闇討ち日和
恭弥はありえない。
心が広いんじゃない。あいつはただ「面倒くさい」から許すんだ。
そういうところが大っきらいだ。
「……三木どこ行くの? 授業さぼんの?」
「サボるよ。どこ行くかは秘密」
「誰かと密会?」
「強いて言うなら闇討ち」
佐原を適当にかわして教室を出る。窓から渡り廊下が見える。そこで俺は見つけたんだ。俺の「敵」が一人で優雅に歩いているのを。しかも向かっているのは特別棟。人気がない。闇討ちのチャンスだ。
俺は体育の百メートル計測よりも本気を出して走った。すれ違う生徒たちが俺に奇異の目を向けるが気にしちゃいられない。
俺は走った。メロスなんて目じゃないくらいがんばって走った。
特別棟に通じる扉の前で走るのを止める。今まで特別棟に近づいたことなどなくて知らなかったが、扉正面に一般生徒立ち入り禁止の旨が書かれている。
ふーんと思いつつ扉に手を掛け引っ張ると簡単に開いた。立ち入り禁止なら鍵くらい掛けとけばいいのにと思ったが、鍵を掛けられちゃ敵に追いつけないから適当な管理システムを要する学校に感謝した。
特別棟の中は薄暗く、夏だというのに少し肌寒い。
一応中から鍵を掛ける。
足音を忍ばせて進んでいく。やつはどこだろうか。というか、どうしてこんなところに来たのだろうか。特別棟には良い噂がない。不良たちが溜まっているとか、足を踏み入れたが最後、出てくるときはおしりがじんじんするハメになるだとか。
要するに性欲を持てあましたやつらのたまり場とかそういう場所。
ということはもしや俺の「敵」も変態なのだろうか。涼しい顔してそういうこととは無縁の雰囲気を出しているのに実はそうじゃないとか。
まあ、いいか。噂は噂。俺は信じない。
大体、恭弥に関する噂だってほとんどが嘘だ。噂自体会長と恭弥がすっかりくっついてる前提で作られてる。そこからしてガセだ。まあ、あの二人は両思いなのが見て丸わかりなのにぶん殴りたくなるほど進まないから勘違いされてもしょうがないけど。
それなのに噂は二人のエッチいことだとか、恭弥が他の人をくわえ込んでるだとか、まあ下の話が多い。うんざりするくらいだ。
恭弥は前に付き合ってた人にのし掛かられてショックを受けて別れるほど純粋なのに。あいつに純粋とかそういう言葉を使うのは気持ち悪いけど「俺は恥じらいが何より大切だと思うんだよ」なんて真面目な顔して言っちゃうくらいお堅い。
だから俺は噂なんて信じない。
ここは別に危ないところじゃねえ。大丈夫。
自分を励ましながら先へ進む。進んでいくうちにだんだん暗くなってくるのはきっと恐怖がなせる技だ。
気づけばさっきまであった窓も部屋もなくなり道幅も狭くなっている。俺は息苦しさを覚えたが、それでも進む。
ほどなくして階下へ降りるための階段が現れた。そこには光が何もなく、窓もなく差し込む光がないので本当に真っ暗だった。しかし、今まで敵の姿はなかったからきっとこの下に降りたのだろう。
俺は意を決して降りることにした。携帯のライトで足下を照らす。心許なかったが、ないよりはましだ。
ふと金持ち学校でなんでこんなサバイバルチックなことしてるんだろう……なんて考えが頭をよぎったがすぐに振り払う。考えたら負けだ。映画の主人公にでもなった気でいよう。
階段は螺旋状になっており、思ったよりもずっとずっと長い。特別棟は三階にあるから、もしかすると地下まで達しているのかもしれない。
何気なく上を見る。何も見えなかった。携帯のライトを消す。下も見えない。
急に怖くなった。上も下も左も右もない真っ暗な空間に投げ出されたように感じた。
そもそも、敵を追いかけてっこまで来たが本当に特別棟に入ったのか? 入ったとして、本当にこの階段を下りたのか? 全てが俺の思い込みで確証なんてなにもない。
俺はゆるゆると座り込んだ。よくわからないうちに携帯も圏外だ。泣きそう。
ここに来て、俺は自分が閉所恐怖症だと言うことを思い出した。息苦しさが激しくなる。ここで死ぬかもしれない。
恭弥の代わりに一発殴りたかった。罵詈雑言を浴びせかけて怒って怒って謝らせたかった。
恭弥はこんなこと望んでないから俺のしようとしたことはただの自己満足だけど、とにかく謝らせたかった。
だって、転校生のせいで恭弥はしばらくげっそりしてたし、終いには必要もないのに殴られた。そのあと頬ははれて満足に食べることも出来てなかったし本人は大丈夫だと言ってたけど腹だって見ていられないくらい変色してた。
けど、俺が一番腹立っているのは転校生にじゃない。あいつはしょうがない部分もある。それでも恭弥に手を出したのは許せないけど、俺は腐男子だから最初から見てた。
来た当初皆取は普通のやつだった。拍子抜けしてしまうくらいに普通のやつだった。けど、その普通さが普通じゃない役員や他の人気者たちに受けて、それを気に入らないと思った普通じゃない生徒たちにいじめられて、すっかり彼自身も普通じゃなくなってしまった。
今は彼も彼の周りももうすっかり落ち着いてしまったけど、それがまたいらつく。
恭弥をあんな目に遭わせたくせになんのバチも当たってない。
俺は今まで今か今かとバチが当たるのを待っていたが、なんかむしろハッピーエンド来たんじゃないの? と思うくらい皆取も他の役員も取り巻きたちも穏やかに笑っている。
因果応報求む! 来ない! じゃあ俺がしよう!
