出会い編①
残念ながら、俺の同室者は不良だった。
俺は、不良と言うものが好きではない。理由はいたって簡単、怖いから。
平和に生きればいいのに、なぜみんな暴力に手を染めたりでかい声で人のこと罵ったり、道行く人にからんだりするのか、意味が分からない。
きっと、俺とは思考回路が違うのだろう。俺の思考回路は二つの道からできている。
ひとつは、本能。
俺は短気だ。短気というか性格が悪い。
だけど、それを出してしまうと嫌われてひとりぼっちになるからそれを「本能」とは別の回路を通すことで濾過するのだ。
ただ、濾過したものは消えずに胸の内に溜まっていくから俺の性格はどんどん悪くなる。
中学三年間はいるんだかいないんだか、存在感のまるでない眼鏡と同室だった。俺もきっとそうだったから本当に平和な三年間を過ごすことが出来た。
「あーあ、最悪」
不良と寝なければならない忌々しい寝室に入り、窓側のベッド目がけて倒れ込み、大きめの枕を抱きしめる。
「貧乏くじ引いた」
高校三年間もできれば無害な眼鏡が良かった。
眼鏡はホモでもなかったから、この山奥のホモとバイがはびこる閉鎖空間の中で俺はなんの心配もなくやってくることができた。
高校三年間をともに過ごさざるを得なくなった不良――城宮がホモかバイかはたまたノンケかなんてわからないが、不良と同室ということだけで俺の気分は最下層に辿り着く。
枕を抱いたまま寝返りを打つと、くしゃりと何かを潰すような音がした。
「紙」
丸められたプリントの皺を伸ばしていく。
「げ」
先生にもらった城宮情報がそこにはあった。
俺は媚びるのが上手いし綺麗な顔をしているから、教師内での評判はいい。
ちょっと愛想を良くしたらすぐに城宮の個人情報をくれた。
ただ、城宮の個人情報を読む前に丸めて投げ捨てたんだった。
紙の一番上には三月三十日国語科準備室、と書いてある。
俺はこの一行を読んで紙を捨てたのだ。すっかり忘れていた。
この学校にはホモとバイが多い。けど、それも仕方がないことだ。この学校には金持ちと問題児が多い。わがままに育ちすぎてしまった金持ちや荒んでしまった悪ガキが集められる。
だからこの学校は人里離れた山奥にぽつんと存在している。 色々大変だし僻地――ということで教職員の給料や手当はとても良いらしいが、ストレスのはけ口がないから彼らの中には生徒で溜まったストレスを晴らすという最低の教師もいる。
俺の評判がいいのはそっちの最低の教師の方で、よくイケナイことをしてその見返りに色々贔屓してもらうのだ。
「面倒くさいな……」
紙を片手に独り言つ。
しかし、貰ってしまったものは仕方がない。一週間後、約束を覚えていられる自信はなかったがきっと行かなければならないことになるだろう。
城宮の個人情報に目を通す。
「しろみや……えーと、こう、し? かな……。A型の牡牛座。コウシに牡牛座の上こんな学校にぶち込まれるとか、ドナドナじゃん」
いちいち感想を付けながら読み進めていく。
しかし、結局これといって有益な情報はなかった。俺が知りたかったのは城宮が行動する時間帯なのに。
こんなちんけな情報じゃいつかは城宮と顔を合わせてしまう。
そんなことを考えていると、玄関の鍵が開く音がした。
金持ち収容施設のくせして部屋は狭いのだ。物音が全て聞こえる。
不良とのかしこい付き合い方はどれだろうか。
頭の中で選択肢を作る。
1、ひたすら避ける
2、空気になる
3、媚びる
1は無理そうだ。だって、正式な入寮日まではあと一週間もあるのに城宮はもうきてしまったらしいから。
学校もないのに顔を合わせないわけにはいかない。
俺の友達たちは学校が始まるぎりぎりまで家に帰ると言うし、行く場所もない。
2も無理そうだ。相手が眼鏡ならがんばれる気がするが、不良相手だと厳しい。
だって、金持ち学校のくせに「共同生活で心を育てるのだ!」とかなんとかいって、狭い寝室にベッドが二つ置かれているのだ。
それぞれのベッドとの距離は畳一帖分くらいしか開いてないのだから。
だとしたら残りは――。
「媚びよ」
小さく決意を口にして、取りあえずドアを開ける。
なんでも勢いが大切なのだ。
ドアの向こう、共有スペース――またの名をリビング――にはやはり真っ赤な髪の城宮がいて、いきなり出て来た俺を怪訝そうな表情で見ている。
とはいっても左目は眼帯で覆われているし、頬には湿布、他にも顔中にばんそうこうなどが貼られているから顔の大部分はわからなくなっているが。
しかし眉根はしっかり寄せられており、眉間には深く皺が刻まれている。
怖い。
初対面の相手にはとりあえず笑って会釈って決まっているのに。
「同室者の城宮……だよね」
あくまでもニコニコと話しかける。城宮で一旦切ったのは、君付けか呼び捨てかどちらが良いか見極めるため。
呼び捨てでも城宮の表情は変わらなかったから、そのまま言った。
「ああ。……吉原君でしょ。ネームプレート見た」
「……うん。よろしくね」
やばい。まさかの君付け。でもここで俺が城宮”君”としてしまったらこちらが相手の出方を見て呼び方を変えるという、人に合わせるしか能のない人間だと思われる可能性がある。
不良はそういうのを嫌いそうだ。
ということは俺は改めないで城宮でいった方が利口だ。多分。
頭の中でセコい算段を立て、微笑みながら城宮に右手を差し出す。
すると城宮は俺が差し出した手をじっと見た後、眉間の皺そのままにぶっきらぼうではあったが俺の手を一瞬だけぎゅっと握り、すぐにはなした。
「……よろしく」
城宮はそっけなくそう言うと、リビングにおいたでかい荷物を寝室へと投げ入れて部屋から出て行った。
俺も微妙な気持ちで部屋へと戻る。
握手をしてくれたからそこまで悪い不良じゃなさそうだが、信用してはいけない。
別に城宮に危険さを感じたわけではない。
世の中に信用していい人なんていないから、城宮も同じなだけだ。
ただ、俺が思っていた危険度ランクは最高ランクであるAからDへと落ちた。
またまたベッドに投げ捨てていた城宮の個人情報を文字がわからないくらい小さく破ってゴミ箱に捨てる。
教師には「やっぱり個人情報なんて見るのはまずいと思って、見ずに捨てました」とでも儚げに言って許してもらおう。
することが何もないから、今日はとりあえず寝る。
遮光カーテンを閉めて夜を作り出す。
それからベッドに潜り込めば、あら不思議、深夜2時の出来上がり。
目を閉じたら、さっき見た城宮の太陽みたいに赤い髪が瞼に浮かんだ。
お日様よりも月の方がすきだな、と思いながら、俺は眠りに落ちていく。