橘の恋
好きなひとの夢を見たくないから寝たくないけど寝なきゃ頭がおかしくなるから寝ないといけないのに寝たら夢を見て夢には好きな人が出てきて、好きなひとの夢を見たくないから寝たくないけど寝なきゃ頭がおかしくなるから寝ないといけないのに寝たら夢を見て夢には好きな人が出てきて――
魚になりたい。
一年生も終わろうとしていたころ、生徒会役員一斉リコールが行われた。
けどほんとうに意味がわからない。わからなすぎる。
「ねえ先輩」
「何?」
「どうして生徒会のために先輩まで委員長やめなきゃならないの?」
「連帯責任だって」
「俺来年も先輩が委員長がいい、それ以外の人にはついていかない」
「蓮はわがままだね」
「おれわがままだよ」
委員長は俺の頭をなでる。そうしたら、気持ちが暖かくなる。おれはあたたかくない人間だから委員長の暖かさはおれにはないもので、うらやましい。
けど、あたたかくないからこそ委員長のあたたかさがわかるのかもしれないから、俺は冷たい人間でいい。
「蓮が次の委員長になるんだよ」
「どうして? 俺できない俺なんかに誰もついて来ないよ」
「なんでそう思うの?」
「おれ変だもん」
俺は人よりたくさんのことを考えてて、たくさん分岐点を考えてて、考えて考えて生きていたら、そんなこと普通は考えないとか言われるようになって、普通に見えるように頑張ったらもっと変に見られるようになった。
委員長も絶対に俺を変だって思ってるくせに「蓮は変なの?」なんて疑問形で聞く。
「みんな、父さんもお母さんもにいちゃんもねえさんもおとうとも先生もクラスメイトも綾音も言うから」
委員長はあれ? という顔をした。
「面倒だから進藤って名字で呼ぶって言ってなかった?」
「あ」
委員長がふふ、ときれいに笑った。委員長はとてもきれいで、女の人よりもきれいで、何よりもきれいで、中も変で顔もきれいじゃないおれには天の上の存在で、もし俺がきれいだったら委員長にお付き合いを申し込んで、いいよって言われても嫌いって言われても付き合わないのに。
だって顔がきれいでも中身がきれいじゃないからどうしたって委員長とは釣り合わない。かなしいけど、そのおかげで委員長はとてもかっこよくて中身もきれいな人と付き合ってるから俺がきれいじゃなくてよかった。
「委員長」
「なに?」
「おれ、委員長が好きです」
「うん。知ってるよ」
委員長が微笑んでくれる。嬉しいけど残酷だ。
「俺、先生と付き合ってる委員長が好きです」
「校則違反だよ?」
「法律にも反してます。けど校則より法律より委員長が好きです」
「ありがとう」
委員長がまた笑う。きれい。うれしい。けど悲しい。
最近眠れない。
委員長が毎日おれの夢に出てきてくれるから眠れない。
夢では委員長は俺のことを見てくれるから、それは幸せなんだけど、冷めたら現実が待っているから、だから委員長の夢を見たくないから寝たくないけど、寝なきゃ頭がおかしくなるから寝ないといけない。それなのに寝たら夢を見て、夢には委員長が出てきて――
魚になりたい。
魚は夢を見ないから。
夢は精神を回復させるために見るもので、人から夢を奪ったら、そのうち幻覚が見え出すんだ。
俺の頭がぐらぐら揺れる。俺の目にしっかりと映っていた委員長がぼやけ、委員長もぐらぐら揺れる。
委員長だけが俺を必要としてくれる。だけど、本当はわかってる。利用されているのも、バカにされているのも知っている。それでも――
ああねむい。眠いけど、寝たら委員長が出てくる。目の前にいるけど、寝たら俺の欲しい委員長が出てくる。
「蓮、眠かったら寝ていいよ?」
先輩が俺の体を引き寄せて、眠りを誘発するように背中をぽんぽんと叩いてくれる。瞼が落ちる。やめてくれ。寝てしまう。幸せだ。どうしようもなく不幸でもあるけれど。
ほどなくして、おれは先輩の腕の中でどうしようもなくさみしい気持ちを抱きながら眠りに落ちた。
さかなになりたい。