溜め息混じりに笑う。
「クゼさ、気持ち良くなったことねえんだっけ」
「ないよ。痛いか気持ち悪いかだけ。でも、突っ込めば気持ちいいんでしょ」
――俺、イヴァンが俺で気持ちよくなってるの見てみたいな。
なんてことはまさか言えないけれど。
「お前、感じたことあるじゃん」
「え?」
イヴァンが含みのある笑みを浮かべ、俺の口に指を突っ込んできた。
「んぅっ……」
彼はそのまま器用に俺をベッドに倒す。思わぬシチュエーションに胸が高鳴る。
「しっかり舐めとけよ」
イヴァンはベッドに座ったまま上体を倒して俺を真上から見下ろしている。俺は彼の整った顔を見上げながら、長い指に舌を這わせた。綺麗なものを汚している感覚に、背徳感のようなものを覚える。
「……いいか」
イヴァンはそう言うと、俺のズボンを下着ごとずり下ろし、すっかり濡れた指で尻の割れ目をつついた。
「忘れた? 俺、クゼの感じるとこ覚えてんだけど」
えらくエロく笑って、イヴァンが俺の尻に指を埋め込ませてくる。多少の圧迫感はあれど、ちょっと前まで男たちのあらゆる棒を受け入れてきた俺の入り口は、彼をすんなりと招き入れた。
来るのかな、今日イヴァンは来てくれるのかな。
あまり期待しないほうがいいのにばかみたいに期待している俺をよそに、イヴァンは「ここだろ」と言って俺の中のある部分を押す。そうしたらまるで何かのスイッチだと本気で思うほどの快感が体中に走った。何かのスイッチというか、気持ちよさのスイッチだ。前に手を伸ばしたい。俺は、ああ、だか、んん、だかよくわからないけれど、おおよそ男っぽくない声を出した。いつも出してた媚びるような喘ぎ声とは全く違う、自分で聞いていて恥ずかしくなるくらい余裕のないものだ。
「思い出した?」
「あっ、ま、イヴァっ」
イヴァンは執拗にそこを攻め立てた。イヴァンがそこを押したり掻いたりするたびに電流が前へと走る。呼吸が乱れ、浅く速く息をするが、酸素の取り込みが不十分なため息苦しさは全く解消されず、目が霞んだ。
「クゼでも勃つのか」
イヴァンが冷静に感想を述べる。
「そういえば、この前も勃ててたか。……つうか顔赤ぇ。火吹くんじゃねーの」
イヴァンの揶揄を俺はしっかりと聞いていたが、多分、俺は生涯で一番の恥ずかしさを今感じている。
今まで、俺は自分を抱いてきた男たちを見下していたのだ。このことにたった今気が付いた。俺のケツに突っ込んで気持ち良くなって獣みたいに腰を振る。その獣じみた行為に勤しむやつらを俺はずっとばかにしていた。自分は全く気持良くなかったから、人間を捨てて言葉を持たない獣に成り下がっているのは彼らだけだと思っていた。
それが今はどうだ。俺だけが獣のように呼吸をし、獣のように理性を飛ばし、はしたない格好で喘いでいる。
恥ずかしい。どうしよう。
せめてもの抗いにと、声を出さないように腕を噛む。
「怪我するよ」
しかしそれは優しい言葉とともにイヴァンに引き剥がされた。
「クゼ、触ってみろよ。ケツしかいじってねえのにもうドロドロ」
優しい口調でイヴァンが俺の手に手を重ね、俺の中心へといざなった。ほぼ形を変えたことのない俺のクールな息子は、二重人格を疑うほど熱く燃えていた。
未だ電流は流れ続けている。
イヴァンの手に支えられ、自分で自分を高めていく。先にある割れ目を弱くひっかくと、体が痙攣した。その間もイヴァンはひっきりなしに前立腺への刺激を俺に与えている。
「イヴァ、イヴァン、俺っ…」
「いけば? あの粉の礼に、特別にシーツ洗ってやるよ」
「えっ、いい、よっ。……あっ、もう、おれ、もうっ」
「モウ?」
なんだそれ、とイヴァンが言ったのと時を同じくして俺は久しぶりに精を吐き出した。びくん、と体が何度も跳ねる。生理的な涙が頬を伝った。潤む視界の向こうに、俺の白濁が付いたイヴァンの白い手が見える。
「これ、綺麗にしてよ」
イヴァンが俺の口元に彼の汚れた手を寄せた。ぼんやりとする頭で彼の言葉を理解し、舌を伸ばす。ちろちろと、俺は自分が出したものを再び自らの体内に取り込んでいく。
「なんだよ、疲れてんの? まだ早えよ、クゼ」
そう言って、イヴァンがベッドに上がって来た。
「貸してくれるんだろ」
イヴァンの言葉に射精の疲労が吹っ飛んだ。イヴァンが来る! 俺の中に! 驚くほどテンションが上がる。今までの発言から俺がイヴァンに抱かれたがっていることはわかっていたかもしれないが、嬉しさを出しすぎて媚びてると思われたら大変だ。俺は嬉しさをひた隠し、ただ一言もちろん、と言って体勢を立て直し、四つん這いになろうとした。
「イヴァン! 盛るのは終いだ! もう一度区長室へ行け! 五分だ! 急げ!」
邪魔者の声が扉の外から投げつけられる。
心底うんざりしたような「最悪」という彼の本音が後ろから聞こえてきた。
「五分は無理」
扉の向こうに向かってイヴァンが言う。あーあ、と溜息をついてイヴァンがベッドサイドに腰掛けた。顔を上げて覗き窓を見ると、看守の卑しい目が覗いていた。死ねばいいのに。せっかく夢が叶うところだったのに、下衆い看守に邪魔をされた。おれの中にあるいつか殺すリストに登録する。
「……イヴァン、俺、早く終わらせることにだけは自信があるんだ」
「は?」
そう言って俺は手早くパンツを身に着け、代わりにイヴァンのズボンを下着ごと膝まで下ろした。
「……おい」
「得意なんだ、これ」
短く言ってイヴァンの勃ち上がっているものを口に含む。堪能したい気持ちはあったが、時間をオーバーすると多分怒られる。区長の気分によっては独房行きだ。だから俺はビジネスのつもりで淡々とこなすべきことをやった。
結果、イヴァンは五分も経たずに区長室へ行けたが、その日一日口を利いてくれなかった。