早寝記録

濡れ衣

「写真部は、苦難の部活なのです……」
「苦難の部活ですか?」

 もう部活動撮影も終盤に差し掛かった頃、旧部活棟でほそぼそと活動している写真部に足を運んだ。部員数も少なければ表情も暗い。そしてなぜ彼らが旧部活棟で活動しているのかその理由がわからない。
 通された暗室は肌寒く、彼らの精神状態を表しているようだった。

「……鏡君、僕達の噂、知りませんか?」
「え」

 いきなり話を振られ驚いたが、今の俺よりも彼らの方が明らかに悩んでいる。俺は困惑を外に出さないように、必死で答えを探した。
 しかし、思い出そうとしても、写真部の噂を俺は知らなかった。

「……俺は、何も聞いてない、です」

 おそらく俺と同学年だろう部長は、一年の矢野に対しても腰が低く敬語で話していた。

「そうですか……。実は、昨年の話なんですが……」

 そうして腰の低い部長はおずおずと自分たちの身に降り掛かったことについて話し始めた。

「はじめに信じてください。新聞部に写真を流したのは、僕ら写真部ではないのです……。
 ……去年のクリスマス。その日は、雪がしんしんと降る、静かな夜でした。それなのに遠くは晴れていて、海岸からは雪と月が同時に見れていたんです。雨夜の月ということわざを知っていますか?」
「え? あ、聞いたことは、あります」
「……雨雲に隠れた月のことで、想像するだけで目には見えないもののたとえです。雪が降っている夜に見える月も、僕らにはまるでありえないもののように思え、ぜひともカメラに収めたいと思ったのです。……僕らが海岸に行く姿を、見ていた生徒がいました。これが地獄の始まりでした。次の日、タイミング悪く中庭で淫らな行為をしている前副会長の姿が校内新聞の一面を飾りました」
「あ。あったね、それ」

 如月が見せてくれたことがあったが、彼はあの記事を好意的には見ていなかった。彼の信条はプラスクープ。プラスとスクープを掛けた言葉のようだが、読んだ人が記事にされた人にマイナスのイメージを持たせないようにを心がけているらしい。
 年末に記事を書いたのは彼の先輩たちで、前生徒会とは犬猿の仲だった。
 淫らな行為とは言ってもやばい写真ではなく、雑誌の見開きみたいな色気のある格好良いものだったけど、文章がなんだか破廉恥で悪意があり、それと合わせてみると写真も卑猥に見えてくるから不思議だった。

「その写真を新聞部に秘密裏に渡したのは僕ら写真部だと言われました。……けど、僕らはそんなことはしていない。あの日外に出たのは本当に雪と月が綺麗だったから。それだけなんです」

 部長は静かに、しかし悔しそうに語った。
 後ろの部員がそっと俺たちに一枚の写真を手渡してくる。それを受け取り、矢野と見る。

「きれい」

 隣で矢野が呟く。
 降りしきる雪の中、月が白く輝いている。月がこんなにも輝いているのにこの日の夜は暗く、白と黒とのコントラストが芸術的だった。隠れて卑猥な写真を撮るよりもずっと心が踊るだろう。

「……僕らは、新校舎を追い出されました。それはいいんです。ただ、あんな写真を僕らが撮ったと思われていることが腹立たしいのです…! 百歩譲ってあのような写真を撮るとします。構図、現像方法、気持ちの込め方、あれは駄作です。僕達写真部ならばもっと刺激的に! 芸術的に! 見るだけで※※してしまうような写真が撮れます!」
「部長、落ち着いてください! 汚い単語が出てしまっています!」
「はっ……すみません……つい興奮してしまいました……」

 こほん、と部長が居住まいを正す。

「鏡君たちが、写真部を抜かさずに来てくれたこと、とても嬉しく思います。ですが、僕らは新入部員が入らなくても良いと思っています。先輩と、僕ら数人の二年生。卒業と同時に廃部でも良い。……写真好きの生徒が入学してくればまた復活するでしょう。その時には僕らにはられているレッテルも綺麗になくなり、新たなスタートが切れるはずです。だから、僕らは抜かしてください。どうもありがとう」

 部長がふわりと微笑む。派手ではないけれど、彼は花が綻ぶような、少年にしては柔らかな雰囲気を持っていた。


 
「レイさん、どう思います?」

 新校舎の部活棟へと続く山道を歩きながら、矢野が尋ねてきた。

「写真部のこと?」
「部員はいらないんだろうなあって思うけど、今のままじゃ濡れ衣着せられたまんまってことっすよね」
「……そうだね」
「なんとかできねえかな」

 矢野が小さく呟く。彼が歩く度、地面に落ちている木枝が踏み割られ、小気味いい音を出していた。

「あの写真、綺麗だったね」

 言いながら、月と雪の写真を思い浮かべた。幻想的で、本当に綺麗な写真だった。腰の低い彼らには俺が想像も出来ないほどの矜持があるだろう。それは頑張っているものにしかわからない誇りだ。

 どうすれば、彼らが抱かれている誤解をなくすことが出来るだろうか。