六号
暗闇の中を進む。
掃除中、昔火野の部屋に一回だけ行ったことを思い出したのだ。色小屋ができてから見せ物小屋自体の様相は変わったが箱に上がってみて思ったが、多分色小屋がなかった頃とあまり配置は変わっていない。
それならば、見世物が置かれている場所の北側の廊下から少し行って右に曲がれば居住区がある。
記憶を頼りに分かれ道を右に曲がった。するとすぐにドアが現れた。壱号と書かれたドアに安堵する。このまま進めばおそらく六号があるだろう。
無意識に頭に手をやってしまい、舌打ちをする。多分緊張しているのだ。何をしようとしているのか、何をしているのかさえ俺はもうわからないが、無意識に頭の上に乗っている青を探してしまった。あいつは掃除が終わってどこかへと消えていないのに。尤も、青を巻き込むつもりなんてなかったから良いのだけれど。
いつの間にか肩を落としとぼとぼと歩いてしまっていることに気がついて上を向き背筋を伸ばしてみる。
そのまましばらく歩くとようやく柊と凌平の部屋――クラヤミ6号に辿り着いた。迷いなくドアに手をかけるとまるで俺を待っていたかのようにすんなりとドアが開いた。部屋の中央に小さな置行灯が一つ見える。
室内に入りドアを閉めて部屋の中央に立った。俺の正面の壁には3つの狐のお面が飾られており、下から灯りが照らされている。
「悪趣味……」
きっと柊が飾ったのだろう。あいつは狐好きだから。
六畳ほどの部屋には物があまり置かれておらず、すっきりとしていたがその分お面の存在感が際立っていた。
部屋をぐるりと見回すと、背の低い箪笥の上に薬箱が置かれている。なんの感慨もなくそれを開け、中に入っている竹筒を手に取った。
――こんなもののために俺は。
舌打ちをして、さっさと引き返す。凌平のところへと急ぎ、これを渡す。そうして俺はもうあいつらと手を切るのだ。凌平が箱に来てからも会っていない時は俺は普通でいられる。今俺は頭がおかしいが、また会わなくなれば元に戻るだろう。
ポケットに竹筒をねじ込みきた道を急ぐ。なんだか頭がぐわんぐわんとする。反響の中にいるようでさらに狂ってしまいそうだった。
俺の不安や恐怖をあざ笑うかのように、凌平のいる久納の部屋には特になんの障害もなく来ることができた。またノックもせずにドアを開けると、珍しく凌平はいなかった。薄暗い部屋は変わりなく色々な調度品やおもちゃ、装飾でごった返しているがあの般若の面も見当たらない。ここは物置のようなものだから奥にちゃんとした部屋があるらしいが、さすがに奥のトビラを探してくぐり抜ける勇気はない。
「凌平」
トビラを探す代わりに名前を呼んでみるが返事はない。
「どこ行ったんだよ……」
まあ、良いやと思い直し物が散乱している床に目を滑らす。どこか、この竹筒を見つけやすいところを探して置いて帰ろう。そう思った。
床には足の踏み場もないくらいに色々なものたちが置かれて――いや、投げられている。一見するとばらばらに見えるが外国のものが多そうで日本のものはあまりない。
「お」
その中で一際目を引く面があった。柊がかぶっているような狐面。目の下に赤い化粧が施されているが、稲様も狐だしあの狐面の傍に置けば目立つのではないか。
そう思い、面に近寄る。クラヤミ6号にあったような面だ。まわりのガラクタたちを手で避け、面の周りに空間を作る。そして狐面を裏返し、その中に竹筒を入れた。
「ばっちり」
満足し、立ち上がってドアへと向かう。そのまま出ればよかったのだが、俺はドアノブに手をかけたところでさっきよりも少しだけ室内があかるくなっていることに気がついた。そして、反射的に浮かんだ疑問に一瞬動きを止めたのだ。
気が付かなければ良かったと思った時にはもう後の祭り。
振り返った俺の目に映ったのは、竹筒が光っている光景だった。光っていると思っている間にも竹筒はカタカタと揺れ、揺れが段々と大きくなるに連れて光が強くなる。弾けるような音とともに竹筒から白煙が噴き上がる。
(やばい!)
煙の向こうに懐かしいシルエットを認識し、俺ははじけたようにドアを開けクラヤミ廊下へと飛び出した。
あのシルエットは稲様だ。なぜか知らないが、凌平がいないにも関わらず稲様は竹筒から出て来れた。
だけど、見間違いでなければ稲様は俺が部屋から出る直前にガラクタの中に倒れこんだ。心臓がどくんどくんと脈打ち、俺を息苦しくさせている。
でも、俺の役目は終わった。凌平は俺に稲様を持ってきて欲しがっていたようだし、その役目はきちんと遂行できたのだ。俺がすることはもうない。
俺はどうやら凌平と柊に協力したいようだったが、あとは二人がなんとかするだろう。
自分のことなのに曖昧にしかわからず悔しかった。だけど、俺の無意識は確かにふたりに協力したがっていたのだ。そして俺の無意識が俺を奴隷のように動かした結果がこれだ。
「戻ろう」
色小屋へ。
色を恋しく思ったことなんてなかったのに、箱にいることがたまらなく不安で、一刻も早く自分の部屋へと帰りたかった。
俺はそうすべく早足でクラヤミ廊下を進んだ。