めんどくさい
「すっげえ歓声……」
素直な感想をついつい漏らしてしまうほど生徒たちの歓喜の声が響いていた。
咎められてしまう言葉だが、隣に座る副会長には聞こえなかったようで、彼はいつもと同じく難しい顔をして前に立つ男を凝視している。しかし、彼もそろそろ俺たちよりも今俺達の前でマイクを握っている男の方が人気があることを認めた方がいい。
能登――風紀委員会の委員長。俺だって人気投票で選ばれる生徒会の会長をするくらいだから人気はあるが、こいつの足元にも及ばないと感じる。
「生徒会会長福井くん、前へ」
司会のアナウンスに促され壇の中央へと向かう際、俺と入れ替わるようにして能登がこちらに向かって来た。
「どうぞ」
すれ違いざまにマイクを渡される。
「どーも」
その時にちらりと能登の顔を見上げると彼も俺を見ていた。
(まず身長が違う)
とはいえ俺は日本人の平均身長くらいしかないから生徒会のほぼ全員に負けている。それに、格好良さで言うと男性的な会計とか書記の方が上だろう。俺は突っ込まれたい方と突っ込みたい方の両方の票を獲得できるから一位になっただけ。まあ、風紀委員長も両方の票が入る顔か……。格好いいけど綺麗だし。けれど、だからこそ俺は彼とよく比較されるのかもしれない。
(面倒くさ……)
別に一番格好良くありたいとか思っているわけでも人気者でありたいわけでもないのに、周りが勝手に比較する。好きでも嫌いでもなく、そもそも話したことすら数えるくらいしかないが、なんか能登が嫌いになりそうだ。気付かれないように短く息を吐き出す。
「俺から言うことは一つだけだ」
なるべく偉そうに全校に向けて言う。
「今話した能登くんの言いつけを守るように」
「能登くんはないでしょう、能登「くん」は!」
放課後の生徒会室で俺たちはいつも雑務をこなしている。何も用事がないときもあるが、いかんせん俺たちは無駄に人気があるため安易に出歩くと色々と面倒くさい目に遭ってしまうから、生徒会室にいるのが一番静かに過ごせるのだ。
「福井、なんか妙なとこで外すからなあ」
しかし、今俺は生徒会みんなから非難されていた。
「うるせえなあ」
「次は能登って呼ぶか、風紀委員長にすれば?」
「いいじゃねえか、どうでも。んな細かいことにこだわってんなんてお前ら女かってえの。まじで」
「男尊女卑! 今のジェンダーを尊重する時代からは考えられない言葉だ」
女顔の方の会計が俺の肩に腕を乗せる。うざい。
「鬱陶しんだけど。つうか俺は男女平等は、『男が女をぶつなんて最低よ!』って言わねー女を相手にするときだけ考えたいと思ってる」
「なんだよ、その持論!」
「いいじゃん、別に。なあ、そんなことよりお前風紀に渡す書類できたのかよ。今日までなんだけど」
「こんな時だけ何を偉そうに!」
そう言って懐から書類を取り出した会計が俺にそれを突きつけた。
「しわくちゃじゃねえか……」
「読めればいいんだよ!」
「ダメだろ……。ほら、さっさと」
「会長が行ってきてよ」
「は? お前」
「僕らはすることがたくさんあるんだ。会長ってそんなにないじゃん。ほら、行って行って」
釈然としないが、することがないのも事実。それにこのままここにいたって面倒くさいやり取りは続くだろうから、俺はおとなしく風紀室に書類を届けに行く事にした。
風紀委員会と生徒会の仲はあまり良くない。とくに今期は生徒会長である俺よりも風紀委員長の能登の方が人気……というか王者の風格があるらしく、生徒の間でも会長派と委員長派に分かれて知りたくもないコツニクノアラソイをしているのだそうだ。
俺も俺で、中等部でここに来た時からサボりぐせがあり、よく風紀委員のお世話になっていたから嫌い、というか苦手意識がある。
「能登……いる?」
開けられている風紀室の戸口で尋ねる。中にいる風紀委員たち皆の視線が集まった。
この学園で起こる問題の数と比べ、風紀委員は少なく、風紀室も生徒会室と同じくらいの広さしかない。特典だとか報酬もないのにこの接遇と激務……俺が風紀委員だったら速攻でストライキだ。
「委員長なら」
「いつも思ってたけど、3点減点」
「は?」
