早寝記録

イギョウ

 頭の中は久納でいっぱいだった。
「んんっ……」
 少しずつ、久納がおれの中に入ってくる。苦しいのか、時折後ろから息を詰める音が届く。おれの腰をつかんだ久納の手は熱く、緊張で冷えた体を温めてくれる。
 振り向く余裕はもうないが、もともと着崩されている久納の女物の着物は絡み合ううちにさらに崩れ、大きく開いた衿もとから人間離れした白い彼の肌が見えているはずだ。

 手で口を塞ぎ、腰を高く上げた状態で必死に痛みと苦しさに耐える。時間を掛けなくていい、痛いほうが良いと言ったのは自分だ。記憶がないからはっきりしたことはわからないが、誰かとこんなことをするのは生まれて初めてだと思う。だからこそ痛くして欲しかった。一生忘れられない『初めて』が欲しかった。
「痛そう……」
 久納がぽつりと感想を漏らす。芝居じみてもいない、余裕に溢れた態度でもない、普通を極めた口調。人格は変わらないが、彼はその時その時で話し方を変える。けれど、こんなに普通なのは初めてだった。
 腰から熱が消える。不思議に思い息も絶え絶えに振り向くと、久納は体勢を低くしておれの頭の両脇に両の手をついた。
「んっ、んんぅっ……」
 また深く久納が入る。足が引きつりそうなほど痛く、泣きたくないのに涙が出てくる。
「は、あっ……」
 もうだめだ。口を塞いでいた手で地面に爪を立てる。力を入れていなければ、耐えられそうもない。
 それでも時々振り返って久納を確かめる。ゆっくりと挿入を深めていく久納は、どこか恍惚とした表情でおれをじっと見つめている。
「仮に……」
「――なにっ?」
 独り言だろうか。そう思うほど内に向けた話し方だった。
「俺が君に爪を立て、綺麗な肌を貫いたとする」
「え? ――あっ、ああっ」
 それまでゆっくりだったのに一気に貫かれ、背中が反る。
「あっ、く、くのっ! いたいっ」
「痛くしてくれといったのは君だ」
 ――鬼にそんなことを言うものじゃない、と耳元で熱っぽく囁かれる。
 無理やり抽送が始まった。引きつるような痛みが絶え間なく襲ってくる。おれは、あ、あ、と久納が持っている壊れた玩具のように繰り返した。いつの間にか体は反転させられ、おれは久納に見下されながら体を貫かれていた。
 短い息を吐き、おれを女に変えながら久納が続ける。
「……君の首に牙を立て、肉を裂く」
「あっ、んっ」
 体の奥に当たる度、反射的に声が出てしまう。痛みの中にほんの少しの快感が芽生える。おれはすでにほとんど働きを失った頭で、小さな快楽の芽を追った。
「それでも、そのくらいで君は死なない。体が千切れそうになっても、気が狂うほどの痛みを与えられても苦しむだけだ」
 眼前いっぱいに広がる久納の向こう、わずかに見える天井に面が付けられていた。泣き笑いのように見える般若の面。おれがそれに気付いた途端、面は天井へと消えていった。
「君が誰かに苦しめられるのは我慢ならない。だけど――」
 久納が想像の中の何かに向けてうっそりと笑う。頬を上気させ、目を細め、焼けるほど熱い舌で唇を舐める様はきらびやかな女物の着物と相まって、高潔な娼婦のように淫靡だ。
「俺に壊される君を想像すると、興奮してしまう」
「あっ、あ、久納……」
 手を伸ばし、久納の前髪を掴んで引き寄せる。口を開くと、さっき見た熱い舌が口内に入ってきて嬉しくなった。
「ふぅ、む、んっ……」
 人じゃないからか、それともおれの性癖がおかしいのかはわからないが、痛みはすっかり気持ちよさへと変わっている。上も下も久納と溶け合い、ひとつのものになってしまいそうだった。

 ――団長、新しい仲間だよ。凌平って子。

 ふと、久納との出会いを思い出した。
 森に迷い込んだおれを柊が招き、久納に引き合わせたのだ。
 彼をおれは傷つけたのに、柊はいつも優しくしてくれた。
「んっ、あ、く、久納っ」
「気持ちよさそうな凌平も、嫌いじゃないよ」
 好きな人と繋がること。誰かの心を愛することは本来なら誰にも咎められることじゃない。
 人間たちに嫌われ、疎まれるとわかっている中、柊はどんな気持ちで稲様をその身に受けたのだろう。その時だけは幸せだったのだろうか。それとも、好きな人がいれば、もう何もいらなかったのか。
 これは、愛を確かめる行為なのだろうか。
 痛みと、それを凌駕するほどの快感がある。けれど、気持ち良すぎて苦しいし、客観的に見て幸福な光景ではないと思う。
 しかしおれは久納と繋がって初めて柊のことを少しだけ理解できたように感じる。
 暴力的な快感を一方的にもたらされることで、おれはようやく久納の一部になれた気がするのだ。

 柊は、人間に嫌われるとか仲間じゃなくなるとか、その時は何も考えられなかったに違いない。ただ、目の前にいる人のことしか見えなかったのだろう。

 おれを異形にした、愛しい男の名前を繰り返し呼ぶ。

 おれは今満たされている。共にいてくれようとした柊が筒に閉じ込められているのに、白蛇様が死にそうなのに、元団長が来るかどうかもわからないのに、考えることを放棄して享楽に耽る。