早寝記録

はじめからの失恋

 俺しか知らないことがある。
 校舎裏によく来る綺麗な鳥の鳴き声と、あの噂の真実について。
 俺は、複雑な思いを抱いて、会長と最後の夜を過ごす。

「言ったら、立場悪くなるかな」
「誰の? あんたの?」
「俺ははじめから悪いでしょ」
「なんで? 評判いいよ。俺に一途で俺一筋だと思われてるから」
「そうなの? 遊び人だと思われてると思ってたよ」
「全然」
「じゃあ、もし俺が告白したら、略奪愛だと思われるのか」
「今になってこんな心配すんなら、はじめから俺と寝なきゃ良かったのに」

 会長が、誰に聞いても男前と形容される顔を情けなく歪める。この男、男前である容姿や態度とは裏腹に、意外と情けないのだ。友達だった俺にそそのかされて、「男同士だから一人でやるのも二人でやるのも一緒だよ」なんていう俺の勢いに押されて、可哀想なことに男にがっつりはめてしまったのだ。はめられた男がはめた男にはめるなんて、悪文なうえ笑えない。
 可哀想な会長さん。俺のおかげで何かの扉が開いたのか、かわいい女の子が大好きだったのに、運命の女の子を見つける前に、運命の男の子を見つけてしまった。

「ああ、やっぱり言えない!」

 会長が頭を抱える。俺は、帰る用意をする。数週間前から、もうこんなことはやめる、と言っていたのだ。俺と寝るのが「こんなこと」だなんて、なんだかひどい言い草だが、そもそも会長は俺のことなんて好きでもなんでもないのだから仕方ない。俺はそのたび「男同士だから、一人でやるのも二人でやるのも一緒だよ」と繰り返していたが、きっとここが潮時だ。会長が恋したのは男なんだから。会長を騙していたあの常套句はもう使えない。

「告白なんてできない……」
「すればいいじゃん。絶対成功するんだし」
「そんなのわかんないじゃんか。それに俺が告白したら、絶対立場悪くなる! 成功しても失敗しても。なんか生徒会ってだけで突っかかってくる奴多いし」
「人気もあるしね。しかも、すっごく」

 会長は敵が多いというが、俺から見ると人気しかない。そりゃ一部にはよく思ってないやつらもいるが、圧倒的に好意を抱いている方が多い。しかも、どろどろの好意を。だから俺だって、嫌がらせをされることは多い。この男は知らないが、知らなくていいのだ。知ってしまったら会長は悩んで悩んで俺を切り捨てる。俺を守るために距離をおこうとするだろうが、俺にしたら一緒にいたいのだから切り捨てられるも同然だ。誰に何をされてもいいし、一生友達だって良い。いつまでも一緒にいたい。

「告白はできないけど、もう悠士とはやんない。悠士を好きな人に申し訳ないし悠士も好きな人できたとき後悔するから!」
「好きな人なんてできないし」

 あんた以外――という言葉を心の中でつけたすが、俺の好きな男は俺の目の前で「きっと出来る日来るし、悠士はなんだかいいやつだからきっといい子が寄ってくるし、そのときに申し訳ないし」などすごい勢いでしゃべっている。途中から聞くのをやめる。聞いていてもいい気分にはならないし、どうせ同じ事を繰り返し言うだけなのだ。

「まあ、告白しないならしないで俺はいいけど」

 ひたすら喋る会長に投げかけて、今度こそ自分の部屋に戻るために立ち上がる。自分の部屋と言っても寮で、同室なんだから薄壁一枚を隔てた先にあるのだけれど、壁一枚でも俺にとってみれば海の向こうと同じこと。パスポートがなければ行けないし、ビザを取るのが果てしなく困難な場所。そういうイメージ。だから、薄壁一枚が俺にとってはものすごく厚いのだ。

「じゃあね。俺、寝る。好きなら守ってやるくらいの心構え持ちなさいな。それではお幸せに」

 適当なことを言って、きょとんとする会長を置いて自室へと戻る。

 次の日、学年も違うのに、俺は久しぶりに会長が好きな忌々しい少年とすれ違った。会長が大好きな少年は、複雑な表情で俺を見ていた。
 彼は知らないのだ。会長が自分を好きだということ。俺には、特別な好意を抱いていないこと。
 だけど俺は知っている。たぶん、一番会長の気持ちだとか性格を知っている。ずっと前から俺は会長のことが好きだったし、近くもあった。

 優越感がある。
 会長が恋をしていることは、俺しか知らない。

 その日、俺はまたもあの忌々しき少年を見た。会長とセットで。
 二人は人気のない校舎裏にいた。校舎裏は、人気はないが、綺麗な鳥がよく現れるから、俺はいつも校舎裏が見下ろせる階段の踊場で暇を潰していた。窓から二人を見下ろす。あの綺麗な鳥の代わりに、必死で緊張を隠そうとしている会長と、緊張が丸分かりの少年をじっと見る。会長が何か口を開いた。俺は、それを眺めながら、なんとなく口角を上げる。