「金髪。はげるよ」
いきなり後ろから頭を掴まれる。振り向こうにもしっかりと掴まれているから頭が動かない。ついでに首も痛い。
「あ! 委員長! おかえりなさい」
「はい、ただいま」
「委員長? 能登……かよ」
「あれ? 能登君じゃないんだ」
「別に。さっきのはミスだ」
「素がミス?」
「すがみす?」
何語だよ、それ。と問うことはしなかった。今の流れでこいつがみなにわからない言語を突然言うわけがない。もしも言ったなら頭がおかしい。しかし委員長はそこまで常識人ではないかもしれないが、頭がおかしいという話も聞いたことがない。
「まあ、会長に立ち話をさせるわけにもいかないから、委員長室に行こうか。あれでしょ? 今日を期限にして頼んでた書類」
「ああ。渡すだけ」
「確認しないと」
「そっか……」
書類は渡すだけではなく、ちゃんと確認して認められなければ完璧なものにはならない。これは会長をして行く上で必要な情報だ。帰ったら早速メモしなければ。
委員長室もまた狭かった。デスク一式に二人がけのソファ、それから本棚一つはいっただけで部屋のほとんどが使われている。歩くスペースすらほとんどない。
広くして欲しいと要望があれば彼らの働きを見るにすぐに許可されるだろう。ただ、面倒くさいから自分からは言わない。
しわくしゃの書類を持った能登がデスクに腰を下ろした。そして立ったままでいる俺に目をくれる。
「座れば? 5分はかかると思うよ」
「あ? そう。じゃあ」
言って、能登を横切りソファに向かう。
「会長って大変?」
ちょうど腰を下ろしたところで能登に尋ねられる。
「別に。他のやつらは結構やること多くて大変そうだけど」
「あんたは騒がれるのが仕事なのか」
「それも、能登君いるから別に」
あ。君付けしてしまった。能登も思ったのかふふ、と笑われる。
(すげえ)
笑った能登を見て俺は衝撃を受けた。表情にはなんて言うか、艶がある。
笑っただけでエロいなんてすごすぎる。俺には到底出せるもんじゃない。
ていうか俺にエロさを求めるなんて無理だ。
俺はとにかく面倒くさがりだ。病気じゃないかと思うほどの面倒くさがりだ。俺と寝たいと言って誘ってくる奴が多いが、誘いに乗ってキスして服脱いで場合によっちゃ脱がせて色々準備して突っ込んで頑張って動いて――と想像するだけで疲れる。
だから何度か俺に突っ込みたい教師と寝てみたが、まあ、それはそれで気持ちよかったが、向こうに好きな奴ができてそれもなくなった。
そういえば、最近自分でも放置している。溜まって溜まってそのまんまにしたらいったいどうなるのだろうか。不能? いやいや。ならない、はず。
ていうかそれはさすがに嫌だ。これから奇跡が起こって面倒くさい病気が治った時に困る。
「何考えてんの」
「別に……」
それから能登は会計の作った書類に目を通し始めた。
暇だから能登を観察する。そうして思ったが、やはり能登は格好いい。顔の造りももちろんだが、姿勢だとか表情とか仕草、全部が完璧だ。
それに雰囲気がいかにも「僕はあたり前のように人の上に立ちます!」と宣言しているようで、それも俺に足りないものの一つだ。
俺は雰囲気が会長っぽいと言われているが、能登のほうが会長っぽいだろう。
改めてしげしげと能登を観察する。風紀委員らしく、黒髪で、制服は着崩していない。髪の毛が少し長い気もするが、それも生徒たちの人気パーツの一つだ。
どうして風紀委員になったのか。ぎゃーぎゃー騒がれることに対してどう思っているのか。減点3点といっていたが、そもそも持ち点は何点なのか。身長は何センチか……色々と聞いてみたいことが出てきたが、面倒くさいからやめた。
聞いて、もし「会長といえど俺に興味が有るのか」なんて言われたら、それはそれで悔しい気がするし、ほぼ初対面のやつに聞くようなことでもないだろう。
(面倒くさ……)
能登がどんなやつかわからない。穏やかなようだが、怖いという噂もある。
まあ、いいか。
人に興味を持ったのは果たして何時ぶりだろうか、など考えながら、俺は目を閉じた。
観察を続けると、興味が際限なく溢れ出しそうな嫌な予感がしたから。