早寝記録

手強い中ボス!

「もうすぐ着くよ」
 途中で凌平を追い越した柊が言う。灯は奥の奥に仕舞われているみたいで、道はだんだんと狭くなり、あたりには部屋一つない。
「あれ?」柊が足を止める。
「どうしたの?」
 柊の脇から先を覗くと、何やらわずかに明るい物体が見える。
「……やばいかも」柊が呟いた。
「あれ、人?」凌平が目を凝らす。言われてみれば座っている人のようにも見える。蛙姿になり柊と壁の隙間をすり抜けて一番前で目を凝らす。蛙姿の方がなぜか遠くのものがよく見えるのだ。明るいと思ったのはおそらく輝く銀髪。彼の表情を認識した瞬間俺は無意識に柊の後ろに隠れていた。
「なんっか、すっごい怖い顔してるんだけど!」
 普段穏やかな分、真面目な顔が恐ろしく怖い。
「……どうしてここにいるんだろう」
柊がぽつりと漏らす。彼の足は動かない。そのうちに、灯の扉前に座っていた人――稲様が立ち上がりゆっくりと俺たちの方に向かってきた。
「不思議がってる場合じゃねえよ。……って言いたいけど、もしかしてまずいの?」
 凌平が不安そうに柊と稲様を交互に見る。
「俺、稲様に黙って来たんだ。反対してたから……。だからさっき青にも今日は協力できないって言ったんだよ。そう言っとけば、稲様は俺たちが今日動くことはないと思うだろう……なあって。頭、良くないし」
 遠くにいたと思ったのに、稲様は俺が人間の姿に戻ってもはっきりと認識できる位置にやたら早く現れた。どうしようどうしようと悩む無駄な時間が時間を早めたのだ。
「よお、柊」
 稲様が柊の前に立つ。いつも友好的なのに、今は彼の大きさが怖いと思えるほど殺伐とした雰囲気をその身に纏っている。
「声、掛けてくれりゃあ良かったのに」
 随分と挑発的な笑顔だった。口元で笑っているだけで稲様の目は強い光を放ち柊を射抜いている。
「もう、元団長だけは敵に回さないだろうなー……って、思って……みたりなんかしたんだー……」
 柊は稲様から目を逸らし、ばつが悪そうに頬を掻いている。
「別の方法考えてたんだけどさあ、人間のすることは時に突拍子もねえから、はってたんだよ。本当に来るとはな。しかも凌平。久納はどうした? 良いのか?」
「良くない」
 吹っ切れたようにはっきりと凌平が言った。
「みんなまるで死ぬみたいな覚悟で行動してるけど、おれは死ぬ気もねえし、御国を助けたらちゃんと久納の所に帰るつもりだよ」
「お前……。灯の生まれ変わりかなんかか? そういうこと言うやつに限って死んじまうんだよ」
「……稲様」
 口をはさんだのは、凌平ではなく柊だった。
「俺は、人間を井戸に落としてる。稲様は気にするなって言ってくれるけど、俺、やっぱり無理だ」
「しばらくの辛抱だ。……なんだったらおれがやってもいい」
「元団長に見つかったら筒の中にまた入れられるじゃないか」
「わかんねえよ。可能性は0じゃない」
「それは俺たちにも言えるよ」
「は?」
 それまで自信がなさそうに俯いていた柊が顔を上げる。
「灯を愉快にやって、御国を助けに色小屋に行く。成功する可能性はもちろん0じゃないでしょ?」
 柊が面を取り、稲様の胸元に押し付ける。柊の表情は明らかに今までとは違い明るいものだった。凌平同様吹っ切れたようにちゃんと笑っている。
「お前……」
 稲様は急な柊の変化に戸惑っている。きっと、彼が復活してからずっと柊は暗かったのだろう。稲様が引き、凌平も追い打ちをかけるように言う。
「元団長が久納と出かけてる今が多分最後のチャンスだ。元団長はおれに手を出せるけど、クチナワは久納に気に入られてるおれに何もできないから」
 稲様はおれたちを見回して、疲れたようにため息を吐いた。
「おれも付いていく」
 稲様の言葉に柊が首を横に振る。
「稲様はダメだよ。色小屋はクチナワの縄張りだ。それに、稲様が関わっていることを元団長が知ったらまた……」
「それはお前も同じだろ、柊」
「それを言われると辛いなあ」
 ヘラリと柊が笑う。それを見た稲様も苦笑を返す。
「とにかく、御国を助ければいいんだろ。まず愉快から御国の居場所を聞き出す。無事だったらおそらく色小屋にいるから、色に行って助け出して大急ぎで逃げる」
「……逃げる?」
「ああ。遠くに姿を眩ます。柊、その時はお前も一緒だ」
 稲様の言葉に柊が一瞬止まり、一度頷く。それを稲様は満足そうに眺めた。
「いつか昔に戻れっかなって思ってたけど、いい機会だ。もう、諦めて別の居場所を探した方が良いのかもしんねえな」