ってな感じで今ここにいるわけだけど――。
「なんで? まさか俺にバチが当たったの?」
膝を抱えてうずくまる。来た道を引き返し教室に戻った方がいい気がするが、段々この暗闇に心地よさを覚えてきてしまった。
だって最近寂しい。恭弥の他にも友達はいるがやっぱり恭ちゃんが良い。
会長が恭弥のことを気に入ってから一緒にいる時間が減ったし、皆取が来てからはさらに激減。
この闇はきっと俺に寄り添うためにあるんだ――なんて中二的なことを思う。
今まで中二設定の小説は敬遠してきたが帰ったら読もう。中二でヤンデレ受けだ。ヤンデル×ヤンデレとかいいかもしれないうへへへへ。
「……誰かいるのですか」
妄想によって現実から逃げ出そうとしたところでいきなり暗闇から声がして思わず体が跳ねた。十センチは飛んだ。
「誰ですか? 立ち入り禁止ですよ。そもそもどうして入って来られてるんです? 鍵は私しか持っていないのに」
懐中電灯で照らされる。
その光で、下から上がってきた人物も見えた。俺の闇討ち相手で俺の敵。
暗がりの彼はいっそう美しい。光り輝く場所よりも、暗めのところが似合うのか。
「……鍵かけ忘れてたけど」
「あら」
敵に敬語は使わない。
しかし、そんな俺の言葉にも俺の敵――副会長は気にする様子もなく、目を少しだけ大きく瞬かせた。
「またかけ忘れてしまいましたか。生まれてきてから今まで物忘れが激しくて困ります。ところで君は誰です? どうしてこんなところでうずくまっているのですか? ここはトイレじゃないですよ」
「……知ってる」
「そうですか。迷子ですか?」
「一本道だしまよわねえ」
「それもそうですね」
段々いらついてきた。
闇討ち相手が思っていたよりばかそうだ。こういうタイプはやっかいで、明らかに俺に非がなくて相手に非がある場合でも糾弾したり追い詰めるとこっちが悪い気になってくる。
「君は誰です?」
「教えない」
「どうしてです? やはり私と近づけば嫌がらせをされるからですか……?」
驚いたことに副会長はショックをうけたようで、ずっと無表情を保って来たのに形の良い眉が情けなく垂れ下がった。
「違うよ。俺、あんたにむかついてるから」
「むかついてる? どうしてです? 私何かしましたか?」
「食堂で、俺の友達にひどいことした」
「食堂……。もしかして木戸君ですか?」
「そうだよ」
食堂での出来事を思い出す。皆取を先頭にこいつらが恭弥を睨んだし、俺が一番許せなかったのは皆取の暴力ではなくこいつと皆取の発言だ。
こいつらは恭弥と会長を引き離そうとした。それに一番腹が立った。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって都々逸があるけど、本当にそうだ。俺は恭弥のカツ丼を食べながら、馬が来ないなら俺が馬となって出て行ってやろうかとふるふるしていた。
よほど出て行きたかったが、俺が行ったところで恭弥に迷惑がかかるだけだ。
これで恭弥が一般生徒ならば良いのだが、面倒くさいことに彼は風紀委員だし風紀は他の生徒に助けられちゃいけない。恭弥が自分で乗り切らなければ風紀の信用が下がる。
最後に橘さんが来てあの場は収まったが、恭弥は力で負けたわけでもムキになって怒鳴り返したわけでもないから風紀の信用は守られた。
ここまで都合が良く、また偽善じみたこともつらつらと並べてきたが、俺は純粋に恭弥と会長の恋を応援している訳じゃない。だって、ふたりが付き合ったらきっと今以上に恭弥は会長といることになるから寂しさが増える。
でも、幸せそうな恭弥と会長を見るのはすきだから早くくっつけば良いのにとも思う。
俺がこんなに寂しい思いをしているのだから、ふたりにはふたりで幸せになって欲しいのだ。
それなのにこいつらは邪魔しようとした。俺の気も知らないで!
