早寝記録

Vin rose'4


普通になりたいという思いがあった。
罪を犯し牢獄にきたことはわかっている。俺は異常だ。まともだったことなんてないのだからこれは死んでも治らない。

もう人を殺してしまったのだから何人やっても一緒。
そう思う反面、殴られても、我慢しようと思った。

相反する思いが代わる代わる頭のなかに生まれて消えて、自分がまるでふたりいるみたいだと思う。

まともになりたいおれと、異常なことを受け入れられているおれ。
どっちが偽物かわからなかったが、今わかった。

この最低な部屋に来てから2,3時間は経ったと思う。
薬で満足に動かせなかった体はもうだいぶ回復した。幼い頃から色々訓練を受けてきたから体は結構頑丈だ。本当はもっと早くに動けたけれど、自分は普通になりたいのか、それとももうどうでも良いのかわからなくて、後悔をしたくないから今まで考えていた。

でも、それももう終わりだ。答えは出た。

天井から自分の下半身へ目をやると、何人めか知らないが、男の汚いペニスが俺の尻に突き刺さっている見慣れた光景が映る。痛いとか気持ちいいとかはもうわからない。極限に変な感覚しかない。じんじんじんじんと永続的に何かがうごめく感じ。
何人か、はたまた何十人か数は数えていないが、一応、突っ込まれるときに全員の顔は見た。突っ込んだあとも狭い部屋に残っている者もいるし、出て行ったものもいる。下水自体から出て行ったらもしかしたら会えずに終わるかもしれないが、まあいいや。

バレないように小さく長く息を吐き出す。
そうすることで頭の中が整う。
視界も心なしか明るくなり、周囲の音がよく聞こえるようになった。周囲の囚人たちの下卑た笑い声。おれと男の結合部からはぐちょぐちょと粘着的な音が生じており、遠くからはかすかに下水が流れる音が聞こえている。
ふいに、顔の前に赤黒く滾ったペニスが差し出された。

「ほら、しゃぶ――」

男が何か言い終える前に、思い切りペニスに向かって頭突きをすると、男が叫び声を上げて尻もちをついた。噛み付くのは気持ち悪かったから頭突きをしたが、気持ち悪いものが頭について失敗だった。

「なんだ!?」
「いきなり、どうした!」

周りの囚人たちが虚を突かれたように止まる。もちろん、おれのけつにペニスを突っ込んでいる奴も同じ。
おれは目の前のそいつの胸ぐらをつかみ引き寄せると、また思い切り頭突きをした。

「うぶっ」
「んっ……」

情けない声と共に男が吹っ飛ぶ。ケツの中に入っていたものがぬるりと出て行き、少し声が漏れた。

「こいつっ」

周りが我に返るのと同時に立ち上がり、すぐそばにいて突っ立っている看守の首を力いっぱい掴む。

「ぐ、ぐぁあっ」

ミシミシと骨がきしむ。

「やめろ!」

哮りを上げ、囚人が数名で襲い掛かってくるのがわかり、掴んだ看守を盾にして彼らの攻撃を受け止める。
看守が何かを吐いて落ちた。重くなり、床に投げる。

「こ、こいつ……」

ぴくぴくと痙攣する看守を踏みつけ、青ざめる囚人たちを見回す。今室内にいるのは10人ほど。突っ込まれている間に繰り広げられたこいつらの話によると、まだ順番待ちの囚人たちが下水にたくさんいるという。
なんだか、唐突におもしろくなった。

「ははっ」

こみ上げてくるくだらなさに任せて笑ってみる。周りの囚人たちは襲い掛かってくるでもなく青い顔をしておれを呆然と見つめている。動けないと思っていたおれが立ち上がったのがそれほど衝撃だったのだろうか。おれは彼らの中では大きな大きなチカガイをたったひとりで壊滅させた化け物だから怖いのだろうか。

「おれ、素っ裸だよ? 普通に考えておもしろくない? なんで青ざめてんの? 意味わかんねー」

そう言って、自分の体に目を落とす。いたるところに赤い変色があり、ところどころ腫れている。からだはまだ液体の、またはすでに乾いた白濁だらけで嘔気を催す。

「……きもちわる」
「よ、よそみしてんじゃねー!」

その声を皮切りに、一斉に囚人たちが群がってくる。彼らの血走った目にあるのは理性を伴わない投げ遣りな衝動だけで、攻撃の瞬間にしゃがむと囚人同士ぶつかりあい倒れていった。刑務所は縦社会らしく、『れいぷ』が始まってから数時間も経てば残るのは雑魚だけになる。
冷静に考えれば、こんな戦い方で勝てるとは思わないはずなのに。
内心バカにしつつ倒れて呻く囚人たちを一人ひとり蹴っていくと、みな気を失った。部屋の隅にあったぼろぼろになった服を身につける。さっき死んだらしい看守を掴み、ドアの外に出ると、おれに気付いた囚人が何やら声を上げ、それは次第に下水中へと広がっていった。

おれに乗っかっていたやつらの姿も多く見える。
下水にいる囚人たちの多くは好戦的な目で笑みを浮かべているが、何人かは小屋の中で伸したやつらのように青ざめてそっと下水から出て行った。そこに知った顔はない。

ドロドロとした汚い川へと近づき、看守を投げ捨てるのと同時に、背後から囚人が何人か迫ってくるのを感じた。

――殺してやる。

普通の人になんて、おれは死んでもなれない。