早寝記録

愉快式御国君人形劇場!

「うっわー。灯だ! オレの作った出来損ない!」
 愉快の部屋で、彼は灯を見て顔を輝かせた。体格のいい稲様と、身長のある灯が加わったことで部屋は大分窮屈だ。愉快の部屋は柊とか俺の部屋と同じくらいの大きさだ。俺たちの部屋と違うのは、畳の上に西洋風のベッドが置かれているところ。ベッドは白く、どこかのお姫様のものかと錯覚するくらい乙女チックで、要所要所にピンクの飾りが施されていた。
「ありがとう! ありがとう! 狐の神様が帰ってくる前に、ちゃちゃちゃ~っとやんないと!」
 愉快が満面の笑みで柊の手をぶんぶんと上下に振っている。柊は彼の勢いに引きながらも「何をやるの?」とちゃんと質問をしている。
「出来損ないに、命を吹き込むんだよ!」
「命?」
「ああ、そうさ。道に落ちてる記憶のカケラを拾い集めてね~、それを~」
 歌うように説明しながら愉快は柊の手を離し、部屋の桐箪笥の引き出しを開けた。奥の奥に、何かを仕舞っているらしくごそごそと探っている。
「あったあった~っていうか記憶のカケラとかタブーをペコっと言っちゃったけど、忘れてね! 良い子だから」
「記憶のカケラって何?」
「タブタブー。言っちゃダメだよそのワード。……と」
 愉快が両手に収まるくらいの箱を取り出した。白い箱で、中世ヨーロッパあたりにありそうな、装飾過多のもの。
「灯、おいで」
 愉快が言うと灯は彼の居る桐箪笥の前まで歩いて行き、跪いた。
「これを食べるんだ」
 愉快が箱を開ける。何が入っているのか俺達のところからは見えないが、それでも中の物が強烈に発光していることだけはわかった。灯が箱に手を入れる。摘めるくらいの大きさらしいが、光り輝いておりどんなものかはわからない。愉快も眩しそうに目を細めているが表情は満足気だ。
 灯が口を開け、光を含んだ。その瞬間、灯の体が発光し、何も見えなくなった。部屋が白で埋め尽くされ、密着しているはずの凌平の頭でさえも視認できない。不思議と眩しいとは感じず、目を閉じることはなかったから、段々と視界が開けてくる変化を体感出来た。光は徐々に薄くなり、それと同時に周りの景色もはっきりとしてくる。完全に元の視界に戻っても、発光前と発光後に違いはないように感じる。
「……何だ、ここ」
 しかし、そいつが言葉を発した瞬間、光の後の世界が嘘のような変化を遂げたことがわかった。
 さっきまで人形だったやつを見ると、目には光が灯り、不自然なほど一定だった呼吸は人間のものに変わる。そうだ。灯は、確かこんな声だった。
「どこだって良いよ。名前、わかる?」
 打って変わって愉快が穏やかに尋ねる。
「……灯」
「他、何かわかる?」
「わかるって、何が?」
「出身地とか、オレのこととか、そうだなあ、君の後ろにいる、きつね色の髪の毛の子の名前とか?」
 灯が振り返り、柊を見た。柊は言葉も出ないようでその場に硬直している。しかし、それは凌平も稲様も一緒だ。
「……わからない」と灯が残念そうに首を横に振る。
「だよね~。もうほとんどカケラも消えちゃってたし、残ってるの自我くらいだったもん。これで覚えてたら、オレの中のこの世のコトワリを書き換えないといけないとこだったあ」
 いつもぱっちりと開いている愉快の目はまるで糸で、こいつはこんなに嬉しそうに笑うやつだったろうかと疑問が湧いた。なんとなく、その笑顔は柊に似ている。灯と柊は小屋に来る前から兄弟のように仲が良かったみたいだから、もしかしたら灯は柊に似ている愉快だから仲良くなったのかもしれない。灯はカリスマ的だったが、誰かと仲良くするような人ではなかったから。
「愉快、い、今何したの? 記憶のカケラって何? この人、誰? 灯なの?」
 柊が焦ったようにまくし立てている。自分が殺したと思っていた大好きな人間が目の前にいるのだ。混乱と期待と、あとは何を感じるのだろう。御国がいなくなってから俺も人の感情についてよく考えるようになったけれど、まだまだわからないことが多い。
「灯だよ。君が何をもって個人と見なすのかはわからないが、この子の中には灯の記憶がある。記憶と言っても初期のもので、まあ、わかりやすく言うと性格かな。一般常識と彼を形成していた彼の性質のカケラを、オレの作ったレプリカの中に入れたんだ」
 灯はまだ長い眠りから覚めたようにぼんやりとしていた。
「本当に灯をくれるとは思わなかったからペラペラと喋ってしまったついでに言うと、記憶は灯の道に落ちてるよ。行き方は、火野兄弟が知っている。まあ、必要になったら使ってね」
