早寝記録

ついえる希望の話

 味方になるのは簡単だが、味方を貫くのは難しい。味方が必要な人は何かしらの困難に直面しているし、その困難は急に育ってしまうこともある。初めは味方でも、付き合いきれないと感じたら人は割と簡単に去っていくものだ。
 しかし、おれにはひとりだけこっちから頼んでも離れていかない味方がいる。頭のおかしいおれの兄貴にいくら殴られても、おれのせいでどれだけ大人たちに怒られても、周りから罵られてもずっと傍にいてくれる奴がいる。
 そいつは今日もおれのせいで殴られた。
「最悪」
 殴られて蹴られた腹を抑えながら、舜が数日前見つけたお気に入りの祠に背を預ける。蛇の神様が祀られていたらしい祠を彼は気に入っていた。祠の中も外もボロボロの見捨てられた祠。さみしい神様に親近感でも覚えたのか、舜は毎日のように甘いお菓子を供えている。
「おれ、今日飴持ってるよ」
 言って、地面に座り祠に寄りかかっている舜に渡す。
「おお。気が利くじゃん」
 舜がおれに礼を言って飴をさっそく祠に供えた。そして、満足そうに手を叩く。礼を言うのはおれの方なのに、おれは今日も舜に何も言えない。お礼なんか言ったら、おれの為に殴られている彼を肯定してしまうことになりそうだから。
「これ、舜の分」
 何も言えない代わりに隣に座って飴を渡すと、彼はきょとんとした表情でおれを見た。
「何?」
「いや、いっつもお前そこの切り株に座るじゃん。意味わかんねえ。ケツ、汚れるよ」
「はあ? んなこと気にしねえよ」
「嘘だ。どこ行ってもおれだけ汚くなるじゃん。お前、綺麗なとこ探すの上手だし、汚れないようにしてると思ってた」
「さすがに濡れてたら避けるけど、そのくらい」
 座った地面はひんやりとしている。今日は晴れているが、木が生い茂っているから太陽の光が届かず温まらないのだ。舜はいつもこんなに冷たいところに座っていたのかと、なんともいえない寂しい気持ちになる。
 舜は、いつも何を考えて生きているんだろう。幼馴染なのに、彼の思考が読めない。友達以上に大事にされているが、なぜここまで守ってくれるのかわからなかった。きっと舜にも何か悩んでいることがある。ひとまずおれの兄貴に殴られることは置いておいて、彼はどんなことに悩んでいるだろう。
 誰もいないのを良いことに、舜に寄りかかってみる。舜の肩は温かく、触れ合った所からじんわりと全身に熱が広がっていく。
「何、どうしたの?」
「地面冷たい。お前いつもよくこんなとこに座ってられるね」
「意味はねえけど我慢はしてる」
 その時、地面に置いた手が何か冷たいものに包まれた。舜の手だ。彼の手はおれの手の甲を覆うように置かれている。寄り添い、手を重ねているなんて、誰かに見られたら誤解される。こんなところに人が来るわけないけれど、人に見られて誤解されるようなことをしているなんて、少し変な気分だ。
「きっとさあ、舜はおれが手が冷たくて死んじゃうって言ったら、どんな所でも手握ってくるよね」
「今は凌平がおれをあっためてるよ。ちょっと左手だけあったまってきたもん」
「そういう意味じゃなくてさ」
 おれは舜の前では明るく振舞えないし助けられてばかりだけど、いつかこんなくそみたいな日々を打開して、舜が悩んでいる時に助けられるようになりたい。そう強く思う。そのためには今のおれのままじゃだめだ。
 不自由だったけど、舜に覆われている右手を動かし、舜の手をぎゅっと握ってみる。覗き見た幼馴染の顔が驚きに染まり、紅潮した。不良っぽい見た目に反し初心なのだ。
「祭りの後、おれお前に言うことある」
 ほとんど思い付きで言ってみる。
「えっ。告ってもないのに振られるとか、あたし耐えられないっ」
 舜が目と手にぎゅうっと力を入れる。閉じられた目と冗談めかした言葉の中にも舜の緊張が見えた。反射的に出た「え」という声が不安を現していたから取り繕ったのだろう。今までおれは自分のことに精いっぱいで、隣にいる舜が何を考えているのかあまり気にしてこなかったように思う。舜は、今のおれたちが肩を寄せ合っているように、ずっとおれに寄り添おうとしてくれていたのに、それをおれは自分から突き放していたのだ。今更自己嫌悪に沈んだって遅いけれど。
「凌平ひどいー。その冷めた目やめてよ」
 舜が笑う。
「言いたいこと、悪いことじゃねえから安心して」
「何々? 俺の長年の片思いが報われる感じ?」
 緊張すると適当なことを言ってごまかす癖は昔から変わらない。だけど、彼の言ったことはあながち間違いではない。舜はいつもおれに兄貴から逃げろ、中学を卒業したら一緒に街を離れて暮らそう。逃げてしまおうと言っていた。おれは内心そうしたいと思いながらも屑でろくでなしの兄貴から離れられなかったし、舜にはちゃんと家族がいるから、舜から『ふつう』を奪うことをしたくなかったのだ。だから冗談言うなと言っていつも断っていた。
 だけど、舜はこんなおれにずっとずっと言い続けてくれている。一緒なら、きっとなんとかなると笑ってくれる。

 祭りの後、おれは初めてのお礼を言って、一緒に街を出たいと告げるつもりだ。傲慢な考えだが、おれは舜が絶対に喜んでくれると信じている。