早寝記録

アウト

 会長はいつも俺を隠す。
 人気のないところを選び、一緒にいる時は常に自分が俺にかまっている風を装う。
 水泳大会の時に堂々と一緒にいることにするのか、と思ったが、あとから軽く謝られてしまった。

 だから、昼も夜も一緒に食堂に行ったことはない。
 食堂は小さな箱で、そこでは悪意から逃げられないから。
 
「ほら、木戸見てみろよ」

 会長が俺に笑いかける。
 俺たちが今いるところは、人通りの多い交差点。
 昨日の夜に寮で寝ようとしていた時に、会長が現れ、窓から俺を降ろし、学外のバス停に連れて行った。
 田舎の夜は真っ暗で、星が綺麗だった。
 真夜中にバスが来るとは思わなかったが、そこに颯爽と現れたのはまさかの戸田さんで、不思議がる俺はなぜか二人になだめられ、よくわからないうちに都会のホテルに連れて行かれた。

 そうして、俺は今会長とふたりで都心とかいう、人がうじゃうじゃいるところで、スクランブルとかいう交差点を眺めている。

 行き交う人々はみんな感情がないマネキンみたいで、電池で動いているようだった。
 しかし、会長に気付き、その横を通り過ぎる時だけ、彼らは人間になる。女の人は頬を染め、男は一瞥をくれる。
 それを見ているうちに、本当に端から見ても会長は格好良いのだということがわかった。

「俺のこと熱っぽい目で見てくる女はいっぱいいるけどさ、男はいないじゃんか」

 黙って人の波を眺めているとき、会長がおもむろに口を開いた。
 正直、人が多すぎて、俺は自分がここに存在しているというよりも、ぼんやりと何か熱のない映像を見ている感覚に陥っていたので、会長の言葉の意味を認識するまでにすこし時間がかかった。

「しかも女だって木戸に嫉妬の視線送ってくることなんてないしよ」
「そりゃ……当たり前じゃないですか」

 木々が植えられているレンガ造りの壁に腰を下ろした会長が、俺を見上げる。

「わかるか? これが普通なんだよ。俺と木戸が並んで歩いてたって付き合ってるなんて思うやついねえし、俺たちの学校がすこし変わってるだけ。外に出たら俺だってあんなに騒がれることもねえし、俺と木戸が一緒にいるのに文句言ってくる奴だっていない。そんなもんなんだよ」
「それを言う目的ってなんですか」
「俺はちょっとばかし顔が良くてキラキラ飛ばしてる普通の高校生だよ。普通のやつが高校の中で周りにつられて会長ごっこしてるだけ。学校のやつらだって男に走ってるのも多いけど、卒業したらその数も減るだろ」

 会長ごっこ。
 そういえば、会長と初めて会ったのは、俺がミキちゃんに馬鹿げた遊びをけしかけた日だった。
 あの時は想像と偏見でしか会長を知らなかったが、今俺が会長ごっこをするなら、一体どのような会長を演じるだろう。
 知らない人を演じるより、知ってしまってから演じる方が遥かに難しい。それが好きな人なら尚更だ。

「木戸さ、人を作るのはなんだと思う?」
「……どういう意味ですか」

 そんなことを考えていると、会長が唐突に話を切り出した。

「性格は遺伝と環境、どっちで決まるかって話」
「……両方じゃないですか」
「そうだな、俺もそう思う。けど、監獄実験って知ってる? アメリカの大学で何十年か前にしたやつ」
「知らないです」
「疑似刑務所を作ってさ、心身ともに安定した被験者を囚人と看守に役割分担してその中に入れてみたんだよ」
「……どうなったんですか」
「しっかりと役割を遂行したんだって。囚人は看守に怯え、看守は囚人をいためつけて」
「へえ」
「だから、きっと状況によって人の行動とか思考ってがらっと変わっちゃうんだよ」
「卒業したら俺が先輩を好きじゃなくなるって言いたいんですか」
「違うって」
「どう違うんです?」
「かりかりすんなよ。ほら、学校と外ではなんつうか、違うんだよって話」
「そうですね?」
「昨日、すげえ野次られたけど、今だけだからっていうか」

 会長が歯切れなく言い、相変わらず一瞬だけ人間になるマネキンたちに目を向けた。
 ここで俺はすべてがわかったかのような気になった。それと同時に、なんともばからしくなった。加えて、すこしの気恥ずかしさとともに胸の奥がじんわりとあたたかくなった気がして、焦る。
 会長が俺のことを思って与えてくれるものは全てがうれしい。
 野次も嫌だし、これから先会長が俺からはなれていくんじゃないかとか、野次られるのが嫌なのは本当は会長の方なんじゃないかと考えていた。
 考えつく幸せは限りあるくせに、不安要素は際限なく湧き出でる。

「別に、俺、昨日の気にしてませんよ。なぐさめてくれなくてもいいです」

 図星だったのか、会長がぐっと言葉に詰まった。
 からかいまじりに偉そうな態度を取れるくせに、自然に慰めることはできないのか。
 そう思うとなんだかおもしろくなってくる。
 聞いてもはぐらかして都会のど真ん中に連れて来て、遠回しに慰めるのだ。
 小難しい実験のくだりなんかきっといらなかった。

「俺さ、なんか学校で敵増やしたい気分」
「……はい?」
「空手の練習と、それから合気道部の先生にも教えを乞おうかなあ、なんて思ってます」
「そりゃまたどうして」
「返り討ち狙って」

 そう言って笑いかけてみる。
 俺は、学校内で会長と一緒にいるのは罪だと思っていた。
 罪じゃなくても、しちゃいけないことで、こそこそ生きなければいけないと思っていた。

「俺とあんたが一緒にいるのが普通になったら、きっと他の生徒とかも慣れますよね。ほら、監獄実験的に」
「……なんか違うと思うけど」

 会長が呆れたように俺を見やり、そして笑った。苦笑も格好良いなんて、俺の惚れた人は360度すごい。中々いない。本当に、すごい。

 月曜日、俺は初めて会長と学食に行った。