後輩
ネット通販は便利だ。
これまでは物欲すらなく、買おうと思ってもお支払いの方法とかがめんどうくさくてつまずいていたが、必要に迫られて検索してびっくりした。
安い! これなら先日の会議でそれぞれの委員会から求められたものが結構な数購入できる。近くに棲んでいる動植物を守ることも可能だろう。
安いものを調べることが得意な城宮が検索し、俺が手配して吉原が各委員長へメールを送る。ひとりだと何日も掛かる作業がたった一日で終わってしまった。それ以外の日々行う業務も常識的な時間に終えることができるようになり、日に日に俺の目の下の隈が薄くなっていった。
隈と一緒に、この前抱いた能登への変な感情も薄れ、数日はぎくしゃくしてしまったが今はもう普通に話せるようになった。
今日は金曜日。
月曜日には北上が復帰する。北上は優秀だから、俺がちゃんと働けばふたりでもやっていける。
窓から見える空は青いが、日中の輝くような青ではなく、どこか控えめな優しい青だ。室内にはマウス音と、吉原がキーボードを叩く音、それから遠くでカラスの鳴く声が聞こえている。
「そういえば、吉原くんが転校生……名前忘れたけど、その子を説得したんだっけ」
ふと思い出し尋ねてみた。カラスの鳴き声以外音が止まった。
「よく知ってますね」
「校内新聞で読んだ」
「会長でもあんな俗物的なくだらないもの読むんですね」
「会長って言っても、俺、顔だけでここにいるから、俗物の中の俗物だよ」
口が滑った。なんかナルシストのようなことを言ってしまい、後から恥ずかしさがこみあげてくる。
「顔、赤くなった」
「……そう?」
「まあ、城宮が付きまとわれてたっていうか、こいつ俺を不良に仕立てたくせに転校生にばっかりついてかまってくれなくなったから、ちょっと嫌だなあって思ってお話しただけですよ」
「俺はあいつになんてかまってねえよ」
「俺はあんたがおしに弱いタイプだってあの時に気づいたよ」
「はあ?」
「逃げるだけできつく言ったりしなかったじゃん。俺がぽつんとなっててもさ」
「何怒ってんの。穏やかじゃねえなあ。最近の吉原くんはまるで不良だ」
「性格の悪さが表面に出てきただけ」
なんだか仲良さそうに、ふたりは軽口を叩き合っていた。俺にはできないことだ。誰かといることを面倒くさく感じてずっと避けてきたから、今まで友達なんていなかった。
校内新聞で見る前から吉原のことは知っていた。彼らは校内でかなり噂になっていて、俺が教室にいる少しの時間でさえ彼らの話が耳に入ってきていた。吉原は春に城宮に感化され、優等生だったのに子分になったと噂されていたはずだ。
一方の城宮は高等部に上がってくる時からすでに俺達の学年では悪い方向に有名人で、普通の生徒たちからは問題を起こすのではないかと疎まれ、不良たちには狙われていた。
ただ、俺はこれらを情報として知っていただけで、自分に関わること以外は水を介しているような感覚で見てしまうから、なんの感情も抱いていなかったけれど。
人のことをいちいち気にする人がいるが、彼らの心と頭の構造を知りたいと思う時がある。自分のこと以外で憤ったり悲しんだり喜んだりして、疲れないのだろうか。俺の心と頭には他人のことまで気にして受け入れるだけの容量がない。
それなのに、能登が無理やり入ってきた。
彼が裏庭で授業をサボっていた俺の目を開けた時から、俺はまるで初めて目を開いた雛鳥のようにわけもわからず能登に付いていっている。能登で俺の小さな器はいっぱいいっぱいになってしまい、他が入る余地なんてどこにもない。他のことを考え出したらきっと頭が壊れてしまう。
たとえば、能登がすごく面倒くさい問題を抱えたとして、俺は彼を助けようとするだろうか。やはりめんどうくさいと溜め息を吐いていつものように遠ざかるのか。
(そうなったらますます俺に価値がなくなる……)
俺は能登のことを、変なことをするけれど、初めてできた友達だと思っている。今から思えば北上は俺に近づこうとしてくれていたけれど、俺が引いていた。伸ばしてもらった手を掴めたのに、殴られるなんて失礼なことさえ思って近づきもせずに逃げたのだ。
能登は強引に俺の中に入ってきた。彼が何を考えているのかはわからないけれど、彼のことは少しだけ「大切」だと思う。
その能登が困っている時にめんどうくさがって逃げるようならば、俺に生きる価値はない。生き続けることに理由はないが、死には理由がある。
「どうしたんですか会長?」
吉原が心配そうに尋ねてくれる。
「いや。……腹減ったなあって思ってた」
自分のくだらないことを考えていただけなのに心配されたことが申し訳なく、言い訳のように口にした。
「そういえば俺も腹減った」
「すごく助けてもらったから奢るよ」
「本当ですか? やった。ね、城宮」
「吉原君、最近遠慮なくなってきたなあ」
「好意を受け取るようにしたんだよ」
にこにこと笑う吉原は、色々と噂されているのが嘘のように満たされた雰囲気をまとっていた。
理由はわからないけれど、きれいに笑った彼を少しだけ羨ましく思う。