神楽鳥
四季監獄――その存在が語られることは多いが、その全てが絵空事だった。噂だけはあるが姿を見たものはない。
ただ、町を騒がせる少年が忽然と姿を消すと、町は「四季監獄に投獄されたのだ」と囁かれ浮き足立つ。
四季監獄はまるで地獄のようだった。
あるかどうかもわからないのに誰もが行くことを恐れる。
*
班決めの日は、僕はいつも朝早くから地下大ホールにいる。
班決めというのは3ヶ月に一度行われる強制労働決めのことで、大体は殺し合い。殺し合いといっても殺すのは御法度で、間違えてやっちゃったらそれ相応の罰が待っているらしい。
人数が多いから勝ったやつは勝ったやつと、負けたやつは負けたやつと戦っていって、最終的に勝った順から好きに仕事を選ぶことができる。とは言っても普通のやつはおよそ4回ある試合で、一度でも勝てばそれでいい。上位は仕事をしないということも選べるが、変にがんばって勝ち上がっていっちゃったら強いやつにいたぶられるし、それより何より4回負けるととんでもない労働が待っている。
その名も恐ろしき地下清掃班。地下ゴミ班と呼ばれるその班は色んなゴミを処理しなければいけない。そうして地下ゴミ班のキチガイ看守に気まぐれで色班に落ちることもある。
色班というのは看守や囚人に色を売る仕事――簡単に言えば売春班なんだけど、それが精神的にも肉体的にもキツくて、人生からドロップアウトするやつだとか夢の世界に行っちゃうやつがいるらしい。
だから囚人たちは色班に落ちないためになんとしても一度は班決めで勝利しなければいけないのだ。
でも、僕にはそんなこと関係ない。
だって僕はどこにいても鷺(さぎ)への愛情でもってしぶとく愉快に生きていくことが出来るのだから! 一度色班に行ったことがあったが僕の鷺への思いが強すぎたのかすぐに地下ゴミ班に戻された。
それからはもう色班に落ちることはなくなった。
なぜかわからないが、きっと今回の班決めで僕が地下ゴミ班になっても落ちないだろう。僕としたら地下ゴミ班で臭い中でグロイゴミとかを相手にするよりも色班でヒマを相手していた方が良いのに、残念だ。
ため息をついて班決めが行われる地下大ホールを客席から見下ろす。
地下大ホールは広く、中央に五つのステージがあり、それを取り囲むようにして何層もの客席がある。まるでアンフィテアトルム――円形闘技場だ。
人はまだまばらにしかいない。それもそのはず、まだ起床ベルが鳴ってから5分しか経っていない。はじまるまではまだ十分時間があるから、みんな朝食とかをしっかりと摂ってからくるのだ。しかも事前に自分の大体の試合時間が知らされていて、試合数の多さからその時間は朝から夜中の0時までばらばらだ。
一回戦は強いやつと弱いやつが当たったりでおもしろい試合はあまりないから、観戦しに来るやつも少ない。
けれど僕は鷺がいつ試合かわからないから、今日も朝早くからスタンバイしている。
前回は夜の9時過ぎに鷺の試合があったから、今回もずっと待つことになるかもしれない。
しかしその予想は大外れで、朝早くに鷺は来た。僕はそれを客席の上、柱の影から眺める。
「あれ?」
鷺が誰か知らないやつを引っ張っている。
いつもの赤い髪の変なやつとそばかす顔の変なやつはふたりの世界を築いているし僕のライバルではないからほっといているが、なんだか嫌な予感がする。
僕は柱をぎりぎりと握りしめた。
なんかくやしい。
鷺が手を引いている。触れ合っている。うらやましい憎らしい。
