早寝記録

新聞部部長美形腐男子如月

「ちょっと違う!」

 新聞部部長美形腐男子如月が本当に残念そうな顔をする。如月は本当に残念なやつで、彼の発行する校内新聞の編集長のところに必ず「新聞部部長美形腐男子如月」と署名しているのだ。

 確かに彼は美形で新聞部主催の人気投票では常に上位にいるけれど、新聞部部長美形腐男子如月と自分で書くようなやつでなければきっと俺の位置に如月がいるだろう。彼がちょっと変なせいで俺は生徒会にいる。

「ちょっと違うってなんだよ」

 海部がエビフライをしっぽから食べている。しっぽを噛み砕く音がえぐかった。

「副会長の本性を見抜くのはいいが、バレ方に問題がある。本当の自分を見破られたことで心の氷が瓦解して転校生に惚れるというそういうのが欲しかった!」
「本当の自分見破られて惚れることはねえと思うけどな。とくに谷中は。けど、惚れたかどうかはわかんねえが気に入ったのは確かだぜ。なあ、ヒメ」
「うん……。ねえ、海部、外でもこの呼び方すんの」
「なんだよ。もちろんじゃねえか」

 嫌だな、と思いつつ如月を見ると、彼は気味悪く小刻みに震えていた。大丈夫だろうか。

「萌えるぅ! ありがとう! ヒメ呼びの噂は昨日聞いたが実際に目の前で聞くとまあ萌えること!」
「昨日呼び出したからな。良かったな、タイムリーで」
「あああああ海部の『なあ、鏡』にも俺はたいそう萌えていたがヒメ! なんだよ、アホか! 馬鹿か! 止めて! 萌え死ぬ! 今なら俺ホウシ出来る!」
「ホウシってなんだよ」
「萌え死ぬとかいて萌死!」
「ふうん。しねばいいのに」

 海部が呟くが如月には聞こえていない。仮にきこえていたとしても彼は気にしないだろう。

「しかも鏡も転校生に懐いたとか、グッジョブ鏡改めヒメ!」
「や、やめてよ。そのあだ名広めるの……」
「いいじゃねえか」
「良くないよ」
「でよ、如月」
「なんだ!」
「萌えてるとこ悪いけどよ、さっきからなんなの、おしいとか言ってるけど」
「ジャンルだよ。王道転校生の学園もの!」
「ふうん。それに近いんだ?」
「奇跡的だよ! まあ、下半身の緩い会計にセフレはいかんっつって気に入られるのとか、食堂で会長にちゅーされるのとか、そういうのは望めないけど……。ここの会計、風紀委員長だけの下僕だしさ」
「お前……それ白石に言ったら……」
「言わないし、負けねえよ。腐男子は腕っ節に自身がないと務まらない崇高なる嗜好なんだ」
「そうなの?」
「あとはお前が衆人環視の中転校生にキスの一発や二つぶちかましてくれたら俺は満足なんだけどさー」

 如月は心底残念そうだ。しかし、言っていることはとんでもない。ここでは外部の常識などがあまり通用しないが、みんなの中でキスするなんてありえない。如月は王道、といったがそんなのが王道の世の中ならばこの世界は狂ってる……。

「それはねえよ。俺、矢野ってタイプじゃねえもん」

 タイプの問題ではない。

「だよねー」

 それなのにふたりの会話はごく当たり前に進んでいた。

「そもそもの話、お前生意気そうなのより可愛い子の方が好きだしね」
「そうだな。つーかおとなしい感じが好き」
「お? まさか鏡?」
「ああ。タイプだな」
「おおおおお! だからヒメなのかあああ!」
「ヒメは白石の犬だって」

 海部のまさかの肯定に、俺は発狂する如月の向かいで平静を装いうどんのつゆを飲もうと丼ごと口へ持っていった。
 しかし、やはり動揺は消せずに口の端からつゆをこぼしてしまった。
 だって、どうして良いかわからない。からかわれた時うまくかわす方法もわからなければ、本気で照れてしまっている自分もいるしで、俺は今混乱している。

「豪快に飲んだね、ってああ、こぼしてる萌える!」

 ハイになっている如月は、何を見ても萌える危険な段階に進んでいる。
 とりあえず拭こうと海部の隣にあるティッシュを取ろうとした時、伸ばした手を掴まれた。

 そして――

「む」

 手を引っ張られ引き寄せられたかと思ったら、状況を理解する前に海部の口が俺の口を覆った。
 あったかかった。いや、あついのか。なんだこれは。くちづけられてる? いや、まさか。

 頭が真っ白になった。向かいに座っている如月の声すら聞こえない。

 しかし、少し置いて鼓膜が破けそうなほどの音が俺の耳を貫いた。

「はは、うるせー」

 口を離した海部が周りを見て笑う。窓際にぽつんとある席に座っていたのに、彼のしたことは食堂中に見られていたようだ。
 海部がティッシュを取り、俺の口の端から顎にかけてを丁寧に拭いていく。
 拭くのはそこじゃない。いや、違う。突っ込むとこはそこではなくて――

「衆人環視の中のキス、意外とおもしれえな。なあ、ヒメ」
「や」
「何? それどっち? 肯定か否定か。何、お前否定すんの?」

 意地悪く海部が笑う。

「なあ、ヒメ」
「否定……しない」

 俺は自覚している。海部の自信満々だけど優しい目に見つめられると、どんなことでも頷いてしまうこと。海部に同意を求められるのに幸せを感じてしまうこと。
 今だってそうだ。起こったこと、状況、感情を考え、理解する前に海部を肯定する言葉が出た。
 けど、仕方ない。

「よし、わかってるじゃねえか」

 海部がにしし、と悪戯っ子のように笑った。

「うん」

 なんでかちょっと嬉しくなって、笑った顔を見られないようにうつむく。

 海部に衆人環視の中キスをされたことなんて頭から抜け出ていた。