早寝記録

救世主現る!?

 時刻を確認するとまだ午前5時。4時半前に掃除に来たから、30分程度しか経っていないことがわかる。凌平と約束したのが午後7時だから、まだまだ時間はあった。尤も、それまでにこの鬱々とした気持ちを切り替えられるとは到底思えなかったけれど。
 俺は寝る気にもなれず、営業終わりの火野兄弟の部屋を訪ねることにした。あまり話したことはないが、まあ大丈夫だろう。イギョウ嫌いで有名だが、俺はおそらく異形だと思われているし、あいつらが嫌いなのは自らイギョウになる人間共だという噂。
 火野兄弟の部屋はわからないが、どうせクラヤミ廊下の居住区内にあるだろう。今は住人自体少ないから見つけるのは難しくないはずだ。
 このような俺の予想は当たった。柊の部屋とはまた違うクラヤミ廊下の4号に、彼らの部屋はあった。ドアの真ん中には適当な木の板がかかっており、光るペンで「火野」と書かれている。3時頃に営業は終わるからもしかしたら寝ているかもしれないが、俺は構わず扉を叩いた。
「はーい?」
 するとすぐに中から返事が来た。
「あの、俺、御国の頭によく乗ってた蛙なんだけど!」
 中から、蛙? 青だよ確か、と二人の会話が聞こえてきた。そしてすぐに扉が開く。
「あ、しっかり思い出したわ! どうぞどうぞなんか知らねえけど入って入って」
 礼を言い、部屋の中に入る。まだ布団すら敷かれていない。部屋の造りは俺が今借りている所や柊の部屋とほぼ同じ。特徴的なものは特になく、すっきりとした和室だ。
「座布団ねえから、適当に座ってよ」
「ありがと」
 申し出通りその場に座る。双子のひとりは部屋の隅に畳まれた布団に腰掛け俺を観察するように眺めている。招いてくれた方は積まれた布団に背を付け床に座った。双子同士の距離が近い。御国も双子だったら寂しくなかったかもしれない。
「あの、御国のことなんだけど、御国、覚えてる?」
 何かを聞かれる前に自分から話を切り出す。一応迷惑をかけている自覚はあるのだ。
「もちろん覚えてるよ! ま、しばらくは見てねえけど。こっちで掃除してたって噂は聞いて、会いに行こうと思ったけどあいつ来なくなったし」
「だから噂聞いた時すぐに会いに行こうって言ったのにさあ」
「だってあいつ来る時俺ら寝てる時間だったじゃん」
「ま、いっか。用事聞いて寝ようよ。さっきから言ってるけど俺今日疲れた」
 布団に座っている方があくびをして壁に背を付ける。
「あの、その御国がいなくなって! 生きてるか死んでるかも、俺色小屋に行けなくなったからわかんない。だから、色小屋に階段を通る以外で行く方法探してるんだ」
「いなくなった?」
 意外にも驚いたように身を乗り出したのは今しがた眠いと言ったばかりの方だった。初めから面倒くさそうにしていたのに。
「う、うん。クチナワを怒らせたみたいで、どうなったかわからないんだ」
「怒らせたって、なんで」
「それは知らない!」
 嘘を吐く。こいつらは確か柊を嫌っていたから、事情を説明したら協力してくれないかもしれない。
「俺、御国が無事かどうか確認して、無事なら色小屋に行って助けたいんだ! でも、ばかだから考えても良い案浮かばない……。それで、知恵を借りようと思って来ました!」
 思わず叫ぶように言う。火野兄弟は互いの顔を見合わせた。そして、招き入れてくれたほうが口を開く。
「色小屋に行く方法はわかんねえけど、風の噂を聞いてみたらどうだ?」
「え?」聞き慣れない言葉。
「ほら、風の見世物いるじゃん。わたしはステキな情報通ってこの前歌ってたし。風、いつも吹いてるから今も箱の中にいるはず。付いてくよ。俺らが行っても協力してくれるかはわかんねえけど」
「確か、凌平と仲よかったよ」
 布団のほうが発した凌平という言葉にどきりとする。言ってもいいだろうか。火野兄弟はどうやら協力してくれるらしい。
「りょ、凌平さんは協力してくれないよ」
「言ってみなきゃわかんねえよ。あいつ甘っちょろいから、頼んだら嫌とは言わねえよ」
「今、凌平さん忘れてるから。この小屋に来てからのことも」
「はあ?」調子は違えど声が重なる。
「今、久納が凌平を囲ってるんだ。凌平は記憶を曖昧にする部屋にいるから、掃除はしてるけど、掃除だけしてる状態。何も頼めない」
「なんだよあいつ。腑抜けたな」
「でも兄ちゃんだってあいつが人間捨てた時点でこうなることはわかってたでしょ。あーあ。ほぼ最後の人間だったのに」
 もったいねえなあ、と布団に上がっている方――弟が溜息を吐く。
「そういえば、凌平もイギョウになったけど、柊みたいに嫌わないの?」
「……青はほとんど色に居たからわかんねえだろうけど、あいつがイギョウになった時、みんなが殺されたり、無理やりイギョウにされたりしてたんだよ。人間は皆異形の玩具って認識だった」
「そうそう。子どもが面白半分で虫を殺すような、そんな感じだったよね」
「そんな中で、自分から異形に近づいて住人になって、異形側に付く奴らが出てきたんだ」
「元人間……元仲間が異形と一緒に俺たちを虐げに来るんだよ。最低だったね」
「稲様は確かに俺たち側に付いてくれることが多かった。けど、異形なんだ。俺たちの仲間を散々殺した異形なんだよ。稲様は違うって思ってても、それでもいつか皆で元いた所に帰ろうって言ってる中で、自分からイギョウになるかよ! ありえねえよ」
「兄ちゃん、柊に惚れてたしね」
「惚れてねえ!」
「まあ、いいや。前と今じゃ状況が違うってこと。もう俺達の仲間はいないしね」
 ニンゲンカンケイと呼ばれるものはどうでも良い。だけど、少しだけ火野兄が柊のことを嫌いになった理由がわかった気がする。俺に仲間はいないけど、裏切られたらやはりショックだ。こんなことを考える時もやはり御国の顔が出てくる。あいつはよく蛙姿のおれを踏み潰そうとしてきたが、実際に踏まれたことはない。変な話、自分以外を信じることを知らなかったのに、俺は御国が俺を殺したり痛めつけたりしないと『信じて』いたのだ。
「凌平を引っぱってこうぜ。居るとこは違うけど、御国は仲間だ。死にそうになってんなら助けねえって選択肢はねえよ」
「兄ちゃんかっこいー」
「すっげえ棒読みなんだけど!」
 火野兄が立ち上がる。それに続き弟も布団の上から下りた。
「もしかしたら凌平さん、まだ箱にいるかも……さっきは火野さんたちの箱で別れた」
「じゃあ急ぐか」
 火野兄を先頭にして、俺たちはクラヤミ廊下に出た。