くしゃみ
部屋に入って早々、和音さんは服を脱ぎだした。まずはワイシャツ。わあ、下着を着ていないからすぐに素肌だ。
おれはというともちろん凝視!
やっぱり和音さん肌が白い。透き通るような肌だ。触ったらきっとすべすべするんだろうなあ。そういえば、裸の和音さんに抱きついたことはないかもしれない。
おれはたいてい倉庫近くの銭湯に通っている。中学生の頃は何度か和音さんが付いてきたことがあったけど、おじいちゃんたちを「お嬢ちゃん!? お嬢ちゃん!?」と混乱の渦に巻き込んでいた。
あるならその時だけど――
……ある。
和音さんのお肌まじきれー! といって、出会った頃のおれは普通に後ろから抱きついたことがある。誰もいない脱衣場での出来事だった。
本当に、タイムマシーンがあるならばおれは過去に行って自分を止めたい。
身の程知らずも甚だしいことをおれはよくやっていた。
いつからだろう。抱きつくたびにどきどきするようになったのは。
いつからだろう。抱きつくことにためらうようになったのは。
「やっぱ汗だく……」
和音さんが脱いだシャツを鬱陶しそうに眺める。
「静もでしょ?」
「え? はい! 絞れます! 滝のように!」
「脱ぎなよ。Tシャツあげる」
和音さんがタンスをあさり、やけにパンクなTシャツを放り投げる。おれの方に投げられたTシャツに慌てて手を伸ばして掴みとった。
「下は短パンでいいでしょ?」
「は、はい」
「パンツは……まだ履いてないのあるから、これあげる」
「え? ぱ、パンツ」
「言っとくけど、おれの趣味じゃないから。ハートがトゲトゲしてるTシャツもこの骨が描いてあるパンツも、全部綾音……さっきのバカが選んだんだよ」
言いながら、和音さんがぽいぽいとおれの方へ衣類を投げる。
「……けど、和音さんの私服、格好いい。似合ってます」
平日はだいたい制服を着ている和音さんは、休日や長期の休みはだいたいパンクだとかロックな感じの服を着ている。
品のある美しい顔立ちに攻撃的な服装は一見不釣り合いだが、そこは和音さん。ミスマッチこそがパーフェクトマッチ! ロックな雰囲気の奴が着るよりも素敵に着こなしているのだ。
しかし、和音さんは苦虫を噛み潰したような表情で取り出した服を見ている。
「なんかあのバカがほめられたみたいでムカつく……」
「和音さん、自分で選ばないんですか?」
おれの言葉に和音さんが一瞬止まる。そして、信じられないものをみるようにおれを見た。
「忘れたの?」
「へ?」
「静、前にジャージばっか着てる俺に、だっせー! っていったじゃん」
「ええ? いつ? いつっすか?」
「中3の春。買えるんなら服買いなよって」
「そんな……そんな失礼なことを……!」
「中学時代は静失礼だったよ。それで、俺ジャージ以外買わないって言ったらださいださいって笑ってた。だから俺、それから弟とよく買い物するようになったんだよ。ジャージ以外の良さわかんないし」
すぐさま跪き土下座をしなければと思い、足を踏み出した時だった。
「あの頃の方、俺は楽しかった」と、和音さんが少しだけ沈んだ声を出したのだ。
「へ?」
「くしゅん!」
しかし詳細は言わず、和音さんはくしゃみをしたあと、風邪をひくとつぶやいた。もう話を蒸し返せる雰囲気ではない。
「シャワー行ってくる」
和音さんがドアに向かう。
「和音さん!」
そして、出るところで振り向いた。
「……一緒に行く?」
「え?」
一瞬不思議に思い、聞き返すと、和音さんの顔がわずかに赤らんだように見えた。
「何なの。真面目に返さないでよ意味分かんない」
照れるように顔を隠し、和音さんは廊下へと消えていった。