悲報!最近流行りのキレる若者達!
柊を先頭に、俺たちはクラヤミ廊下を進んで行った。灯が死んでから、灯のことを見ていない。だって本当にあいつは綺麗に死んだのだ。幽霊にもならず、腐りながら働かされることもなかった。灯は肉体を残し消えてしまったのだ。もしかしたら天国にいるかもしれないが、天国は死なないと行くことが出来ないから、生きている内はその存在すら不確かだ。もしかしたら団長や白蛇様ですら天国があるのかどうか知らないかもしれない。
真っ暗なクラヤミ廊下を柊は迷いのない足取りで進んで行く。かつての人間たちとほぼ関わり合いのない俺ですら彼と灯の兄弟みたいな関係を知っているのに、柊は本当に御国の居場所を突き止める為だけに愉快に灯を差し出してくれるみたいだ。後を追う凌平と俺を振り向きもしない。
「……ねえ、柊」
沈黙に耐え切れなくなったわけではないが、興味が沸いて口を開く。少しだけ、今まで気にも留めていなかったニンゲンカンケイというものが気になった。
「何?」振り向くことなく柊が言う。いつもの声の調子に思えて、安心して質問する。
「柊はどうして灯のことを覚えていたの?」
「一緒に来たからだよ」
思いもよらぬ答えだ。
「一緒に? ここは、一人じゃなきゃ辿り着けないって聞いた」
「灯は子供のころから取り憑かれやすい体質だったんだよね。霊媒体質とかよく言うじゃん、お祭りに来て、灯が何かに憑かれちゃってさ。取り憑かれてる時の灯は、人じゃなく異形寄りだったんだろうね」
「ふうん」
「昔からってことは、柊には過去の記憶があんの?」凌平が不思議そうに尋ねた。
「灯関連は。近所に住んでたとか、俺の兄貴分だったとか、今言ったようなのとか。近所がどことかいくつ年が離れてたとか、そういうことは忘れてるけど」
「そうなんだ」
「火野たちも同じだよ。あいつらの場合、二人で一人みたいな感じだから、一緒に来られたみたい。昔元団長が言ってた。半人前で、山で迷子になっていたから思わず攫ってしまったって」
柊は、ほんの少しだけだけど楽しげに話していた。まるで、懐かしき思い出を語っているようだ。
「昔は、火野兄弟とも仲良かったのか?」
凌平も俺と同じように思ったのだろう。俺が聞きたかったことを聞いてくれた。
「まあね。俺たちが来た頃は、元団長が団長だったし、白蛇様もたまに元団長と姿を見せてくれてた。人は異形を怖がって嫌っていたけど、元団長と白蛇様が人間に手を出さないように異形に命じていたし、危険と隣り合わせの平和な日常の中で、人間同士みんな結構仲良くしてたよ。白蛇様が井戸から出てこなくなって、色小屋が出来てからは今みたい感じになったけど」
柊は淡々と話していた。思い返せば俺は本当に昔から御国くらいとしか関りを持っていなかった。俺みたいな人間の姿になれるだけの異形をだれも相手にしなかったのだ。声をかけられるのは決まって気持ち悪い異形か客で来た人間。あとは俺を利用しようとする少年少女くらいなもの。そもそも一人で良かったし、一人に飽きたら御国をからかいに行けば良かった。
御国としか関りあっていなかった俺にでも、最近の柊の様子がおかしいことがわかる。さっき俺の部屋柊はなぜ凌平が御国を探すことに協力するのか不思議そうにしていたけれど、やはり俺にしてみればその疑問は柊にも当てはめられる。
「灯は柊にとってとても大事な人なのに、どうして愉快にあげるなんて言えるの?」
俺は足を止めた。大事なことだと思ったからだ。一つ、自分の習性を言うと、俺は心底自分以外のことをどうでも良いと思っている。御国が俺にとって特別だということはさすがに認めざるを得ないが、今ここにいる柊や凌平が目の前で死んだとしても、びっくりするだけで悲しいとは思わないだろう。他人が死んだ。ただ、こう思うだけだ。
だけど、御国は特別だ。いなくなってからあいつが俺の頭の中を支配しているのが何よりの証拠だろう。御国がどんな形でも、生きてても死んでても消えていないのなら、俺は御国を助けたい。一人は寂しい。だから、御国を探すのは俺のわがままだし、柊は御国に助けられたとはいえ柊を助けたのは御国が好きでしたことだ。柊が俺に付き合って、俺が想像も出来ないほど彼と繋がりがある灯を差し出す義理はない。魂が死んだから、灯の肉体は空っぽになったけれど、それ故灯の存在を証明できるものは空っぽになった肉体だけだ。それを御国の居場所と引き換えに愉快に差し出すなんて考えられない。
けれど、それでも柊は彼の考えで愉快に灯を渡そうとしている。柊が俺の知らないところでどうなろうが関係ないが、御国を救うために危険に陥ることがあれば、助けるべきだ。
俺を無視して先を行くかと思ったが、柊は足を止め、振り返った。柊の顔には彼を守るように、狐面が付けられている。
「理由に拘る姿は人間そのものだね。やっぱり青もイギョウなの?」
「わからないよ。俺には記憶がないから。でも、大事なことなんだ。教えてほしい」
真面目に告げる。凌平も面を被った柊のことをじっと見つめている。
「俺、今人間を井戸に落としてるんだ」
