メス
吉原君と城宮と夕食を食べ終え、俺は能登の部屋へと向かうことにした。
月曜日から北上が復帰するという安心感と、あとは満腹にもなったから久しぶりにやりたくなったのだ。数日前に悩んだことはもう忘れたのだと思い込んだ。
久しぶりと言ってもまだ10日くらいしか経っていないが、そう考えたら俺が一人で頑張っていたのもたったの10日間。しかもすぐに吉原君と城宮が手伝いに来てくれたから、一人で頑張ったのは一日だけだ。
(運がいい……)
いや、違う。これも、能登がふたりを連れてきてくれたから。そうでなかったら俺は一人でやっていただろう。途中で倒れるか逃げ出すかはわからないが、なんとかならないのは目に見えている。
食堂から俺達の部屋があるフロアまで、沈んだ気持ちで歩くことになった。
きっと俺はこの先一人で生きていけない。誰かに迷惑を掛けながら生きていくことになる。
仕事には就くだろうが、仕事はできないだろうし、本当に、お茶を出したりコピーを取るだけの仕事はないだろうか。やりがいなんてなくていい。
生きて行けるだけのお金をくれて、休みをくれて、たくさん寝られる仕事はどこかにないのか。
将来のことを考えると鬱々としてきた。
今でさえこんなに生きるのが面倒くさいのに、生きていけばいくだけ面倒は増えていくだろう。
自由が増えるということは自分に対する責任が増えるということ。
(めんどうくさい……)
考えるのをやめよう。
考えたってめんどうくさがりが治るわけでもないし、楽して生きて行けるわけでもない。なるようになる。はず。
エレベーターを降りてから、能登の部屋に向かう前に自分の部屋に立ち寄ってもろもろの準備をした。それから再度能登の部屋を目指す。目指すと言っても同じフロア内に彼はいる。
生徒会役員の多い区画と、風紀委員が多い所とは異なるから結構歩くが、めんどうくさくはない距離。尤も、俺が能登の部屋に行くのは珍しく、いつもは能登の方が来てくれるけど。
高校生が住んでいるとは思えない汚れのない廊下を進むと、風紀委員が住むエリアの近くについた。ちょうど死角になる壁の陰から風紀エリアを覗く。誰もいない。
俺は誰にも見つからないように能登の部屋めがけて走った。
見つからずエリア内に侵入することに成功し、そのままの勢いで能登の部屋のチャイムを連打する。
まだ戻っていない可能性に思い至ったが、すぐに中からうるせえ! と怒鳴る声が聞こえた。少し驚くが、同時に胸が高鳴った。
やはり、普段の能登は結構荒っぽいのだ。俺と同じで、猫を被っている。まあ、俺が被っているのは猫というか狼だけど。
一歩下がったところで、勢いよくドアが開いた。そして、俺を見た能登が目を丸くして、すぐにバツの悪そうな表情になった。
「福井君だったのか……。あの連打、大神だと思った」
頼りなげな声。ごめん、と謝るともっと申し訳なさそうに謝られた。
「とりあえず入って」
「どうも」
能登はぽりぽりと頭をかきながらリビングのソファに座った。
「電話してくれたら行ったのにさー」
「でも、能登君のうるせえ! が聞けた」
「えー。聞かれたくねーよ」
「なんで?」
入り口近くに立っていた俺は、意を決して能登の前に立った。彼は俺が勇気を出して彼の前に立ったなんて知らず、明後日の方向を向いて、えー、とか、だってさーとか、意味の無い文句の言葉を吐いている。
「能登君、今日元気?」
「え? ああ、まあ、普通?」
珍しく能登が俺を見上げる。
「月曜から北上が復帰する」
