早寝記録

サイズについて


 ――一体どれくらいのお茶を、ふたりと一匹で飲んで来たのだろう。
 しんみりと帽子屋が呟いた。

「958杯」

 三月兎がしれっと笑う。

「そうなの? じゃあ何週テーブルをまわったんだろう」
「うそだよ」
「うそか」
「うん」

 帽子屋は、どうでもいいや、と言って、頭に乗せた帽子をくるくると回し出した。それを見た三月兎が、テーブルの上、ティーポットに頭から突っ込んで眠っているヤマネをくるくると回し始める。

「まわると言えば、地球は回るね」帽子屋が言う。
「うん。でも俺たちはまわらない。だからずっとこのままだ」三月兎が微笑む。

 三月兎は、飽きずにヤマネを回している。否、ヤマネの入ったティーポットを回している。ヤマネは、相変わらず気持ち良さそうな寝息を立てている。
 帽子屋は、楽しそうにヤマネを回している三月兎を見て、自分も彼に回されたくなった。
 しかし、人間である帽子屋がティーポットに入ってまわされるのは不可能だ。可能だが、あの縮んだり大きくなったりする不気味なアリスが思い出され、アリスのまねごとも嫌だったので、諦めた。
 それならば三月兎が大きくなればいいかとも思ったが、帽子屋は、自分と“同じくらい”の三月兎が好きなのだ。どちらが大きくても小さくてもだめた。

「何を考えてるの?」三月兎が、目を見開いて何かを考え込む友人に問いかけた。あのいつでもどこでも笑っている猫ほどではないが、三月兎の顔は、楽しくもないのに笑みをかたどっている。

「サイズについて」
「サイズ?」
「君もおれも、このくらいがちょうどいい」
「そうだね。小さくなっても大きくなってもすべてを新調しなきゃいけないもん。それは面倒くさい」
「ぼくはこのまま?」

 寝ているはずのヤマネが加わる。このヤマネ、たまに人語を操るからただ者ではない。

「お前はどうでもいい」帽子屋がヤマネのしっぽを掴み、ティーポットから引っ張り上げた。

「いつも寝てるからね」三月兎が続く。ヤマネは、帽子屋に引っ張り上げられたまま、また寝てしまった。帽子屋がそのまま掴んだソレをティーポットへと戻す。

「けど、君が大きくなったら、俺とあんたの関係は人間と兎になるのかな? ペット?」

 三月兎が頬杖をついて扇情的な笑みを浮かべた。帽子屋を煽るような、しかし彼の平静の表情であるようにも見える。だとすると、三月兎はいつも帽子屋を煽っているのか。その真意は三月兎にしか分からないが、ただひとつ確かなことは、兎は帽子売りが好きなのだ。

「その案はとても素敵だけど、君をペットにしたらお茶会を開けなくなる」
「なぜ?」
「兎だから」
「俺は兎だけど」
「名前だけじゃないか」
「ひどいな、兎なのに。君は帽子屋だから帽子屋で、帽子屋じゃなかったら帽子屋じゃないの?」
「おれは帽子を作ってるから帽子屋だ」
「今は帽子を作ってないじゃないじゃないか」
「だけど、作ってたから帽子屋なんだ」
「じゃあ俺だって、兎だったから兎だよ」
「今は? 生まれたときは兎だったの?」
「そんなの覚えてないよ」
「覚えてないの?」
「自分のことなんて覚えてないよ」

 帽子屋には三月兎がすこしだけ落ち込んでいるように見えた。“三月兎”なのだから、兎でも兎でなくとも兎だからいいではないか。どうして自分は兎か兎じゃないかなんてくだらないことにこだわっていたのだ。帽子屋に後悔の念がわき起こる。

 三月兎が三月兎としてここで自分とお茶会を開いていることがすべてだ。それ以外はどうでも良い。
 帽子屋は納得した。アリスが大きくなって小さくなって元通りになったかのような、すっきりとした気持ちになった。

「君は、三月兎だ」
「うん。あんたは帽子屋だね」

 そう言って三月兎が、まるであの猫のようににたりと笑った。三月兎の頭には、帽子屋の作った帽子が乗っかっている。
 帽子屋は、やはり自分は帽子屋だと再確認した。

 三月兎の帽子が見えなくなったら、名前を探そう。