早寝記録

多数決

 世界が終わるとわかった時、人はどんな顔をするのだろう。
 きっと、今の谷中のような顔だ。

「すげー猫かぶってんだなって……言っただ、言いました」
「ほう? それで?」
「それだけっすよ」

 苦々しいしかめっ面で転校生――矢野結人は答えた。

「別に、言う必要はなかった」

 矢野が憎々しげに吐き捨てる。

「一言多いんですよ、俺。だから気にしないでください」
「まあ、別に谷中の腹黒さは未だに俺でも計り兼ねてるから良いんだけど、気になっただけだよ。別に咎めちゃいねえ」
「けどさあ、なんで君、猫かぶってるってわかったわけ?」
「……言いませんよ」
「けちだなあ」
「まあ、白石、時間はたっぷりあるんだし、いつか教えてもらえばいいだけの話だ。なあ、ヒメ」
「……そうだね」

 ヒメと呼ばれた俺を、矢野はわざわざ振り返って見た。その表情は訝しげで居心地が悪かったが、そりゃそうだ。男子高校生がヒメなんて呼ばれてたらだれだって引く。

「引いてんな」

 海部が満足気に頷く。

「は? 別に……」
「いいんだよ。俺達はまともな奴が欲しかったからな」
「あ、そっか」

 ここで白石が合点がいったように顔を輝かせ矢野の手をとった。

「何――」
「生徒会へようこそ! 君は今日から生徒会補佐です!」
「……は?」

 矢野がおもいっきり眉を顰めた。
 そりゃ眉も顰めるだろう。転校初日に生徒会室へ連れてこられ、ってこれは決まっていることで、この少しだけ特殊な学校の説明と注意事項について話があるが、いきなり生徒会補佐に任命されたんだからそりゃ眉間に皺も寄る。

「そりゃ戸惑うよな、普通のやつなら! なあ、ヒメ」
「そうだね」

 けど、どうでもいい。矢野が戸惑ったって困ったってどんな顔をしたって俺にはどうでもいいことだ。
 海部に同意を求められることに俺はいつも幸せを感じている。
 今日、ヒメに変わってしまったけどそれでもうれしさに変わりはない。

「生徒会、補佐? は? 何? いやなんすけど」
「俺達だってもっとどんな奴なのか知ってからのほうがいいけどよ、決めちゃったんだもんしょうがねえじゃねえか」
「決めちゃったんだもんってなんですか。知りませんよそんなの」
「お前、敬語だけどなんかむかつくな」
「よく言われます。つうか俺いやっすから」
「拒否権ねえよ。転校生には」
「なんでだよ!」
「そう決まってんだよ、校則で」
「まじかよ」

 俺の隣で白石が「転校生、案外ばかだな」とつぶやく。

「真面目な話、多数決に困ってるんだ」

 ずっと偉そうにしゃべっていた海部の口調が変わる。困ったような、柔らかい声。腰に来る。格好良い。

「た、多数決?」
「生徒会4人だから、さっきもわかれてよ。真っ二つに……」
「くじにすりゃいいじゃないですか」
「それなら犬でもできるだろ。俺たち人間だぞ。ちゃんと考えてえの」
「めんどくさ……」
「で、お前には多数決要員になってほしい」
「多数決要員?」
「ああ。俺達の話を聞いて手を挙げるだけ。口を挟みたかったらもちろん意見は許可するが、俺達だって自分勝手だと思ってるから仕事しろだのなんだのとは言わねえ」
「多数決要員……」
「楽だ。その上俺たちを救える。ボランティアだと思って」
「……まあ、手挙げるくらいなら良いか」
「よし! 決まりな! 白石!」
「何!? テンション上がるね!」
「補佐決定の書式用意して理事長に公印もらって情報流せ!」
「おっけー!」

 白石が風のようにすばやく動き出す。

「谷中!」
「何……」
「お前は各親衛隊にこの件をうまく説明しろ。化けの皮剥がされるなよ」
「……わかってるよ」

 ふらりと谷中も生徒会室から出ていった。

「そしてヒメ!」
「何?」

 ちょっとわくわくした。どんな任務が与えられるのだろう。

「お前はパーティーの準備だ! ジュースとお菓子を買ってこい!」
「……うん」

 ちょっと拍子抜けするが大事な任務が与えられた。

「あ。矢野も一緒に連れてってついでにこの学校のこと色々説明しろ」
「え……」
「できねえのか?」

 問われたが、答えられない。
 初めて会った人に、説明すること。考えたら怖くなった。会長がソファから立ち、少し離れたところでみんなのやりとりを見ていた俺の元へと向かってくる。

「できねえか?」

 真正面から見られる。まっすぐに見つめてくる海部の目を俺は見られなかった。
 海部の口調には優しさが含まれている。できない、と言ったらしかたねえなあと笑って自ら行ってくれるだろう。

「そのくらい、できるよ」

 面倒くさかっただけ、と嘘を吐いた。
 矢野を目の前にして面倒くさい、というのは失礼なことだったけど、こうでも言わなきゃきっととてつもない惨めさに襲われる気がしたのだ。

 矢野は静かに俺たちを見守っていた。彼の眉間には、未だに縦の線が刻まれていた。