北上という名前に能登は一瞬顔を顰めたものの、すぐに穏やかな顔つきになって、良かったね、と言ってくれた。そのあたたかな声色は耳に心地よく馴染み、犬のように擦り寄りたくなってしまう。俺が人間ではなく犬に生まれていたら能登のペットになりたい。犬なら彼よりも早く死ぬだろうし、別れの寂しさを知ることもない。人間だからこの先必ず訪れる別れの時を、まだ来ていないにもかからわず嘆き、鬱のような気持ちになるのだ。
「福井君、めんどうくさがりなのにすげー頑張ってたもんなあ。北上が戻ったら、こき使った方がいいよ。俺との時間も減って、まじで迷惑だったし」
「今日からまた抱き枕になれるよ」
言って、膝を折る。能登の前に跪く形になって、今度は俺が能登を見上げる。能登は驚いたのか、また目をまん丸くして俺を見つめたまま固まってしまった。
「やりたくなったから来たんだけど、付き合ってくれる?」
返事がないため、固まったままの能登が座るソファに仕方なく乗り上げる。能登が来ないなら俺から行くしかない。ソファは3人がけのくせに男二人のあれこれを受け入れる計算がなされていないのか窮屈だが、能登をまたぐ形でなんとか乗っかることができた。
それに、窮屈でもここでもっともっといかがわしいことができることを俺は知っている。したことはないが、まるで騎乗位のような格好。下半身に能登の体温を感じ、まだ何もしていないのに気が高ぶる。早くほしい。俺を抱いているときだけは、能登は俺だけのものだ。
我を取り戻した能登が、は、とやたら格好良く笑った。いつも俺に見せるものよりも男らしく、若干バカにしたような笑み。ばかにされたのだろうか。
「俺、生まれて初めて驚きに固まってしまったわ。かっこ悪すぎ」
「やりたくて来たとか、俺の方が格好悪いだろ」
「なんで? 可愛すぎると思うんだけど」
「俺、可愛いは言われたことねえよ。能登君にしか」
「顔は格好いい感じだけど、俺、福井君のことすげーかわいいと思ってるよ」
「どこが……」
「全部」
能登の手が背中に回された。それがえろいことをしていいという許可に思え、能登の顔を両手で包み、口付けた。
「ん……」
薄く口を開くと、熱い能登の舌が口内に入って来て、舌と舌とが合わさって、痺れるような快感を伴った熱を生む。ずっと待ってた。一ヶ月前までは性欲もほとんどなく、溜め続けたら不能になるかもなんてあほらしい悩みさえ抱いていたのに、今はたった10日間やらないだけで欲しくてたまらなくなった。
前に教師と寝ていた時は自分から誘ったことも次を望んだこともなかったのに。
感覚がなくなるほどのキスをして、一旦顔を離す。気持ちよくて、いつもより長い時間没頭してしまったのか、酸欠気味だった。
息が整う前に能登から降りて、俺はまた床に膝を付いた。能登の膝の間に体を収め見上げると、息をわずかに荒げている能登がぼんやりとした不思議そうな顔をして俺を見下ろしていた。
口付けの名残だろうか。どこかとろんとした顔付きの能登には、人をたやすく惑わせてしまえる雰囲気があった。
女でも男でも、今の能登ならば意のままに操れそうだ。
それほど魅力的に見えた。
「福井君?」
「恥ずかしいけど、慣らしてきた」
能登のスウェットに手を掛け脱がせると、真っ黒のボクサーパンツが現れた。今の長ったらしいキスで興奮してくれたのか、俺と同様すこし反応しているようだ。
「どうやって慣らしたの」
普段よりも低い声と、ゆっくりとした口調。
「普通に、ローション付けて指突っ込んだだけだよ」
「気持ち良かった?」
「別に。広げただけだし」
「ふうん……」
下着ごしに顔を寄せてみると、上で能登が息を呑んだのがわかった。脱がすことはせず、形をなぞるようにして唇を当ててみる。すこし大きくなった気がする。
「ちょっ……と、福井君……今日、どうしたの」
「誘ったの俺だし……」
能登の下着を膝まで下ろし、ゆるく起ち上がったものを口に含む。
