嘘
「御国おっそいよー! 最近たるんでるんじゃないんですかあー? もうちょっとさあ、キビッキビッって動こうよー」
風の見世物が入っている箱に背を預け、床に足をだらしなく投げ出して青は待っていた。子供らしく頬を膨らませ俺を睨んでいる。少し安心した。
「ちょっとだろ。悪いな、お前がそんなに時間にうるさいとは知らなかったよ」
嫌味ったらしく言って、そのままバケツを取りに行く。隅の方にある掃除用具入れに向かっていると青が立ち上がり追いかけてきた。
「御国、御国」
「なんだよ」
「御国ってば、最近疲れてる? なんかずっとダルそうだし、わけわかんない言動多すぎ」
「は、心配?」
嘲るように笑うと癪に障ったのか、青が顔をしかめる。そりゃそうだ。内心はわからないが心配するような言葉をかけてばかにするように笑われたら誰だって腹が立つ。
「心配じゃねーけど、元気ないとからかいがいがなくてつまんねえよ」
「良いよ、からかわなくて。うざいから」
「御国!」
「それより掃除するぞ。ぱっぱと済ませろよ」
掃除用具入れから掃除用具一式を取り出し青に渡す。ふくれっ面のまま青は黙って受け取ったが、その場から動かない。
「何? 行かねえの?」
「つまんない」
「……意味わかんねえよ」
「凌平と会ってから、御国がおかしい!」
「別に、んなことねえだろ」
「御国が死んだ! おれの知ってる御国は死んだ!」
「何馬鹿なこと言ってんの」
ため息を落とし、自分の分の掃除用具を取る。バケツにモップ。ちりとりと小さな箒。
掃除用具入れには他に何もない。よく覚えていないが「教室」にあるような普通の掃除用具入れだと思う。学校とか教室もわかるのに、クラスメイトも先生も全く思い出せない。
俺はなんでここにいるのだろう。
ここで何をしているのだろう。
「……青は俺がもしいなくなったりしたら喜ぶ?」
憂鬱な気分だと自覚した時には尋ねていた。ばかみたいな問い。嬉しくないと言ってほしいのか、それとも笑い飛ばして欲しいのかもよく理解していない。
「はあ? 御国ってば何言ってんの? 気色悪ー!」
後ろからいつもの調子の青の声が聞こえて少し安心して振り返ると、青はすぐそばまで迫っていた。そしてにいっと笑われる。
「けど、喜びはしねえよ。また暇つぶし一から探すの面倒臭えじゃん」
「暇つぶしかよ」
「御国ってば自分がまさか好かれてるとでも思っているのですか!」
「んなわけねえよ」
ほら、行くぞとまた言って、自分から持ち場に向かう。
俺がいなくなったらもしかしたら少し寂しがってくれるかもしれない。でも、こいつはすぐに俺のことは忘れてまた適当に調子よく生きていくだろう。こいつが異形でもイギョウでもどっちでも良い。青と俺が友達でもないことは青が何者だとしても同じなのだ。
(本気でうぜえな、俺)
そろそろ切り替えなければ。じゃないとやばい。どんどん自己評価が下がっているから、このままだったら死にたくなる。今の状況を冷静に見始めてしまったら未来なんかないことに気付いてしまう。
だけど、まずいことに俺も忘れっぽくなってしまったようだ。青がいうようにここ数日の自分がおかしいことは俺だって気付いているが、その前はどんなだった? どんな調子で、どんな感じでこいつと話してた? 例え昨日の自分さえ今は思い出せない。思い出せるが、昨日の俺は今日の俺とは別人だ。思考が安定しない。
「あいつは、癒しじゃない……」
持ち場についた俺は無意識につぶやいていた。でも、そうだ。凌平は癒しなんかじゃない。あいつは俺を壊している。あいつに出会ってから俺はおかしい。凌平の願うままに動いてしまっている気がする。凌平と出会う前は、記憶も何もかもすっからかんだったけど俺は安定していた。あいつと出会ってからだ。俺が不安定になったのは……。
「……仕方ねえのか」
腹を立てる気力もない。青の言うとおりなんだかとても怠い。考えるのも面倒くさいし、運命があるとして、それに抗うのもまた億劫だ。
刻一刻と俺の中の何かが死んでいっている気がする。反抗心、矜持、あとは……。
まあ、良い。とりあえず掃除をしよう。
凌平の顔が脳裏に浮かぶ。頭のなかであいつは泣きそうに顔を歪めた後、困ったように笑った。鮮明に浮かんだ想像に記憶まで侵食されている気がした。