催眠術師
前副会長の、すごくさわやかな写真を撮ったらどうだろう。
この考えに至ったのは夜の十時のことだった。写真部が副会長のさわやかな写真を撮る。ちょっと――というかかなり柄が悪く軟派でチャラくて下半身の緩い副会長の爽やかな笑顔の写真とかを撮って校内新聞に掲載してもらったら彼らの汚名も返上できるのではないか。
俺は約束も取り付けずに急いで部屋から出て、海部の部屋へと向かった。
慌て気味にチャイムを連打する。
「……鏡」
出てきた海部は俺を見ると驚いたようだった。目を丸くし、ヒメでも名前でもなく名字で呼んだ。
「ごめんね、相談したいことがあるんだ」
「何? 良いよ、入って」
海部に促され、彼の部屋へと入る。真面目な話だからくっつかずにテーブルを挟んで海部の向かい側へと座ろうと思ったが、ソファの端っこに座った海部を裏切れなくて彼の隣に腰を下ろす。
いつもなら、言いたいことがあっても聞いてくれるまで言い出せないでいるが、今日は大丈夫だった。
俺は、写真部部長から聞いた話を海部に教えた。
「杉原さんに、写真撮らせて下さいって頼もうと思ってるんだ」
俺が海部のところに来たのは、彼に頼もうと思ったからじゃない。いいんじゃないか、と肯定の返事が欲しかったのだ。誰でもない海部が背中を押してくれたら、俺は一人でも出来る気がする。
矢野と一緒に行く気はなかった。前生徒会たちはカリスマの集まりだ。人気が神がかっている。クラスメイト達でさえも一目置く存在だ。親衛隊も過激で、彼らが現役の時は裏切り者に対する制裁が日常茶飯事のように行われていた。俺たちの比じゃない。
もっとも、俺は少人数としか付き合いがないから俺の親衛隊が他生徒に嫉妬して制裁に動くことはない。
それに隊長の萩君がしっかりと統制してくれているようで、親衛隊に入るのも難しいらしい。
「……俺も行く」
「ついて来て欲しいんじゃないよ。俺のしようとしてること間違ってないか、教えて欲しいんだ」
「杉原は危ねえよ。俺も行く」
「海部」
「大丈夫、俺、口うまいから」
「俺、別に」
「わかってる。けど、杉原はラスボスの手前あたりにいるすっげー強い奴。お前はまだ初めの街をウロウロしてる段階。今は敵う相手じゃねーの」
海部は前を向いていた。近くにいるのにくっつけない。彼は俺に呆れているのだろうか。
なんて答えたらいいだろう。本当は海部がいてくれたらとてもありがたい。けど、迷惑を掛けたくない。また人に頼ることになってしまって、もし失敗でもしたら海部に迷惑が掛かる。
「……思ったより、ちゃんと出来てた」
まるでひとりごとのようだった。海部が短く息を吐いて続けた。
「出来るとは思ってたけど、普通に出来てんじゃん。動画撮影。一人じゃないとは言っても、すげーよ」
「……海部」
「だから、きっと杉原のとこ行って、ちゃんと言うこと出来るんだろうけど、できるからそこやんなくて良いんじゃねえの。俺が行ってやるって言ってんだから、素直に受けてれば良いの。違うか? 鏡」
「……ちが……」
「何、否定すんの」
「……しない」
ちらりと海部を見上げたら、彼はようやく笑って俺を見た。その顔に安心する。
「杉原に頼んだら、写真部に俺たちも撮ってもらおうぜ。みんなで」
「そういえば、写真って撮らないもんね」
こうなった海部にはもう何を言っても無駄だ。それに、俺より海部のほうがずっとずっと口がうまいことは確かなこと。俺が元副会長のところに行って失敗するよりも海部と行って成功したほうが良い。
自分で行く事は多分自己満足にほかならない。
「……結局、頼ることになっちゃった」
「なんだよ。いいじゃねえか。使えるもんは使えって」
「使えるもんって……」
「それに言ったじゃん。いじめられたら言えよって」
「……いじめられてないよ」
「まあ、良いって。なあ、今日はここで寝てけよ。部屋帰ったら暴走しそうでやだ」
「暴走って、俺が?」
「勢いで杉原のとこに行っちゃおうとか思ったら大変じゃんか」
「行かないよ」
「わかんねーよ?」
からかうように笑って、海部が背もたれに寄りかかった。こんなつもりじゃなかったんだけどな、と思うが、ほっとしている自分もいる。
情けない。
情けないついでに、海部に体を寄せる。肩に頬。擦り寄ってみる。客観的に見たら気持ち悪いだろうけど、部屋にはふたりしかいないし、好き勝手しよう。
目を閉じると、触れ合って温かい部分がはっきりとわかる。体が触れ合うと心まで心地よくなるから不思議だ。
「海部ってさー」
まどろみの中、ほぼ無意識に言葉が出た。
「なんだよ」
「お母さんみたい」
「……全ッ然、全く嬉しくねーんだけど」
「いいじゃん。俺のお母さんやさしくないから、海部がお母さんになってよ」
「意味分かんねーよ!」
「俺もわかんないよ」
「わかんねーのかよ……」
海部がうなだれる。
くぁ、とあくびが出た。
ここ2日で普段の百倍くらい人としゃべって、精神的にはもう死ぬかと思うくらいに疲れ果てている。
海部の手が俺の手を握った。温かいところが増えるのに比例して眠さも大きくなっていく。
「寝るならベッドで」
「うん……」
適当に返事をすると、海部が大きくため息を吐いた。
一度ちゃんと起きようと目を開ける。
しかし、次に瞬きをしたら、驚くことに朝だった。