ようこそファンタジア
そこは、変てこな部屋だった。六畳ほどの畳の部屋に、ところ狭しと様々な国の民芸品が置かれている。壁には能や猿楽で使用されるものをはじめとして、アニメ作品、キャラクターなどのお面が一面に飾られていて、まとまりがない。
雑然とした部屋の奥に、きらびやかなピンクの着物を着流して、あぐらをかいた男がいる。おれが彼を見た瞬間彼は、「ようこそ提灯小屋へ」と弾んだ声を出し、無防備に両手を広げた。
部屋に気を取られていたおれは、その時はじめてまじまじと部屋の主を見て、目を奪われた。
見世物小屋の異人さん。団長と呼ばれる割には若く見える。しかし、そんな疑問もすぐに吹っ飛ぶくらい彼の美しさは異常だった。奇を衒わなくても、奇抜な格好をしなくても、彼ならばそこにただ立っているだけで良い見世物になるだろう。現に、おれはごちゃごちゃした部屋の中で燦々と輝く彼に、目どころか心までも奪われている。金を払ってでも見たくなるような、神がかった美しさだった。この世に存在しない完璧な彫刻。どんな賛辞も彼の美しさに見合うことはない。
「団長、新しい仲間だよ。凌平って子」
「そう」
柊が団長に向かって言った。口元に笑みをこしらえているが淡々とした声だ。団長は伸ばした手を引っ込めて、おもしろそうに、だがそっけない返事を柊にやったあと、おれのほうを見てにやりと笑った。
「仲間なんだ?」
「仲間、だよ。今言ったでしょ」
柊が仲間を強調する。ふたりのやり取りがひどく不思議なものに思えた。
「ま、最近人手も減っちゃったしね。ありがたいありがたい」
団長がパンパンと二度手を叩く。すると、彼の後ろにあった壁がいきなり長方形に区切られ、ドアが出現した。隣に立つ柊が表情をこわばらせた。ほんのわずかな変化だが彼の緊張が伝わってきた。しかし団長は柊の変化を目ざとく見つけ、からかうように、浮かべていた笑みを深めた。
「凌平君、おもしろいでしょ。これからくりなの。って言っても簡単なものだけど。腰を落ち着ける場所ができたらもっと本格的なからくり屋敷にしたいと思ってるんだけどね。中々良い場所に出会えないし、金もたまらないのよ。人はどんどんいなくなっちゃうし、もう火の車! ……火の車? おい、柊」
「……何。っていうか団長しゃべりすぎ。凌平が引いてる」
「柊、火の車を新しい演目に加えよう」
団長が勢い良く立ち上がった。瞳が輝いている。同時にさっき出現したドアが消えた。
「……火の車?」
「そう! 火の車! 地獄あたりにいそうだから、この前死んだ雅ちゃんに連れてきてもらおう!」
「……地獄の火の車連れて来られるくらいなら雅ちゃんは今も元気だよ。はじめから死んでない」
柊が呆れたように言った。おれはふたりの話についていけず、彼らのやりとりを黙って見ていた。
「火の車が地獄にいるって確証もないしなあ……。よし、諦めよう! それで君」
いきなり指をさされ、すっかり気を抜いていたおれは、思わず情けない声を上げてしまった。団長がくすりと笑う。
「なにか見世物になるような特技はある?」
「は……? と、特技?」
隣に立っている柊の落ち着きがなくなった。なんだかそわそわと浮き足立っているような、地に足がついていない感じだ。
「雅ちゃんの代わりでいいでしょ」
柊が団長に向かって言う。尋ねてはいるが、まるで決定したような口ぶりだ。
「雅の代わりはいらないよ。あれ、つまらなかったもの」
団長が子どものように幼稚に口を尖らせた。
「それにね柊。俺はお前じゃなくて君の隣の少年に聞いてるんだよ。口挟まないでくれる? 死にたいの?」
「殺してくれるなら」
「死んでも働いてもらうけどね」
「じゃあ死にたくない」
柊の言葉に団長が嬉しそうな顔をした。すべてがとろけてしまいそうな甘ったるい微笑みだが、当の柊には全く効いていないようで、彼は笑みを浮かべてはいるものの、感情のわからない無表情さでじっと団長を見ているように思えた。柊は未だ狐のお面を被っているためおれには彼の口元しか見えないから、勝手な想像をするしかないが、彼の雰囲気がそう思わせた。
もしかしたら、狐面の無表情さがそのまま柊の感情に見えたのかもしれなかった。
「当分は雑用でもしてもらおうかな。彼、何も出来なさそうだし、掃除係もいなくなっちゃったしね」
団長の言葉を聞いた瞬間、柊の口元から笑みが消えた。
「そんなにびっくりすることかな?」
「別に驚いてないよ。ただ意外だっただけ」
「それを驚きって言うんじゃないの?」
「なんでもいいよ。団長」
「何?」
団長が満足げに笑い、首をかしげた。
「発言の撤回はなしね」
「なしで良いよ。柊が連れて来た子だもの。まあまあ大切にしなくちゃ。……本当、丁度掃除の係がほしいと思ってたんだよ。柊、掃除下手だから」
そう言って団長はひらひらと手を振った。それから、もう人なんていないかのようにおれたちがいる方とは違う方向を向いて、へんてこな歌を歌い始める。その歌は、祭囃子に似ていた。
柊がおれの腕を掴み、出ようと促すように、くいくいと袖を引っ張ってきた。少し考えたが、おれは素直に従った。団長の部屋から出て、柊はしっかりと扉を閉めた。そして、来た道を引き返し始める。彼は来る時よりも早足で、暗闇の中を走っている時よりも焦っているようだ。
箱のある部屋を抜けると、また真っ暗な部屋に戻ってきた。ようやく柊の足が止まる。
「……とりあえずよかった」
そして、ぽつりと呟いた。
「良かった?」
「良かった」
「何が?」
何も良かったことなんてない。自然と口調もいらだったものになる。柊が安堵の声を漏らした時、おれも彼と一緒に安堵を覚えた。それが悔しかった。だって、この状況は全くおれの良しとするところではないのだ。おれは見世物小屋の中に入りたくなんかなかったし、仕事を与えられたかったわけでもない。それなのにどうしてほっとしなければならない? おれはただ提灯の道を歩いていただけ。ひとりで祭りに参加するのは禁じられたことだけど、神木を越えちゃいけないなんて話はない。強引に連れて来られたのに、どうしてそれで見世物小屋の雑用をしなければいけなくなる? 何も良かったことなんてない。
しかし、柊と団長が話していた時だっておれはひとことも言葉を発さずに、従順な犬のようにだまって「マテ」をしていた。本来ならば、このようなおとなしい人間ではない。何にでも突っかかり、親にだって呆れられ……。
「あれ?」
またわからないことが出てきた。親の顔がわからない。家族は? 兄弟はいたっけ。おれはどこから来た?
「どうかした?」
柊が尋ねる。
「どうもしない」
「そう? それならいいんだけど。クラヤミ6号に俺の部屋があるんだ。今日はもう団長に会いたくないから、しばらく居候していいよ」
「……うん」
ちがうだろ。立場がおかしい。しばらく居候していいよって、別にそんなことちっとも望んでないし。
「団長のあの様子だと、今日は店開ける前に店じまいだから、俺の部屋に行こう」
柊が笑う。おれは変だ変だと思いながら、わけもわからず、何かに思考を邪魔されているような不安を覚えながら、また素直に返事をしていた。