後光差す
ほの暗い地下牢の中で僕たちは膝を突き合わせていた。
食堂看守毒殺未遂事件のせいで食堂にいた囚人たちは今3人一組で地下牢に閉じ込められている。
手口から言って犯人は秋棟の人間だから夏と冬の僕らは明日の朝には出られると思うが、その時間が果てしなく長く感じられる。
だって鷺(さぎ)は水鶏(くいな)がいるっていうのに彼の眉根は寄り、唇は引き結ばれている。
それはきっと僕がいるせいなのだ。だから僕は早くここから出たい。鷺を困らせたくないし、嫌な思いをしてほしくない。
だからせめてもの悪あがきにと鷺たちから離れ壁に向かって膝を抱える。
「何してんの、神楽」
鷺のためにこうしたというのに、僕の行動がまた変に映ってしまったのか鷺が僕に声を掛けてくれる。変だと思われても鷺から声をかけてくれるなんてとてつもなく嬉しくてにやけそうになるがなんとか抑える。
「僕鷺さんに嫌われてるってわかってるんです。だから僕はいないものとしてどうぞ」
でもそれを態度に出してはならない。
そう。僕は空気の読める男。こんな狭い部屋、近い距離にいるんだから本当は隣に陣取って穴があくほど鷺を見つめていたいが、それによってさらに嫌われることは目に見えている。
嫌われたくないのだ。もうこれ以上。
「別に嫌っちゃいねえよ」
「ほんとですか!?」
てっきり無視か肯定されると思ったのに予想外の否定の言葉に僕の心は跳ね上がる。暗い地下牢に光がともる。
思わず振り向き鷺を見ると、鷺はいつもの困った顔で僕を見ている。隣には鷺が惚れている忌々しい薄色素がいるが、今はどうでもいい。薄色素にも幸あれ! と願ってしまうほど嬉しい。
「嘘ついてどうすんの」
「嬉しいです嬉しいです嬉しくて死ねるなら僕即死です嬉しいですこれだけで嬉しいなんて好かれたら僕圧死です圧死。嬉しさで圧死。というか鷺さん初物……初めての子が好きですか?」
ああ、調子に乗ってしまった。
話すにつれて鷺をもっと近くで見たくなってはいはいみたいな格好で鷺へとにじりよる。鷺が段々と大きくなっていくようすはフジヤマに御来光が昇っていくように神々しく世界の夜明けを見ているようだった。
「はあ? 何、はつものって」
「だってうすしき……水鶏さんは処女童貞です」
「ぶほっ」
図星を突かれたイレギュラー・水鶏が噎せるが、御来光を拝んだ僕は止まらない。止められない。だって今日は鷺さんが答えてくれるのだ。近づいても咎められないし、それに、嫌いじゃないも頂いた。調子に乗って質問してしまう。
けどどっちも初物綺麗な体なんて羨ましい。羨ましいにもほどがある。僕はそう言う意味でも違う意味でも汚れきっているのに。
あ、閃いた。
「もしもそれがいいなら鷺さん僕の頭記憶が無くなるまで殴って下さい僕そしたら誰かと致した記憶もバーンしますから。でも鷺さんのことは記憶がなくなってもまた好きになれます絶対です」
「なんか俺に対して聞き捨てならないことが聞こえたんだけど!」
「うるさいです。僕は今鷺さんと話しているんです。で、鷺さんどうしますか僕の頭バーンします!?」
「何いきなり付き合う前提になってんの……」
鷺の冷静で的確なつっこみに羞恥心が込み上げる。嫌ってないと言われたからって好きだなんてどんな早とちりに勘違いなんだ。僕はむかしからそうだ。ばかめ。
自己嫌悪に沈む。
上げていた顔をそのまま冷たい壁にごつんと打ち付ける。
痛みが自己嫌悪を少しだけ和らげてくれた。
「つうか神楽って一体俺のどこがそんなにいいの? さっぱりわかんねえんだけど」
鷺の疑問に、まさかこれは思いを告げるチャンスではと気分を引っ張り上げて鷺の方に向き直る。近くに行って目を見つめて告げたい気持ちはやまやまだったがそんなことしたら僕の方がもたない。