なんで僕じゃないんだ、なんでなんで。あんな無表情のどこがいいんだよ。僕だって昔は無表情って揶揄されることが多かったけど、今もそうだけど鷺の前ではにこにこにこにこできる何されても笑っていられる自信があるのに。
そうぎりぎりと唇を噛み締め嫉妬に狂うが、その少年に僕は太刀打ちできそうも無いことはわかっていた。少年は全体的に色素の薄いひょろいやつだが、僕の真っ黒な髪の毛と黄色の肌とはまず輝きがちがうし、なんか顔の造りもキレイな気がする。ここでは色が白くて髪の毛の色が鮮やかな方が偉いんだ。なんて変な話。
とにかく容姿は負け。
でも鷺を好きな気持ちだけは負けない自信がある。
見た所あいつは新入りだ。浮いている。これからもしあの薄色素が鷺を好きになったとしても絶対に僕の方が鷺のことが好きだ。
僕はこそこそと観客席の間を縫い、鷺たちの声がぎりぎり聞こえる座席の下に隠れるように正座した。
姿を見られてはいけない。この前鷺に「付いて来るな鬱陶しい」と言われてしまったから、僕はいつも影から鷺の姿をチェックしなければいけない。
ちなみにそう言われた日、僕は一晩中枕を濡らし続けた。
あ、思い出したら涙が――。
「やっぱいた」
僕が悲しみに暮れていると、前方から無神経な声がした。
「何ですか用ですか笹鳴き(ささなき)さん」
声の正体は同じ冬棟U区の囚人笹鳴き。冬棟はサディストが多く、人間は玩具だと思ってるやつらが多い。実際僕も冬にはイカレてるやつが多いと思うが、笹鳴きだけはどうして冬にいるのかわからない。弱いし穏やかだし危ないところなんてひとつもないように感じられる。
笹鳴きは用かと尋ねた僕に「その変な敬語止めてっていつも言ってるでしょ」と答えずに言った。答えてくれなかったのは残念だが、僕を変人扱いしてまともに取り合ってくれないやつらが多い中笹鳴きは普通に話してくれるから嫌いじゃない。
「練習だよ練習。いつ鷺さんが現れてもすぐに敬語に切り替えられるように。健気な僕の努力に付き合ってくれても罰は当たらないと思うんだけど」
「人称って「俺」じゃなかった?」
「前まではね。敬語じゃない話し方から敬語には結構切り替えやすいけど、人称は俺と僕が混ざっちゃうことが多いから、今は心の中でも僕にして考えてる」
「ふーん」
僕は鷺に年下のくせに生意気だと言われてから何が生意気じゃないだろうと考え、口調を直した。人称も「俺」から「僕」に変えた。
実は僕の方が鷺より年上だけど、僕の年齢を知ってる人はあまりいないから正さないでいる。
年上よりも年下の方が晴れて付き合えた暁にはぐちょんぐちょんに甘やかしてもらえそうだから。
「なんかきもい顔になってる」
笹鳴きがあきれ顔で言って僕の鼻をつまんだ。むほんと息が止まる。
「何をするんですかばか」
ばかにばかと言ったのに、笹鳴きはひとつも気にする様子も無くにこりと目を細めて前を向いた。
そして笹鳴きの一列前に座っている鷺と何やら話し始めた。うらやましい。うらやましい。
ステージの上では僕と同じ冬棟の氷魚(ひお)が楽しげに相手をいたぶっている。気絶させたらそこで試合終了だから、相手が気を失わない程度に遊んでいる。
あんなんでも氷魚は結構いい奴で、よく僕の相談に乗ってくれる。
時間が経ち、他4つあるステージではもう試合が終わったようだ。
(鷺が立った!)
移動するのかと、僕も移動する体勢を取った時、「行こうか」と鷺が薄色素の手を掴んだ。
(また!)
