鬼門
――鬼の庇護を受けたいか。
そう言った団長はおれの答えを待たずに、たくさんのガラクタが散らばっている床へとおれを押し倒した。
「いいかい、凌平。ちょっと痛いよ」
おれの目線の先には笑みを浮かべた団長の顔がある。
「あ……」
眼前いっぱいに広がる団長の向こう、わずかに見える天井に面が付けられていた。泣き笑いのように見える般若の面。おれがそれに気付いた途端、面は天井へと消えていった。
「凌平」
「何?」
頭がぼうっとしていた。
また、忘れるのだろうか。
ぼうっとして、一瞬間意識が途切れる。それがおれには忘れる前兆のような気がしていた。忘れるのは恐い。きっと忘れたことさえわからなくなったことがおれにはたくさんある。
おれしか知らないことは、おれが忘れた時にあとかたもなくなくなってしまう。
「大丈夫?」
まどろみの中で、団長の優しい声が聞こえた。思考能力が自分でもはっきりと感じ取れるくらいに落ちている。それに伴い、自制がきかなくなる。言おうとしなくても言葉が出てきてしまう。
「おれ、忘れたくないんだけど」
「何を?」
「……知らない」
ついに目を閉じる。
「……ちょっと痛いの?」
そして、思い出せたことを聞いてみる。さっき団長はちょっと痛いよ、と言った。
「ちょっとね」
小さく答え、団長がおれの喉元に手をかける。ちり、と団長が言ったように喉にわずかな痛みを感じた。
「これから凌平は、長い夢を見るよ。一度、狭間の世界から抜けだして向こう側に行く。俺はそこで待ってるから、誰に惑わされても、心を鬼にして全てを捨てなさい」
いいね、と団長が言った。おれは眠気に負けそうになりながら、とにかく頷いた。
「あんたは、おれを助けるの?」
無意識に言葉が出る。
「希望はね」
「……なんで?」
今は気になったことをとても素直に聞くことができる。目を閉じているから団長がどういう表情をしているかはわからないけれど、なんとなく、彼は少しだけ悲しそうに笑っている気がした。
「そろそろ味方が欲しいんだよ。それだけ」
「そっか」
ただ味方が欲しいだけという彼の答えが本当ならば、ひどく純粋な答えだと思う。これならばおれは団長を信用できる。だって、こんな短い付き合いで彼がおれを助ける理由がわからなかったから。おれは団長に好かれることも助けられることも何もしていない。
いよいよまどろみに身を任せる。
これからおれは長い夢を見るのだろう。
戻って来られるのだろうか。
夢の世界でずっと生かされるのだけはごめんだと思った。