掟破り(終わり)
「一緒にいることにしたんです。残念でしたー」
腹が立つ口調で、すこしあごを上げてにやりと笑う。
もちろん手はポケットに突っ込んで、柄の悪さを引き上げる。
すると、ちびっこたちが赤い顔でむかつくー! だとか色々叫んで走り去った。
「憎たらしいな、お前」
小さくなって行く彼らの背中をぼんやりと見ていた時、木が話しかけて来た。というのは空想で、実際は会長が木の陰に隠れていたのだけど。
「いたんですか」
面倒くさいから首だけを動かして会長の方を見ると、会長がこそこそと出て来た。
「何こそこそしてんの。ああ、授業サボってるからか」
「別に意味はねえよ。つうかすげえな。悪役がはまり役って感じ」
「この前演劇部が来ましたよ」
「へえ。エキストラかなんか?」
「いや。不運なチンピラが主人公の映画撮りたいから主役で出てくれませんかって」
「ぴったりじゃん。出んの?」
「まさか。俺、演技下手なんで」
「へえ」
話しながら、校舎裏へと向かう。2学期に入って、夏休み中はなかった風紀委員の見回りが再開された。
1学期にきつきつだったスケジュールを省みて、2学期は1年生の委員を数人増やすらしい。
「そういえば、このままいけばどうやら次も会長らしいじゃないですか」
「さあね。俺はどっちでもいいけど」
「大きな入れ替わりは補佐以外見られないっぽいですよ」
「そうなの?」
「生徒間の噂では。ミキちゃん経由だから俺、結構信用してるんですけど」
「補佐なあ」
「補佐は一年生が原則ですからね」
「文化祭くらいは一緒にやっときたかったんだけどな」
「手伝ってもらえば?」
意外と仲間思いらしい会長が、のん気に空を見上げる。
つられて俺も見ると、変な形の雲がふわふわと気持ち良さそうに流れていた。それを追いかけるように、鳥が飛んで行く。
顔を上げると、こめかみから汗が流れた。
いらいらするくらい青い空だ。
「なんかさあ、さぼってるみたいだよな」
「あんたは実際さぼってるじゃないですか」
自分の声が予想していたよりもだるそうで、さらに暑さが増す。
「いやあ、本当にやべえくらいあっついよな」
会長が、眩しそうに目を細めた。まるで空を射抜くようで、こいつには夏が似合うな、となんとなく思う。もう秋だけど。
「髪切って涼しくなるんだろうなあって思ってたけどさ、直に太陽がうなじを攻撃してくるからむしろ長い方が良いな」
「赤いぷつぷつできるじゃん」
「この焼ける感じよりはいいって」
「……どうせさぼるならクーラーがんがんの生徒会室に行けばいいじゃないですか」
「やだよ。最近坂上がうっとうしいんだよ」
「嬉しいくせに。それに副会長先輩のこと好きじゃないですか」
「副会長先輩?」
「副会長、先輩です」
「わかりにくいな。名前で呼んでも良いよ。特別に」
「綾音ちゃん?」
「先輩つけて」
「綾音先輩? やべえ。なんか俺共学で女の先輩に片思いしてる妄想しちゃいました」
「この一瞬で?」
「この一瞬で!」
「溜まってんじゃねえの?」
「そりゃあね」
「そういや、俺木戸の部屋行ってるけどさ、どこにエロ本あんの?」
「先輩ばかですか。今はインターネットという物があるんですよ。あと、同室のやつが何でも持ってるんです」
「あ、そう」
先輩はどんなの見るんですか? と聞こうと思って下にそらしていた顔を上げたとき、ふと視界に影が差した。会長が心なしか近づいて来ているようだ。
迫ってくる会長に、やっぱこの距離は友達じゃねえよなあなんて思う。
でも、ああ、そうか。もう友達の距離じゃなくて良いのか。暑さで忘れてたけど。
ほどなくして、俺と会長の距離がなくなった。
口に押し当てられている温かいものに、なんだろうと思うほど慌てちゃいない。会長が近づいてきていたのを俺はしっかりと見ていたから。
近すぎてはじめは焦点が合わなかったが、次第に合ってくる。
子どもがするような幼稚なキスに、会長はどんな顔をしているのだろうかと思った。
ピントを極近い距離に合わせると、会長の顔が鮮明に映し出される。
会長はしっかり目を閉じていた。まつげが長い。
唐突なキスは、終わりも突然だった。
「何で避けねえの? 3か月たってないのに」
会長が俺の気のせいでなければわずかに頬を染めて、からかうようにして聞いて来る。
「そんなの忘れちゃうほど好きだからでしょう。あんたが」
そう言って、急にわき上がって来た恥ずかしさをごまかすためにへへっと笑うと、一瞬虚を突かれたように静止した会長が今度こそ頬を真っ赤に染めてへへっと笑った。
きっと、暑くて熱に浮かされているのだ。
だって俺がこんなに素直なわけがない。
誰が見ているとも分からない校舎裏でこんなことして、何を考えてるんだこのバカは。
俺も会長も、暑くて熱に浮かされているのだ。
口では適当な文句を絶えず言いつつ、心の中で俺は、九月の夏に感謝した。