出会い編③
日が暮れて来た。
城宮の赤い髪は日の光を受けてさらに燃えるように輝いて、本当に太陽みたいになっている。
「城宮」
沈黙に耐えきれず、呼びかける。
さっきは城宮から来たんだし、俺の知らんぷり期間はもう終わったのだ。
うつむいて肩で息をしていた城宮がちらりとこっちを向いた。
眼帯をしていない城宮をまじまじと見るのは初めてで、片方の目ははれて小さくなっているが、よく見ると顔の造りは意外と可愛らしい感じで、きっとへたなアイドルよりずっとかっこ可愛い。
「手当……しません?」
「なんで敬語なんだよ」
「深い意味はないけど」
城宮はふーん、と気のない返事をして、背中からベッドに倒れ込んだ。
「別に、手当なんかしなくて良い」
「そう? 早めにしといた方が良いと思うけど」
まあ、拒否されたらまた水にでも睡眠薬を仕込んで勝手に消毒液とか吹きかけさせてもらうだけだけど――そう思って、しつこくは言わない。
すると、城宮は俺を眇めに見やり口を尖らせて「手当してくれんの?」と言った。
「おお……! するする」
それが嬉しくて反射的に言葉が出る。脳内の言うこと選別所を通さず何かを言うのは本当に久しぶりで、そんな自分に驚いたが不思議と悪い気はしなかった。
俺は大神先輩がいなくなってからも変わらずに寝かせていた自らの身体を起こし、救急箱を持ってこようと立ち上がる。
最近大活躍をしている救急箱には消毒液から睡眠薬まで色々な物が入っている。
「吉岡君」
吉原だけど。救急箱を取り出したところで城宮に呼ばれ、彼に意識と視線をやる。城宮の様子を観察し、訂正して良いかどうかを考える。
城宮は不良だしこの前俺に暴言を吐いたものの、はじめに会った時に握手をしてくれたからきっと悪い不良ではない。
「吉原だよ」
「……悪い。吉原君」
謝った。
やっぱり城宮は良い不良だと思い、悪くもなかった気分がさらに上昇するのを感じた。
問い返しながら、救急箱を持って横になった城宮のもとへとむかう。
「あの大神とかいう人なんなの、まともじゃねえだろ」
「遊ぶのが好きなだけだよ。遊ぶって、色んな意味での遊びなんだけど」
「へえ」
「女も男も大好きなんだって」
「今日は何もしないで帰ってったじゃん。俺が趣味じゃなかったんならそれはそれで嬉しいけど」
安堵したように息をつく城宮に苦笑を返す。
そう、先輩は城宮にも俺にも何もせずにからからとおかしそうに笑って帰っていった。
城宮は結構先輩の好きなタイプだと思うが、身体を労ったのかもしれない。
自分では動かない城宮の服を捲り上げると、腹は殴られ蹴られて変色していて、思わず顔が歪む。
そんな俺を城宮がじっと見ていることに気付いてはいたが、気にせずに救急箱から水枕と包帯を取り出す。
「……そんなの使うの?」
「打撲は冷せば良いらしいから。けど、保健室行った方がいいかも」
「動けねえよ」
「連れてくよ」
「まじか」
「まじだ」
こんな会話をして、相変わらず俺を見てくる城宮の視線を感じながら台所へと向かい、氷を用意する。水枕に氷を落とす。それから忘れずに水もすこしだけいれる。
とめ口を付属品の金具でしっかり止めて、完成した水枕を振るとからからといい音が鳴った。この音が好きで、揺らしながら城宮のところへと戻る。
「お待ち」
むき出しのままの腹に水枕を置き、ぐるぐると包帯を巻いていく。
他の部位の応急処置もしようかと思ったが、保健室にいく意思はあるみたいなので腹だけにとどめておく。
俺がやるよりもプロに任せた方がよほど良いだろう。
「……本当ならお姫様抱っこで連れてければ良いんだけど、高い確率で途中で落とすと思うんだ」
「お姫様抱っこだけは嫌だ」
「……というより城宮部屋から出て大丈夫?」
「どういう意味だよ」
「いやあ、随分不良たちにモテてたみたいだしさ、出たら危ないんじゃないの」
「……あの風紀がやっつけたやつらが毎日来てたんだよ」
「あ、そうなんだ」
「ああ」
別に、これはあんたを心配したわけじゃなくて自分の保身のためだよ、と言おうと思ったが、そう言ってしまったらかえって心配しているように聞こえそうだと気付き、相槌だけを打っておく。
「……ここまでひどいと先生の方が来てくれるかも」
青い腹を見ながら呟いた自分の言葉を受けて、だけど呼ぶのは嫌だな、と思った。
堂々とサボるため保健室の先生にも媚を売っていたのだ。
それを城宮に知られたくはない。これから三年間も一緒にいなければならないのに、軽蔑されたまま生活していくのはつらい。
大神先輩とのやり取りもみられてしまったけど、あれは城宮の中で大神先輩『だけ』が変態だと結論付けられたようだ。
俺はまだセーフ。
(……ばっかみたい)
考えることと言ったら自分の損得勘定ばかりで、本当に自分に嫌気がさす。
もっといい子になりたいが、俺はきっと根っこから腐っているから無理だ。いい子になれたとしてもそれは表面だけで、きっとすぐに錆びてしまう。
「変な顔」
「俺は城宮みたいにかわいくないから」
「はあ!? ばっかじゃねえの! いっぺん死ね」
「死ねは言っちゃだめだよ」
「口癖」
「直そうよ」
「なんでてめえに言われなきゃなんねえんだよ」
「それもそうだね」
へへ、とゆるく笑っておく。
城宮は俺が簡単に引き下がったことが意外だったのかつまらなかったのか、また眉間にしわを寄せた。
ここはきっと何かを言ったほうが良い。
城宮は不良だから、少し過激な方がいいかもしれない。
不良に嘘をついたらバレた時が怖そうだから本音をあっけらかんと言ってしまおう。
不良との付き合い方はわからないが、そこは俺の観察眼でもって対不良スキルをこれから磨いていけばいい。
「……死んだらそこで終わりでしょ。嫌いな人なら長生き願わなきゃ。苦しんで苦しんでもう生きていたくないって思うほど苦しみながら長生きしてほしいよね」
「そこまで嫌ってねえよ!」
「へ?」
当然肯定が返ってくると思ったが。「死ね」が口癖の城宮は見かけと態度ほど腐っていないらしく、俺の言葉にすっかり引いてしまったようだ。
失敗したな、と思った。
「俺と仲良くなればあんたまで狙われるから嫌われようと思ってたけどよ、別にまだ嫌いじゃねえよ」
「あ、ああ、そう」
「そう」
腐ってるやつどころか、『まだ』嫌いじゃないと言ってしまうあたりに彼の正直な人柄が表れているような気がした。
――悪い奴じゃない。参った。
正直なやつとなんて付き合ったことないし周りにもいないから、城宮のことを「こいつは良いやつかもしれない」と思えば思うほど自分と比較してしまって、どんどんどんどん自分の汚さが浮き彫りになる。
自分は良い性格ではないとは思うが、他の人間の方がよっぽど悪いと思い込んでいる俺にとって、自分の汚さを自覚してしまうのはすごく怖いことだった。
だからその前に、善い行いをすることにする。
携帯電話で養護教諭にメールを打ち、部屋に来てもらおう。
明日からは四月。学校が始まるのはまだだが、晴れやかな気分で新学期を迎えたかった。