早寝記録

Vin rose'1


シュウシンケイの島がある。
島一つがそのまま監獄になっていて、絶対に出られない。

死ぬよりもひどい罰が待っていると思ったが、罰は、想像していた恐ろしいものと違い島に閉じ込められるというものだった。
看守に案内されたボウ――房というらしい――はふたり部屋で、おれがいた牢の数倍広い。別に良い匂いはしないが、トイレも隔離された場所にあるようでそういうニオイもないし、くんくんと鼻を動かしても饐えたにおいが漂ってくることもない。
ここに入っているのはみなおれのように罪を犯した犯罪者で、確かシュウジンと呼ぶんだったと思う。
ここに来る前、さっぱり英語を話せなかったから4ヶ月掛けて叩きこまれたが、やはりまだ定着しない。

「アレのやつ、また抜け出してるな」

ちっと舌打ちをして、看守が房に入り、ベッドに腰掛けた。
部屋の中にはベッドが二つ向い合って並んでいる。正面には扉のないドア枠があり、その奥に洗面台が見えた。
打ちっぱなしのコンクリートという点では闘技場の牢と同じだが、広いし、何よりもベッドがあるのが嬉しかった。4ヶ月間セイフという組織の独房で生活したが、おれはそこでベッドの素晴らしさを知った。

「ぼうっとすんな、入れ。説明してやる」

看守が被っていた帽子を脱ぎ、ベッド脇に投げる。彼の髪の毛は短く、輝く金髪だった。おれと同じだ。捕まってから数年ぶりに鏡で自分の顔を見たが、俺はその時まで自分の髪の色さえ認識していなかった。白に近いブロンド。耐え難いストレスに晒されるとハクハツになったりもするようだが、確か、小さな頃に見た自分の髪の毛もこんな色だった気がしている。自分のことなのに曖昧なのが気持ち悪かった。数年ぶりに見る自分は他人と同じだ。自分のような感じを受けない。
そんなことを考えていると、金髪の看守は偉そうに床に座れと命令した。黙って従うと、彼は思い切り眉をしかめて見下してきた。

「いいか。俺は他の看守とは違うからな。よく聞けよ、まず、ルールを守れ」
「ルールって?」
「これだ。ちゃんと読んどけ」

そう言って看守は黒く薄い手帳のようなものを投げて寄越した。字は読めない、と言いたかったが、金髪の偉そうな看守は口を挟む隙を与えてはくれない。

「まず初めにお前がすることはこのあと門限を破りどっかで遊んでいるアレに挨拶をして就寝。そのあと6時にベルが鳴ったら起床、食堂に飯を食いに行って8時から12時まで労働。その後また飯を食って休憩を挟み2時から5時まで労働だ。ぬるいだろ。ホワイトすぎるだろ。ただし運が悪けりゃ夜間労働組になるから注意しろよ」
「ほわいと?ヤカン?」
「とりあえずてめえはこの後寝て朝になったら起きて食堂に飯食いに言って下水に行けばいい」
「ゲスイ?」
「ああ。下水掃除だ。内容は行って覚えろ」

看守がわざとらしくため息を吐く。

「あと、アレにこれを渡してくれ」

看守は胸ポケットから一枚の黄色いカードを取り出し、おれに向かって投げた。それを受け取る。紙よりも固い感触で、ひやりとする。

「日曜以外は21時就寝だ。守ってる奴は少ないがな……」

看守はベッドの下などを覗いたり、奥のドアを開けたりしていたが、ひとしきり房の中を調べた後、座らされたままどうすれば良いか分からないおれを残して出て行った。

ドアの上に取り付けられている丸時計を確認すると時刻は23時。看守が言った就寝時間を2時間もオーバーしている。けれど、彼の言ったようにあまり守っている者も多くないようだし、守る意味もないのだろう。
看守の足音が聞こえなくなったあたりからぽつらぽつらと廊下から声が聞こえ出している。鍵がついていたから一応鍵を掛け、コンクリート製の固いドアに耳をそばだてると、廊下に顔を出して話し合う囚人たちの声が聞こえてきた。ふと見上げると、ドアの上部に木の蓋付きの覗き窓がある。それがあるからおそらく声が漏れて聞こえるのだろう。

「おい、新入り!」

すぐそばで野太い声が聞こえた。立ち上がり、覗き窓を隠す木の蓋を引き上げると、廊下に数人の囚人がおれの房に向かって立っている。見えるだけで5人。みな、あまり美しいとは言えない容姿をしている。
彼らは覗き窓から覗くおれの目をにやにやしながらじっと見ていた。

「何か用事?」

赤の他人なのだから、用も何もないだろうと思いつつも尋ねると、そこここから下卑た笑い声が上がる。

「新入りはちゃんとあいさつしないといけねえ决まりがあるんだよ。なあ、常識だろ?」
「常識?」

確かに、挨拶は大切だと「先生」は言っていた。今となっては彼がおれに教えた常識やルールが本当かどうかわからなくなったけど、何事も挨拶からという彼の言葉はどうやら本当だったらしい。

「こんばんは」
「違うだろ、なあ」

野太い男たちの愉しげな笑い声が廊下に響き、嫌な気分になる。

「おい、挨拶だ、入れてくれよ」

男が、ドアを蹴った。
それを見て、なんだかおかしいと感じる。「挨拶」は乱暴ではなかったはずなのに、ドアを蹴るこの男の行為はおかしい。

「入れないよ」

木の蓋を元の位置に下ろし、その場にしゃがみこむ。このドアは蹴ったって破れないだろうから、またドアに耳を付けて男たちの様子をうかがう。なんだか、昔もこういうことをしていた。外から聞こえる声に耳をそばだて機嫌を窺う。当時嗅いでいた鼻をつく腐った臭いや生き物が死んで放つ言いようのない不快な臭いを思い出す。臭いとともに機嫌の悪いオーナーにその臭いの原因に顔を突っ込まれ足で踏まれ鞭で打たれた思い出も一緒に蘇り吐きそうになった。外では依然として男どもが何やらギャーギャーとうるさく喚いている。黙らせようか。前に相手をしていた化け物たちと比べると彼らはちょっとのことですぐ黙る。永遠に。
5月に人をたくさん殺したが、人を殺しちゃダメな理由が今はわからない。いいんじゃないかと思う。よくわからないことを喚く彼らは物を言えない猛獣と同じ。もうおれは普通の人のように生きられないから、それなら今更何をやったって一緒かも。そう思い鍵に手を掛けた時だった。けたたましいベルの音が施設内に鳴り響き思わず耳を塞ぐ。覗き窓からは、ロックアウトだ、と外の奴らが慌てて各房に戻っていくのが見えた。アレという囚人はまだ姿が見えない。

すぐ後、たくさんの足音とともに帽子を目深に被った看守たちががちゃがちゃと音を立てて廊下を走ってくるのがわかった。音を聞く限り、彼らはひとつひとつの房を開け、中に誰かいないか探しているようだ。おれの房にも看守が3人入ってきた。廊下にはおれの房を囲むように何人もの看守がいる。

「新入りのメイのみだ」

ひとりの中年の看守が言う。
何か起きたのか。別に知りたくもなかったが、何かが起きたのなら感謝しなければいけない。ロックアウトとかいうものによって、おれはすぐに念願のベッドで眠りにつくことができたのだから。
ちなみに、アレはその日ついに帰ってこなかった。