こんな身勝手な理由で俺はいらついているのだ。
闇討ちまで考えてしまうくらいに。
副会長は俺が肯定したことでうなだれてしまった。
もっと突っかかってきて欲しい。そうすれば俺だってこんなにうだうだ考えないで感情のままに文句言えるのに。
あたかも反省してます――みたいな反応をされるのが一番困る。
いじめっこが素直に謝ってくるのと同じくらい困る。こっちは強く理不尽であってほしいのだ。反省のポーズを取られると、怒りをぶつけることもできず許しを強要されるから。
「木戸君には、謝ることがたくさんあるのです。睨んでしまったこと、話を遮ってしまったこと、進藤から離れろと言ってしまったこと、周りの生徒たちをあおってしまったこと、変な感じの悪い顔を向けてしまったこと、彼の」
「長い!」
終わりそうのない副会長の話を遮る。細かく覚えすぎだ。
副会長は素直に口を閉じたが、ちらりと俺を見て「あと……」とまた話し始める。
「君にも、悪いことをしてしまったのですね」
「は?」
「友達というものがよくわからないのですが――。私を追ってきたのでしょう……? こんな暗い場所に友達のために来るなんて、それほど私に腹が立ったのでしょう? ここは、暗くて寒いので、誰も立ち入らないのです」
たとえ、立ち入り禁止になっていなくとも――
そう言って副会長はすみませんでした、と不器用に頭を下げる。
「別に、俺あんたに何もされてないし。俺に謝ることはないけど」
「……」
「きょ、……木戸には謝って欲しいかなあって思う」
ほら、弱く来られると強く出れない。自分の弱さと情けなさにうなだれる。もういいのか。こんなことするのはきっとバカなことなんだ。
俺はただ自分の気を済ませるために副会長を追いかけて。
皆取を追いかけない所に俺のずるさがある。皆取はしょうがない部分があるなんて言ったけどそれは自分を正当化するための言い訳だ。
副会長はケンカなんてしたことなさそうだから勝てると思ったのだ。皆取は強いから返り討ちにあうだろうと考えた。皆取は恭弥を殴った張本人で率先して恭弥に会長から離れろと言ったのに。
すごく悪いことをした気になって来た。
腐男子。きっと腐敗した男子の略なのだ。何が腐敗してるって根性が腐敗してる。狡いし身勝手。
恭弥はきっとこんな俺の身勝手さを知ってて付き合ってくれている。
でも、会長はまっすぐな男だから会長とたくさん一緒に居るんだ。
恭弥も狡い俺より会長の方が良いんだ。
「……あの」
色んなとこが腐っててきっとこの先腐りすぎて死ぬんだ。そうだ。そうに違いない。
「木戸君の友達君……」
ふと、肩に暖かいものが触れた。
違和感に顔を起こす。
すっかり存在を忘れていた副会長の姿がある。副会長が俺の肩に手を置いていた。副会長の手が温かいことからこいつも血が通った人間だったんだなあ……とぼんやり思う。
「木戸君の友達君、すみません。私ちゃんと木戸君に謝ります」
「……」
「あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
副会長が少しためらったあと、ぎこちなく俺の頭に手を置きゆるゆると動かした。
人の頭なんて撫でたことがないんだろうなあ、と思えるちぐはぐな動きだった。
こんなことができるのに、どうして恭弥のことを睨めたんだろう。
わからないことが多かった。
「木戸君の友達君、」
「……三木」
「みき?」
「三木優太」
俺が名乗ると無表情に見える副会長の顔がわずかに緩んだ。
「三木君ですね。忘れません」
「あのさ」
「何です?」
「あんた本当はどんな人なの?」
食堂とはあまりにも違う雰囲気に疑問を覚え、そんなに悪いやつではないんじゃないかなんてことを思ってバカ正直に問う。
すると副会長は無表情を崩しまた少しだけ眉を下げて「どうでしょうねえ……」と考え込む。
恭弥のことも最近いつも感じている寂しさもこのときばかりは全て忘れ、本当の副会長が知りたいと思った。