時計
「凌平、団長と見世物見て回ってたんだって?」
クラヤミ6号――柊の部屋に帰って早々、彼はどこか非難めいた調子で尋ねてきた。
自分で連れてきたくせに、まさか柊はおれが見世物を見ることに反対しているのだろうか。
しかし考えることはしない。今日はもう疲れた。薄気味悪い異形たちを見まいと団長の背にしがみつきながら不恰好に歩いて箱がある空間を抜けてきたのだ。帰ってからふと見えた鏡の中の自分は憔悴していた。
「火の車だけだよ。ほかは何も。異形……はあんまり見てない」
異形と口にした瞬間あの潰れた目の化け物に視覚を一瞬だけ乗っとられる。身震いし、小さく頭を振ってそいつを頭から追い出す。
答えた時に柊の表情が一瞬だけ険のあるものに変わった気がしたが、今の柊はまだいつもの狐のお面をつけているし、化け物のことで頭がいっぱいだったから実際のところはわからない。
「凌平、なんかげっそりしてるね」
「……おれはお前が信じられねえんだけど。よくあんな化け物見て平気でいられるよ……」
「化け物? 火の車? 俺は格好良いなあと思ってた」
「火の車じゃなくて、なんてえの? 異形。人っぽくない異形だよ。なんか、グロい映画に出てくるようなやつとか、学校の怪談にいそうなエグイやつ」
「ああ。そのうち慣れるよ」
柊がしれっと言う。絶対慣れない。なんで柊はしれっと言えるのか。そのうちとはどのくらいなのか。こんなことを考えながら、箪笥からいつものTシャツと短パンを取り出す柊を眺めた。そういえば、柊はいつからこの見世物小屋にいるのだろう。
疑問がわいた。
――柊はなんなのだろうか。
雅ちゃんは死んでいた。だけどおれにはそれが信じられなかった。死んでいると聞いてすんなりと受け入れられたけど、それは彼女は生きている人間となんら変わりがなかったからかもしれない。団長は潰れた目だらけのモノを見て青くなるおれに、人と異形との違いについて話した。どう見ても人なのに異形であるモノも多くいるという。
おれは今まで柊のことを自分と同じ人間だと思ってきた。
でも、そうとは限らない。
人か、異形か。なんなのだろう。
団長は人でも異形でも見られる側と見る側がいると言った。彼の話しぶりは、人と異形になんの違いもないような、対等なものとしてみなしているようだった。
しかし、おれにとって異形は異形だし、恐ろしいものと感じる。
万一柊が異形だったらショックを受けるだろう。おれは柊に人間であって欲しかった。
「凌平?」
思いつめたように考えこむおれに、柊は首をかしげた。
柊を見る。彼はどこからどう見ても人間だ。異形らしさはひとかけらもない。聞いてしまえばいいのに、なぜか聞くのは憚られた。
「変な凌平」
Tシャツと短パンを投げてよこしながら柊が笑う。おれは投げられたTシャツを空中で掴み、身につけていた学生服から着替えることにした。
今日は何も聞かずに疲れたと告げて寝てしまおう。疲れたのは本当のことだから、嘘でもなんでもない。
そう決めて制服のずぼんを脱いだ時、ポケットに入っていたらしい腕時計がごとりと音を立てて床に転がった。
拾い上げてなんとなく文字盤を見る。時計は止まっていた。おれと柊の布団の間に置かれた置き時計を見る。深夜二時。もちろん時計は時を刻むために動いている。
「二時……」
声に出た。
「見世物小屋が動き出す時間だよ」
おれのひとりごとを受け、柊が言う。
「動き出す?」
「凌平が見たのは明るい見世物小屋。深夜二時にはヘドが出るような、普通の感覚の人が見たら思わず眉をしかめちゃうような、そんなようなショーとかが満載のもうひとつの入口が開くんだ」
「なんだよ、それ」
「知らないほうがいいって。普通にやってったら絶対に大丈夫」
「普通にって……」
「元団長に目を付けられなければ大丈夫」
「誰だよそれ……」
わからないことばかり言う柊に嫌気が差し、おれは短パンも履かずに布団の上に転がった。やっぱり今日はもう寝てしまおう。団長には一週間はこの環境に慣れるために掃除をしなくても良いと言われた。
「そういや、柊は行かねえの?」
「おれ?」
「柊も見世物って言ってたじゃんか」
「ああ」
柊が部屋の隅に置かれた薬箱に目を移す。あれは確か柊の相棒が入っている箱。視界の端で柊が肩をすくめた。
「今日は出たくないって。狐の神様のほうが俺よりもずっと立場上だからさ、そう言われたら今日は行けない。お休みだよ」