早寝記録

isn't it?

 円の中心に彼はいる。
 俺は小さな頃からずっと円の外側にいて、彼と決して交わることはなかった。

 生徒会室に設けられた狭い応接スペースが俺たちの会議の場だ。元々は相談のある生徒を通す場所だったらしいが、いつからか告白スペースと化したため今では一般生徒の立ち入りが禁止されている。

 窓から光が差し込んでいた。夏特有の爽やかな輝きを持った光だ。光は窓ガラスをそのまま通り抜けて俺達の向かい側に座る会長に降り注いでいる。

「で、お前はどう思う?」

 会長が腕を組み直しながら俺に視線を合わせた。
 光を受ける会長に見惚れていた俺は、肝心の話の内容も質問さえも聞いていない。

「……俺は、海部(かいふ)と同じで良い」

 すっかり困ってしまい、困惑を顔に出さないようにしながら答える。
 怒られるかな、と思ったが会長――海部は声を上げず満足げに笑った。
 その横で会計の白石がため息を吐く。

「もう。鏡ももっと自分の意見持っていいんだよ? ほんとさあ。だから海部も鏡のことかわいいペットだって思っちゃうんだ」
「そうだよ。君、ペット……犬だと思われてるよ? よりにもよって犬! せめてペットでも人になりなさい」
「えー! 人間のペットだって。谷中(やなか)くんなんかえろーい!」
「うざいなあ」

 呆れたように言って谷中が紅茶を優雅にすする。

「けどさあ、ほんとに良いの? 鏡」
「何が?」
「え!? だから、海部と同じでいいの?」
「うん」

 普段と比べてやけにしつこいなと思いながら俺はもう一度海部の顔を見た。

「なあ、鏡。もしかしてお前俺の話聞いてなかったのか?」

 海部がにやりと笑う。俺は海部のことを美の最終形態だと思っている。顔からスタイルから完璧だ。
 白石も確かに格好良いが、白石と違って海部は美に頓着していない。髪の毛は整えるくらいだし、制服も与えられたものを決められたようにきちんと着ている。シャツの第一ボタンだけは苦しいといって外しているが、それだけだ。それなのに格好良い。後光が差してる。それは、光を背に受けているからだけでは決して、決してない。

「鏡」

 海部の格好良さについて考えている場合ではなかった。何か答えないと。
 聞いてた、と言うときっと内容を聞かれる。一切わからない。
 聞いてない、とそのまま言うのは心証が悪いだろう。海部は怒っていなさそうだけど、悪く思われたくない。
 うまいこと言えればいいんだけど、元々しゃべるのは得意じゃない。
 嘘はつけない。

「……声は聞いてたよ」

 低めの良い声は。

「そうかよ」

 海部は俺を咎めることなくまた笑った。

「もう、だめじゃん! 海部がなんて言ったか、谷中教えてあげて!」
「僕が?」
「そう! 僕がです!」
「まあ、いいよ。鏡、よく聞きなさい。海部は、夏休みに生徒たちの甘えた性根を鍛え直すために裏山で修行をする、と提案したんだ。サバイバルだよ」
「ここ、島だから山もあるし海もある。一週間くらい生き延びれるだろ。なあ、鏡どう思う?」
「……良いと思うよ」
「鏡!」

 調子は違えど白石と谷中の声が揃う。

「ああ、けどやっぱ4人はダメだな。多数決が出来ねえ。これは提案として教師たちに振るとして、もう一人増やすか」
「君はどうせ自分の親衛隊長でも選ぶつもりでしょう」
「は? そんなセコいことするかっつうの。誰の親衛隊も選ばねえよ。まともな奴誰か選ぼうぜ。まともな奴」
「まともかどうかの判断はどうすんのさ」
「見りゃわかるだろ。なあ、鏡」
「そうだね」
「鏡!」

 また白石と谷中の声が揃う。仲が良いな、と思った。

「ああ、もう。海部の意見に同意するわけではないけれど、この調子じゃこの先も多数決にはならないだろうね。そうでしょ、鏡」
「どうかな。別に俺……」

 詰まった。何て言おう。海部と違う意見の時はちゃんと言うよ、違う。海部を盲信してるわけじゃないよ、これもなんだか違う。

「別に俺……」
「時間です」

 ため息を吐き、谷中が立ち上がる。

「会長に雑用押し付けられたこと、思い出したからね。頑張って愛想笑いしてきますよ」

 谷中は軽い調子で皮肉を言って生徒会室から出ていった。出ていく時にくしゃりと頭をなでられた。

「なんだよ。あいつだって今の撫で方犬にするやつじゃねえか。白石」
「何さーおれもう疲れたー」
「お前の死んだ犬の名前なんだっけ?」
「ヒメだけど? ああなんか思い出し涙でそう」
「よし、鏡。お前を今日からヒメと呼ぶ」
「それはやめて」

 ばかなことを言う海部に俺は珍しく即答を返す。

「なんだよ俺の犬の名前パクんなってー! って言いたいとこだけど、実は前からヒメの姿を鏡の後ろに見てたんだよね」
「病んでる白石」

 白石が懐かしげに俺を見る。慈しむような表情がきもい。

「ヒメ……」
「きもい」

 わずかに目をうるませる白石に飛びつかれ、白石とふかふかのソファに沈む。海部がけらけらと笑っていた。

「あ。いいこと考えた」
「お前のいいことはいいことじゃねえってー! な、ヒメ」

 ぎゅ! とされた。

「キモイってば。ヒメって呼ぶなって」
「谷中が今連れてくる転校生を補佐にしよう! なあ、いい案だろ、かが……ヒメ」

 もう手遅れだ。
 海部はこうと決めたら動かないし、白石に至ってはなんか病んでる。

 ふたりが犬の幻影から目覚めるまで、このゾッとするあだ名を甘んじて受けよう。
 高2の春の終わり、俺は覚悟を決めた。