ひとつ溜息を吐いて、柊が話し始めた。その内容に耳を疑う。
「……は?」
「そういう役目を与えられたんだよ。中学生位の子が多いかな。たまに小さい子もいる。お面を外して、迷子になってるの? って優しく声を掛けたらみんな付いてくるんだ。白蛇様の神社が朽ちて壊されちゃったから、こうでもしないと白蛇様が生きられないんだよ」
生きるには、人が必要なんだ。何でもないことのように柊が言ったが、今彼がどんな表情をしているかは、笑っているような狐面によって隠されている。
「食べられるのをわかってて落とすってことは、俺は人殺しだよね? 青も凌平も、そう思うでしょ?」
問われても、答えられなかった。少しだが柊の声が震えたのがわかったから。
「俺、たくさん殺してるよ。普通なら死刑だ。ねえ、なんで俺は誰にも責められないで生きてんの? おかしくない? おかしいよ。でも、みんな、おかしくねえっていうんだ。久納も、稲様も。考えても仕方ないことは考えるなって。そうするしかないんなら何も考えないで人を落とせって言って責めないんだ。俺のこと人殺しとも言わないし、逆に、良いことしてるみたいに言う」
狐面は笑っていた。でも、彼の声から、柊が泣いていることがわかってしまった。俺は漸く柊の様子がおかしかった理由がわかった。きっと良心の呵責によって心が壊れたのだ。壊れた心を取り戻す為に、彼は御国を助けるのではないだろうか。
彼の話した内容には驚いたが、それと同時にわからなかったことがわかったためすっきりした。
しかし凌平は俺よりもずっとずっと衝撃を受けているようだった。暗い中でもわかるほど顔色が悪い。顔面蒼白という言葉がぴったりだ。
俺は自分でも異形かイギョウかわからないが、これを疑問に感じるようになったのも最近のことで、おそらく心は異形寄り。今の柊の告白を聞いても、そうするしかないんだったら罪悪感を捨てて人間を落とすべきだと思う。御国ならどういう反応をするだろう。きっと思いっきり憤った後、仕方ねえよ、と声を掛けるのではないだろうか。
御国が俺の傍からいなくなり、俺はよく御国について考えるようになった。彼の今までの言動を思い返し、今御国がいたらどういう感じかな……と想像するのだ。驚くことに、そうしてから少しだけど人間の気持ちがわかるようになった。それも、俺のただの思いこみかもしれないが。
人が人を殺すのは、異形が人を殺すのとはわけが違うらしい。俺は気付いた時には蛙の異形で、周りでは異形同士が殺し合うこともしていたし、異形が人間を、人間が異形を殺すこともあった。それが当然だと思っていた。命はいつ落とすかわからないから、他人を信用せず距離を保つのが常識なのだ。それを御国もわかっていた。彼はわかっていたから誰とも慣れ合っていなかった。
「柊……」
凌平がゆっくりと俺たちよりも先にいた柊に近づく。
「凌平は戻りなよ。やっぱりあんたは関係ないじゃん」
「……いやだ」
「全部忘れてたくせに」
震えた、彼にしては低い声で柊が凌平を拒絶する。彼の横に垂らされた両手は固く握られ、震えていた。
「御国を助けたいのは青で、凌平じゃないでしょ。御国は人殺しの俺を助けてくれた。だから俺は死んでも御国を助ける。凌平は戻って。なんとなくで来られたって邪魔なだけだ。井戸には俺が行く。平和ボケしたお前が行ったって地面に叩きつけられて死ぬのが落ちだ」
「おれは、なんとなく来たわけじゃない」
柊が拳を解き、また溜息を吐く。
「あのねえ、久納は本格的に凌平を囲う気だよ。全部が終わったら二人で生きていくつもり。だからそれまでは余計なことをしないように記憶を曖昧にして部屋に置いてる。お前は大事にされてるし、俺は団長に従ったほうがあとあと幸せだと思うよ。戻って風に香を返してもらってさっさと忘れな」
確かに、柊の言い分は尤もだ。
「俺も、凌平さんは戻った方が良いと思う。久納がいるのに、よく協力してくれたと思うよ。ありがと」
急に沸いた申し訳なさを込めて礼をすると、凌平の顔が歪む。
「おれが、助けなきゃいけねえんだ」
そして、吐き捨てるように言った。
「おれだって忘れていたいよ。久納のそばは心地良いし、もうすぐここがなくなることもわかる。今敢えて危険なことに首突っ込むのはばかげてるんだ。あんたらに言われなくても十分すぎるほどわかってるよ」
だんだんと語気が強まる。
「だけど、あいつはおれが助けなきゃいけないんだ! 理由? 知るかよ! おれが知りてえよ! 忘れたくて寝てても起き上がっちゃうんだよ。香だって気付いたら風の何かに渡してた。うぜえ。ああうぜえ! もう行こうぜ! 時間ねえし! 人を井戸に落とすとか、ここまで来たらしょうがねえよ。気にしたってやっちゃったもんは取り消せねえんだから、気に病むな! 忘れろ! おれのように!」
捲し立てるように言って、凌平が柊を追い越してずんずんと進んで行く。俺も柊もあっけにとられてその場を動けなかったが、柊は突然時計の針が動き出したみたいにはっとして面を取った。それから涙に塗れた顔を力強く腕でこすり、慌てたように凌平の後を追う。俺も気を取り直し、二人の後を追った。