早寝記録

神様

「御国、御国、重大ニュース!」
「なんだよ……」
 目が覚めたら青がいた。部屋の壁に付けてもらった時計を確認するとまだ9時。色掃除が終わって眠ってからまだ3時間も経っていない。
 尤も、青は時間問わずこうしてやってくることが多く、ほぼ日常になっているから、怒る気も失せる。だけど、未だにどうしてこいつが鍵のかかった俺の部屋にこうもたやすく入り込めるのかわからずにいる。聞いてもはぐらかされるし、少し恐い。
 青は俺の腹の上に乗っているが、構わず起き上がると、落ちると思っていた青は絶妙な位置にいたようで落ちずにちゃっかりと俺と向き合い、満面の笑みを浮かべる。
「なんかこの位置超ラブラブじゃんか! 御国ってやっぱ俺のこと愛してるん? 愛してるんだね」
 ひひひ、と青が笑う。
「うざい……」
「あららぁ? 御国テンションひっくー! どうしたん? どうしたん?」
「寝起きだからだよ……」
「ふうん。ま、いいや。で、重大ニュース!」
「なんだよ……」
「御国、お前今日から箱掃除!」
「……は?」
 一瞬間があく。まどろんだ頭では青の言ったことを瞬時には理解できなかったが、しばらくぼうっとしてから青の言ったことを反芻しても理解できない。
 だって、俺が箱掃除?
 掃除どころか、箱に続くドアに近寄っただけでクチナワの蛇に襲われる俺が? 掃除でも何でも、今の箱はここより随分と良いらしいから行けるのなら行きたい。冗談だったら踏んづけたい。
「嘘つくならもっと良い嘘つけよ……」
 つまんねえと言って布団に背をつける。青は依然として俺にまたがったまま。心地よい重さに、再びまどろむ。
「嘘じゃないんだなあ、これが。だってこの話、俺団長から聞いたしー。それも久納じゃないよ、お前らが言う「元」団長! クチナワと話してるとこ聞いちゃった!」
「……嘘じゃねえの?」
 またむくりと起き上がって半信半疑で青に尋ねる。わずかに希望が見えたのに、なぜか視界が翳った。
「嘘ではない」
 聞き馴染みのない声に一瞬でにやにやとしていた青の顔が引き攣った。彼の目がゆっくりと上を確認した。そして、硬直する。
 俺もまさかという思いで声のした方を向いた。普通ではありえない場所。狭い部屋のまだ狭い場所。俺の真後ろだ。いつからいたのか。いや、たった今現れたのだ。目に見えない煙のように、忽然と。影が教えてくれたじゃないか。
 やはり、そこには元団長がいた。輝く狐色をした髪の毛が、風もないのにまるでススキが風に吹かれるように揺れている。
 元団長は窮屈そうにしているが、いつも浮かべている口元の笑みは健在だった。
「やはり色小屋というところは空気があまり良くないな」
 そう言って元団長は俺の横を過ぎ、狭い部屋の中を物珍しそうに眺め始めた。
「くおりてぃがまだまだだと感じる。ところで御国よ」
 俺の部屋を見回していた元団長の目が俺を捉えた。切れ長の目が細められる。笑ったのか。緊張して、表情の中の簡単な感情さえ見えない。
 まるで独裁者のように俺たちを支配するクチナワとは異なり、柔らかに俺たちに接してくるが、畏怖というのかなんなのか、とにかく元団長を目の前にすると否応なしに緊張してしまうのだ。
「凌平が戻るまで、箱掃除をしてくれ」
 元団長の命令に、俺は何も考えられずに咄嗟に「はい」と言っていた。
「両方することは可能か」
「……箱が、どんな感じかわかりません」
「ではそこの蛙よ」
 げ、と人間らしくない鳴き声がした。そういえば、いつの間にか俺にまたがっていた青の姿はなく、彼はちゃっかり蛙の姿になり俺の陰に隠れている。おそるおそる俺の背から顔を覗かせる小さな生き物に、殺意が湧いた。
「御国を手伝ってやれ。ふたりならば早いだろう」
 げ、とまた青が鳴く。元団長には「げ」の意味がわかるのか、何も言わずにただ微笑んでドアへと向かった。煙のように現れたのに、彼はドアから足を使って出て行くらしかった。
「お前が上へと上がる鍵を枕元に置いた。掃除のことは久納に聞け。暗闇をまっすぐ進むと辿り着けるようにしてある」
 ドアの向こうに消えた元団長の声が頭の中で聞こえた。