「あ、福井君ってば……」
初めは口だけで、硬くなってからは手でも一生懸命扱いて能登のものを育てる。実は、初めてだった。今まで能登が勝手に俺の体を触って勝手に準備して勝手に突っ込んで動いてくれたから、何もしなくても気持ちよくなれていた。
けど、今日の俺はやる気に満ちているし、俺にされるがままの能登も意外と良い。
「んっ……」
能登の小さな喘ぎが聞こえ、それと同時に頭を掴まれ引き寄せられた。口と手を動かしたまま目線だけを能登に上げると、彼は頭をソファに凭れて、俺の頭をつかんでいない方の腕で顔を覆っていた。目は見えないが、固く引き結ばれた口元は見えるし、耳が真っ赤になっている。
気持ちよくなってくれているのだと思うと気分が良かった。
「あ、あんまりやると、出るんだけど……」
「あふ?」
「くわえたまましゃべんないでよ……」
「出す?」
顔を離して尋ねると、能登が首を横に振った。
「もったいない」
「じゃあ、入れる?」
また尋ねると、今度は首を縦に振った。
それを確認した俺は、自ら上を脱ぎ、ついで下着ごとパンツを脱いだ。
「……今日の福井君ほんと、どうしたの? 積極的すぎる」
「嫌? まあ、今日は全く面倒臭くねえから」
「……面倒くさがりがやる気に出すとさあ、いつもやる気あるやつがやる気満々で行動する以上にすごいんだなあ……」
能登の言葉を聞き流し、能登にまたがる。能登のすっかり起ち上がったものを自分の尻に宛がうと、胸が期待と興奮に膨らむ。でもそれを自覚してしまい、自分に嫌気が差した。
能登はやりたいと言って自ら来る俺をかわいいと形容したが、俺は格好悪いことこの上ないと思う。だって俺がやりたいと来るのは、女のように突っ込んでほしいと願ってのことだから。
めんどうくさがりで男らしいところがひとつもないのに、つっこまれたいと積極的に動く自分がすごく格好悪く、だめな人間のように感じた。まあ、もともとだめな人間ではあるけれど。
手で支えて腰を落とすと、尻にひどい圧迫感を覚えた。
「……大丈夫?」
「ちょっと、きつい……けど、痛くねえから大丈夫」
圧迫感だけで、切れることはないはずだ。そう思い、少しずつ挿入を深めていく。深く刺さるにつれ、すっかり覚えたはずの能登の形が段々と思い出され、そのたびに嬉しさが募る。
能登とやるのが好きだ。それが一度で終わらなかったことが嬉しい。この瞬間だけは能登を独り占めできるのだ。なぜ独り占めしたいのかは考えないようにする。追求しても良いことはないだろう。
「ちょっと苦しそうな福井くん、大分良い……」
「い、意味わかんねえ……」
全てを挿れ終えて一息つくと、眼前に能登の顔があった。
(うわあ……)
額にわずかな汗を浮かべ、上気した頬を緩ませる男の姿。
「どうしたの。苦々しい顔して」
「……味方ながら、格好いいなあって思ったんだよ」
「敵ながらじゃなく? 苦い顔してたけど」
「なんか、自己嫌悪……」
「はあ?」
まるで女のような気持ちになってしまった。強引に押し倒して激しく突いてほしい。俺がもう無理だと泣いても好き勝手に蹂躙してほしい。女の気持ちはわからないが、これは一般的な男が抱く気持ちではないだろう。
もうだめだ。
「能登くん」
「んん? いきなり項垂れてどうしたの……。さっきの威勢はどこだよ」
「気持ちよくしてください」
俺は雌。認めよう。
ひとかけらほど残っていた男の矜持と虚勢を全て捨て、思いのまま能登を見つめる。戦う相手すらいなかったにも関わらず何かに敗北した気分だ。それでも、喉を鳴らし、三度驚きに目を丸くした能登を見ることができたから、俺が捨て去ったものはやはり不要なものだったのだ。