壁は友達とでもいうふうに冷たい壁に手を当てて人差し指でぐりぐりと壁に円を描く。だってどういう表情でどういう態度で言っていいかなんてわからない。
でも言いたいのだ。言いたくてしょうがない。
「どこがいいか、あえて言うなら存在です」
「はい?」
「こういうところがが好き、だったらその人のそうでない所が見えたり性格が変わっちゃったら理由が消えちゃうわけですよ。けど、僕は鷺さんがどうなろうと何をしようと好きなんです。だから存在が好きです。いなくなっちゃっても僕の頭の中には鷺さんの存在が消えないので僕は死ぬまで鷺さんのことを好きでい続けられるんです」
僕の思い、いや、決意を伝える。
思いが返ってこなくてもいいから思うだけなら許してね、と願いを込めて。
ちらりと鷺をのぞき見ると、鷺は僕の鬱陶しいほど身勝手な思いに困ったように眉を下げ、「……じゃあきっかけは?」と聞いた。
「きっかけですか? 鷺さんは僕に笑いかけてくれたんです」
「はあ?」
あまりにも単純なきっかけ。
その時僕の幸福、鷺の受難が始まった。
「僕、前に鷺さんが指摘されたように、生意気で陰気でネガティブでトゲトゲしてて無表情でどんくさくて何やるにも加減を知らないで、生きる価値がないどころか僕に関わる人みんな不幸になったり死んだりで疫病神楽って呼ばれるくらいな人間なんです」
「そこまで言ってねえだろ……」
自分に対する客観的事実に基づく評価を鷺が否定する。
「鷺さんやさしいです、好きです。……きっかけでしたよね。きっかけは、生きる価値も権利もなく人に迷惑しかかけない僕に近づく人なんて誰もいなかったのに、鷺さんはにっこり笑って『髪切ってやろうか?』って言ったんです、これがきっかけです」
「練習台探してたんだよ……」
鷺が視線を斜めに下げてぽつりと呟く。落ち込ませてしまったのだろうかと思ったが、それでも僕は当時のことを思い出し、あたたかいものが身体に充満して幸せに頬が綻んだ。
「それでも僕は嬉しかったんです」
「失敗しちゃったじゃん」
鷺が前髪を切る仕草をする。
四季監獄では強いか、なにか役に立つ芸を持っているか、人に取り入るのが上手くなければやっていけない。
鷺は取り立てて強くないから芸を身につけることを選んだ。
初めはうまく行かないことも多かったらしいが、今ではナイフでも紙切りはさみでもなんでだって思い通りに髪を切ることが出来る。
「失敗でも僕にとっては成功です。眉毛の上の前髪になって僕の視界がパーンってひらけたんです。その時見た鷺さんは神様みたいに光輝いていました。だから僕いっつもこの髪型にしてもらうんです」
「今ならもっとかっこ良くできるけど」
「今が頂点です」
「あ、そう……」
「好きです」
どさくさに紛れての告白。使い古された言葉。でも、だからこそ思いを込めないと届かずに消えてしまう。
鷺が黙り込む。
「僕、鷺さんが好きなんです」
「……嫌いじゃねえよ」
そして、放たれる言葉。鷺は床を穴があくんじゃないかと思うほど凝視している。僕が鷺を困らせているのだ。
「僕は好きなんです」
だけど、最後まで伝えたかった。
けど、我ながらあまりにもしつこいな、と思った。
言ってから後悔する。伝えたいが、嫌われたくない。だから、鷺が次の言葉に続く前に取り繕う。
「僕は鬱陶しいから、鷺さんに好かれようなんて思ってません。すみません、困らせました。僕をいないものだと思ってください」
僕はまた壁にくっつき膝に顔をうずめた。
愛する鷺の呼びかけにも忌々しい水鶏の呼びかけにも看守の命令も聞こえない振りをする。
今ぼくは石になる。