 そう言うと、愉快は桐箪笥の一番下段から粘土の塊を取り出した。
「質問は受け付けないよ。そのうちに狐の神様が飛んで来るかもしれないからね。オレはその前に約束を果たし、灯を連れて逃げることにする」
 彼は粘土をいじり、器用に人型にしていく。柊は灯を見たまま黙っているし、凌平はそんな柊を心配そうに眺めていた。
「よし。で、最後に御国からむしりとった髪の毛を入れたら完成~」
 毟り取った髪の毛……。小さなケースに入っていた髪の毛の量は案外多い。
「ついでに言うと柊のも凌平のもカエルのも持ってるよ。拾ったり、気づかれない時にふわっと毟ったり。……はい、できたね。御国くん人形! これを、世にも奇妙な愉快劇場に放り込みまーす」
 愉快が今度はベッドの下から幅一メートル高さ30センチくらいの透明なケースを取り出した。ペットのためのゲージみたいな、そんな印象を受けた。
「知りたいのはいつ? この御国くん人形が演じてくれるよ」
 にやりと笑う愉快に向けて俺は半ば叫ぶようにして告げる。
「俺と最後に会った後から!」
「ふーん。御国くん、わかるかな?」
 愉快の問いかけに、御国くん人形はこくこくと首を縦にふる。
「時間は5分位でお願いするよ。オレには時間がないからね」
 愉快が言うやいなや御国くん人形は自ら愉快の手から飛び出しケースの中へと飛び込んだ。その瞬間、誰もどこも触っていないのに突然部屋が暗くなり、サーカスで流れていそうな音楽と、機械音声が流れてくる。
『青と別れた御国くんは、クラヤミ6号へと向かいます。柊の部屋を悪趣味だなあと思いながら、稲様の入った筒を手に取りました』
「あ、たまに本物の御国くんの感想とか入るから! オレの苦労の賜物よ~」
 愉快が補足するが、そんなの俺たちには届かない。アナウンスの音声は、なんて言った? 『稲様の入った筒を手に取り』って言ったんだ!
『御国くんは稲様を凌平に渡すため、久納の部屋に行きますが、あら不思議、久納の部屋はもぬけの殻でした。御国くんは仕方なく筒を目立つ面の傍に置き、部屋から去ろうとします。その時でした。彼は一瞬、蘇った稲様のシルエットを見てしまったのです』
「御国が、稲様を助けたのか……」
 凌平が呟く。その声は当然暗い。
『彼は慌てました。稲様の匂いが体に付いてしまったら、クチナワに自分がしたことがバレてしまうかもしれない。でも、これ以上のことを考えられないほど御国くんは疲れていました」
 ケース内が真っ暗になり、御国くん人形にだけスポットライトが当たる。御国くん人形は俯き、その場にしゃがみこんだ。
『ちょっと寝てしまおう。そうして目を瞑った時、彼を元団長がさらってゆきます。元団長は何の気まぐれか、御国くんの匂いを嗅いで満足し、彼についた銀狐のにおいの消臭までしてくれました』
 また場面が切り替わる。無数の鍵がある部屋。色小屋と箱を繋ぐ、入り口だ。
『しかし時既に遅し。御国くんを恨んでいる異形たちが結託し、クチナワくんに彼のしたことを告げ口していたのです。色小屋に戻った御国くんを待っていたのは鍵の小屋を取り囲む大勢の異形の群れとクチナワくんでした』
 そこから、御国の体験した全てを俺は穴が空くほど真剣に見て、聞いた。クチナワによる尋問と箱の中の凌辱。柊を助けたところ。
「……このあとだね」
 ひどく暗い声で柊が呟く。しかし、それからすぐに劇場は閉幕してしまった。御国が井戸に落ちたからだ。自ら飛び込んだようにも見えた。
 沈黙。
 痛いほど凍った空気だった。やはり死んだのか。井戸に落ちたとはそういうことだ。そして、劇場が終わったということはそういうことなのだろう。
「井戸に落ちたんなら死んだと思うけど、神様二人の場所は、神聖不可侵。いくらオレのお人形たちとはいえ、彼らの中はわからない。狐の団長の方も、彼の棲家だったら見えなかった。あれは、クラヤミ廊下での出来事だったから御国くん人形にもわかったんだ。何を言いたいかというと、実際に行ってみるまではわからないってことだね。まあ、白蛇様の状態によっては落ちた瞬間死ぬけども」
 愉快はケースの中の御国人形から髪の毛を引き抜くと、またそれぞれ下段に仕舞い、ケースもベッドの下へと戻した。
「さあ、オレは逃げるよ。じゃあね、ばいばい」
 愉快が立ち上がり、灯の肩を叩く。
「わけわかんねー」
 灯も立ち上がり、溜息を吐いた後愉快の後を追った。
 いなくなってしまった。俺たちはしばらく呆然と、主のいない愉快の部屋で放心していた。