早寝記録

恭弥と先輩

 レイちゃんと龍騎を見送り、すこしだけ2人の消えた跡を眺めた後、寮へ戻るために踵を返す。

「あ」

 すると、いた。門の陰からじいっとこっちを見つめる怪しい人影。安堵とか、寂しさとか、何やら青春っぽい甘酸っぱい気持ちに包まれていたっていうのに、一瞬で消えた。

「何してんの、綾音ちゃん」
「うるせえよ」

 不審者に声を掛けながら、門へと近づく。昨日の昼にも見たけど、相変わらず格好良い。前は髪を染めたりパーマをかけてみたりおしゃれにこだわっていたけど、黒に染めてバッサリと切ってからは段々とこだわりも薄れ、逆に髪を切るのが面倒になったらしく今は前髪も少し目にかかっているし髪も結構伸びてきて、なんていうか、まあ、格好良い。心の中で褒めるのさえ照れて、考えるのを止める。ただ、これだけは思う。龍騎も中々のイケメンに育っていたけど、やっぱり俺にはこれだ。……さすがに「これ」は失礼か。

「今日も格好良いね、綾音ちゃん」
「うるせえよ。なんだよ、いつもんなこと言わねえじゃん」
「そうっすね」

 言って、笑う。俺の好きな先輩が門から出てくる。

「先輩、なんでこんなとこにいんの」
「木戸が浮気してるって、周りがうるさすぎて見に来た」
「よくわかったね」
「浮気が?」
「俺が帰ってくる時間。浮気はねぇ、まあ、できねえし」
「知ってる。……こんなとこにいる理由は、寮で見たから。ホールでサボってたら木戸、俺になんか脇目もふらずエレベーターに乗って、出てきて、また脇目もふらずに外に出てったから、なんとなく付いてきた」
「へえ」

 歩きながら、寮を目指す。学校に行けば良いのに、先輩も寮へと向かう。風が吹いて、身震いする。レイちゃんと龍騎は、まだ山を降りている途中だろうか。

「綾音ちゃん、学校行かねえの? 受験生なのに」
「自習だからいい」
「一日いっぱい自習なわけねえじゃん」
「今日はサボるって決めてる」
「あ、そうなの?」
「ほんと、浮気浮気うるせえから。レイちゃんがどんな風に可愛かったかとか、クラスの奴ら詳細に教えてくんの」
「まあ、可愛いからなあ。俺、正直に言うと本当にびっくりしたんだよ。昔はデブで坊主だったから」
「言ってたな。そういや」
「小学校卒業前にダイエットして、ぽっちゃりくらいにまではなったけど、まさかあんなふうに成長するとは思わなかった……」
「タイプ?」

 先輩がわずかに笑みを浮かべながら訊いてくる。挑戦的な表情にも見えるが、普通より濃い付き合いをしてきて、こいつがこういう感じで訊いてくる時は大体不安に思っている時だということを知った。
 俺のタイプは知ってるくせに、何時まで経っても不安は消えないらしい。風紀委員だからか、俺は2年になった頃からかわいいとか綺麗な感じの下級生に告白されることが増えたけど、先輩が良いなら俺はどんなに可愛い子に好かれようと先輩を好きでい続けるし、あんたがタイプだと言い続けるのに。だけど俺なんかを好きな趣味の悪い先輩は、不安でたまらないらしい。
 いつもなら恥ずかしくて生意気なことを言ったりしてはぐらかすけど、なんとなく、今日は素直になってみる。

「俺、かわいいのより格好良いほうがタイプなんです」
「じゃあ俺か」

 先輩がナルシストを発揮する。しかし、いつもの何も考えていないようなアホみたいな笑顔ではなく、さっき浮かべた挑戦的な、格好良い笑みがそこはかとなく残っているから、面倒臭いことにまだ不安は消え去らないのだろう。
 こんなに顔が良く、性格もまっすぐで優しいくせに、どうして自信がないんだろう。自信満々な態度は自信の無さの裏返し?
 自信がなかろうとあろうとまあ、どっちでもいい。

「俺が惚れてるのはあんただけだから、将来仮にデブで坊主になったとしても、そこだけは自信持てば良いよ」

 照れ隠しに笑いたくなるのを堪え、ひどく真剣に言ってみる。先輩は虚を突かれたように止まった後、俺に負けず劣らずな真面目な顔をした。

「結婚してください」

 そして、真面目な顔を崩さずにバカなことをのたまった。我慢できずに笑う。

「ばかじゃねえの、無理だよ。無理じゃなくても俺、一緒にいれればそれでいいよ」
「割と本気で言ったんだけど」
「うん、知ってる」

 嬉しい。けど、嬉しいなんてにやにやしながら言うのはまるで女のようだと思って、恥ずかしさもピークに達したから素直には言わない。それでも、心のなかで改めて浮気はしないと誓う。多分、しようと思ってもできやしないけど。
 可愛くて綺麗になったレイちゃんでも、やたらと格好良くなった龍騎を見ても心にあるらしい特別な感情は動かない。他の誰を見ても同じだ。
 それを動かせるのは、先輩だけだから。