出会い編④
「おはよ。何やってんの?」
「ゲーム。目の腫れ引いたから」
「それはわかるよ。何の?」
リビングのソファの上、あぐらをかいて真剣にテレビゲームをしている城宮に声をかける。
「テーブルゲームいっぱい詰まったやつ。これは囲碁」
「やっぱそうか。五目並べじゃないなあって思ったんだ」
「あ、やり方わかるなら頭貸せよ」
「囲碁は無理だよ」
断って、台所へ行き顔を洗って歯を磨きにいく。
起きてすぐにご飯を食べられるほどの強者ではないので、しばらくうろうろしたりしてまだ眠っている体内に朝を迎えさせる。
顔を洗い、歯磨きをしながらリビングの城宮を見てみる。
この方向からは城宮の頭とテレビの画面しか見えない。
――大神先輩が不良をやっつけてくれてから三日。
城宮は俺の苗字をちゃんと覚えてくれたようだし、話してくれるようになった。
言い方は荒々しいし暴言も吐くが、城宮は正直で自分を持ってるみたいだし、俺が今まで出会った中で多分一番綺麗な人間だ。
城宮と一緒にいるのはそれだけ俺の汚さを自覚するということだけど、さすが汚いだけあって俺は正当化をはかることで心の平安を保っている。
正当化とは、綺麗な城宮といることによって俺自身もきっと綺麗になっていくだろうから、城宮といればいるだけ俺は綺麗になれるんだ――とか、そういう馬鹿げた理由付けをすること。
外見だけでも綺麗でいたい俺はきっちり三分間決められた手順で完璧に歯磨きをこなして、城宮の隣に腰掛けた。
「すっげースースーする。匂いで……」
「城宮も同じの使ってるじゃん」
「俺、吉原君ほど長々しねえもん」
「俺は標準だと思うけど」
「長い方だって」
歯磨きマニュアルに書いてたのに――と思っていると、ふと机の下にある長方形のケースに気がついた。手に取ってみると、その表面には『本格テーブルゲーム』と仰々しい文字で書かれている。
「今やってるゲームのケース。なんかしたいのある? 裏に一覧載ってる」
「んー……」
城宮の言う通り裏を見ると、そこには平安っぽい貴族の絵と行書体で書かれたオセロやら麻雀やらの文字がずらりと並んでいた。
「あ、花札」
「花札?」
手元を覗き込んで来た城宮に顔を上げると、視界の端に映ったテレビ画面はもう囲碁ではなかった。
「あれ、囲碁止めたの?」
「勝っただけ」
「おめでと」
「どうも」
そういう城宮は男らしく囲碁の勝利をすでになかったことにしているらしく、「花札」はしたことねえなあ、などとすっかり思考を花札にシフトさせている。
「……してみる? 俺もしたこと無いけど」
俺が提案すると、城宮はひと言で肯定して花札を立ち上げた。
花札用メニュー画面のバックグラウンドでは、花札の主役らしい能面が、金色の扇をひらひらと振っている。
城宮は初心者のくせに、上級者用を選択した。
「上級者……」
「基礎は大事だけど、ケンカでも勉強でも難しいやつをやれば簡単なのもわかるようにできてるんだよ」
自身の持つ理論をつまらなそうに話した城宮は、説明書を俺に手渡した。
「吉岡君、ルール見て。こいこいの」
「吉原だけど」
「……もうそろそろ改名しろよ」
「そろそろの意味がわかんないよ」
「生意気」
「横暴」
適当に答えながら説明書に載っている簡単なルール説明を読む。
花札には一月から十二月までの札があり、それぞれに点が定められているようだ。そして、札を引いたり置いたりなんかしながら役をそろえていく。
「役の名前かっこいいよ。雨四光とか」
「なあ、これどうすればいいの」
「ん?」
画面を見ると、城宮はもう誰かと対戦していた。誰かと言ってもゲームの中の上級者で、命はないけど。
「なんか手札を一枚手放すんだって」
「どういう感じで」
「あ、手札に桜っぽい絵柄のあるじゃん」
「うん」
「で、場? 真ん中に桜に幕かかってるカードあんじゃん」
「ある」
「柄が合ってるやつは手に入れられるんだって。脇に置いとけるの。で、麻雀みたいに役をそろえるんだって」
「へえ」
「あ、ちなみに桜に幕って五光札だから、同じ五光札集めるといいことがおこるらしいよ」
「五光札?」
「……適当にやって覚えてこうよ」
「ああ」
面倒くさくなった俺たちは、適当に試行錯誤を繰り返しながら花札を理解していった。
気が付いたら俺と城宮の腹の虫が騒ぎ出し、時計を見ると夕方四時、窓から差し込む光は赤く、同じ色をした城宮がまぶしそうに目を細めた。
「腹減った」
「俺、朝から何にも食べてない」
「そういえばそうか」
そう言って伸びをする城宮を横目で見つつ、考える。
俺はあるカレンダーを持っている。
そのカレンダーとは『月齢カレンダー』。
俺は、中二の頃から新月の夜は月見うどんを食べると決めているのだ。例外はない。
そして、今日、四月四日が新月の夜だ。
「……食堂行かない?」
「食堂? いいけど」
「いいの!?」
「何びっくりしてんだよ」
「城宮初日以降部屋から出ないし、ひっきーなんだと思ってた!」
「インドア派なだけ」
「そっか! さっそく行こう!」
俺は胸の高鳴りそのままに城宮を引っ張って部屋の外へと出た。
明後日には学校が始まるということもあってか、寮内はにわかに浮き足立っている。
優等生の俺(周りにはそう見られているらしい)に引っ張られる不良の図に好奇の目が突き刺さるが、花札はたのしいし月見うどんは食べられるしどうでもいい。
「よしお……吉原君」
「何?」
「本物の花札買おうか」
城宮を振り返る。
城宮は俺に引っ張られながらまだ色が変わっていたり傷が残っている顔で、かわいらしい笑みを作っていた。
なぜ今提案したのかはわからないが、初めて見る城宮の笑顔に思わずきゅんとなる。
「うん!」
こうして、綺麗な不良と汚い俺の共同生活が幕を開けた。