「秋が終わったから。クイナ3番目じゃん。スタンバッとかねえとな」
鷺がにっと笑う。僕以外に見せる笑み。逆に言うと、笑み以外は僕が見ることが出来るから特別と言えば特別だ。鷺の笑顔はあとを付けてればいつでも見られるわけだし。
「付いてってやるんだ。やっさしいなあサギ君は」
笹鳴きが僕に聞こえるように言う。
いやなやつだ。
鷺も否定しない。
うらやましい。
僕が嫉妬に燃え上がっているうちに鷺は水鶏(くいな)とかいう薄色素の手を引いて行ってしまった。
でも、さっきの話だと次に試合をするのは鷺ではないから付いていくわけにはいかない。
行っても鬱陶しがられてさらに嫌われるだけだから。
行くのは鷺の試合の前だ。弱そうなやつだったら僕は手を出さないけど、強いやつが相手のときは秘密裏にぶちのめす。それでへろへろにしてちょうど試合が始まるときにことりと倒れるようにするのだ。
今日の鷺の敵は誰だろうか。
僕はいてもたってもいられなくなった。とりあえず看守から聞き出そうか。
でも、前の前の班決めのときに看守を脅して聞き出したことを知った鷺に余計なことをするなと怒られたから、それは出来ない。
あのあと僕に脅された看守に労働班で嫌がらせされたみたいだし。
その看守はそのあとぼこりにぼこったから良いとして、とにかく、これ以上鷺に嫌われるのは避けたい所だ。
「あ」
「どうしたの? 神楽」
「脅さなければいいんです」
「は?」
僕はあほみたいな顔をした笹鳴きを置いてそそくさと客席から下りて、走って地下大ホールをあとにした。
地下大ホールから地上に続く階段の踊り場に、丁度良さそうなのが一人見える。
「僕冬棟の神楽って言うんですけど」
僕に話しかけられた背の高い強面の男の顔が一瞬ぎょっとする。
しかし、すぐに居住まいを直し、表情を引き締めてこちらに向き直った。
「なんだ」
「対戦表見せてほしいのです」
「だめだ」
「だめですか?」
僕は気持ちが悪いとは思いながらも、小首をかしげて上目遣いで看守を見上げた。あの薄色素には負けるけど、男だらけの監獄の中では中々上玉だろうと思う。
僕は自分の見かけにコンプレックスを持っていたけど、前に鷺がぼそっと『見てくれだけはいいのに』、とため息をついたのをしっかりと聞いた。
だからそれからは僕は少しだけ自信を持っている。好きな人にほめられた部分は自分自身で否定しないのだ。だって、好きな人の感性を否定することになるから。そんなのはありえない。絶対にしちゃだめなことだ。
だから僕は鷺にうざいと言われたらうざくないように頑張るし、嫌がることはしない。
看守は見定めるように俺を下から上まで目を滑らせる。
「よし、来い」
(やった!)
僕は強面看守の後ろを嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねて付いていった。
それから看守とくんずほぐれずの運動をした僕は、約束通り対戦表を見せてもらった。
鷺の相手は春のちびっ子で、僕が手を下さなくても良さそうな相手だ。
念のため試合は一番前で観戦するけど。もしも鷺が危なくなったら手助けするのだ。僕が手を出すと僕は失格になって問答無用で最下層になるけど、鷺に被害は無い。
2回戦からは相手によって鷺は自ら薬を使って気絶するから、僕が1回戦で消えても大丈夫なのだ。ただ、一回戦を乗り切れば良い。
対戦表を見た僕は看守に手を振って自室でシャワーを浴びてから地下大ホールへと戻った。
すると、すぐに4、5人の看守に取り囲まれた。
「冬棟U区神楽。不戦敗として最下層」
「忘れてた!」
僕は僕の順番が7番目だということをすっかり忘れていた。
さっきの看守はじっくりとねっとりと時間をかけたから、もうすっかり僕の試合は終わってしまっている。
しかも、汚れたから体も洗って来たし。
看守に脇を抱えられ僕は連行される。その時、僕の目に最愛のあの人が飛び込んで来た。しかも僕を見ている。体洗っててよかった。僕はいつも綺麗な体を見られたいのだ。遠くからでも。
「神楽何してんの」
遠くから見られるだけでも満足だったのに、話しかけて来た!
僕は嬉しくなって、ああ、不戦敗で良かったあと心から思った。
「鷺さん! 僕地下清掃班行って来ますよ! 何かあったら言って下さい! ラブ!」
僕の全力を鷺はため息でかわし、面倒くさそうにひらひらと手を振って行ってしまった。もちろん、その後ろにいる薄色素のところへ! なんなんだあいつ、本当にうらやましい。そうだ敵に認定しよう。
「地下ゴミじゃなくて色班だと思うけど」
「ばっか、お前知らないのか?」
僕を地下ホールのさらに下、最下層へと続く階段を降りている時に頭上から声がした。
「こいつ前に色班になった時食いちぎったんだよ!」
何をとは言わなかったが、一瞬で空気が凍る。ふと見上げると、さっき僕を組み敷いてた男もいて、青い顔をして僕を見ていた。
そりゃそうか。
「失敗したんですよ、あれは。今なら上手にできます。僕、いつ何時(鷺さんに)求められても良いようにあれから練習に練習を重ねたんですから」
心の声を少し隠し、素直に言うと、「だから当分医務室にアソコの怪我人多かったのかよ! ヘタクソめ!」とまた別の看守が僕の背中を押した。
「失礼な。誰もがヘタを経て上達するんです。ていうか痛いですよ、押さないで下さい」
拗ねる僕に、背中を押した看守はただからからと笑い声を上げるだけだった。