キャラ作り
赤信号はみんなで渡れば怖くないらしい。
確かにそうだ。わらわらと集団でわたっていたら車は止まってくれる。普段は弱い生身の人間が何も通さない壁になる。
その理屈は俺たちの学校にも適用される。みんなで恋愛対象に男も含めたら、なんだか自分たちはおかしくないような気がしてくる。初めは生理的に無理! と女のように拒否していたやつらも、何度か抜き合ううちに「じゃ、じゃあそろそろお尻も……へへっ」となるらしい。俺はそういった友達がいなかったからわからないが、大抵抜きあいっこからタガが外れ始める。
俺は何回か教師に突っ込まれたことはあるが、それは中2の時に何回かだったし、毎日めんどうくさいとしか思って生きていなかったから中学生の時のことはあまり覚えてない。去年ですら何をしていたかあやふやだ。意識しなければ記憶にはどんなこともあまり残らないらしい。
「迎えに来た」
「……ああ」
だから、俺は今日のことは結構先々まで記憶に残ると思う。だって、意識するから。昼間に裏庭のベンチでサボっていた時に能登は「夜迎えに行く」といったが、まさか本当に来るとは思わなかった。俺は一匹狼だと周りから思われているのだ。しかもなんか人気者だから遠くから見るべき! なんていう寂しい掟もあり、部屋に友達が来たことはない。
あれ? 考えたら考えるほど俺って友達いない? べつにいたらいたで面倒臭いがひとりも友達と呼べるやつがいないのは非常事態だ。
「福井くん」
「な、なんだよ」
「風呂入った?」
「は、え? シャワーなら」
「じゃあパンツも取り替えた?」
「え? うん、まあ」
「歯磨きは?」
「ご、夕飯食ってしたけど……」
「じゃあいいね」
能登はそう言って笑うと、俺の腕を取り歩き出した。おそらく能登の部屋。人の部屋に入ったのももう記憶の彼方で緊張した。
「俺さあ、すげー今日眠いんだよね」
「も、もう寝んの?」
「眠い時に寝る」
能登の部屋は同じフロアにあるから、こんな短い会話をしていたらすでに能登の部屋の前に来ていた。能登がドアの横についているセンサーに手をかざすと鍵が開く音がした。
「どうぞ」
先に部屋へと入った能登に促されおじゃまする。久しぶりの他人の匂い。なぜかどきどきした。香水か何かなのかほんのりと甘い匂いがする。
「なんか、甘いね」
甘い匂いに緊張は少しほぐれたが、そのせいでうっかり偉そうな口調を忘れてしまった。先に靴を脱いで玄関から小上がりに上がった能登が振り向いて微笑む。
中学の時も会長をしていたが、元会長からの引き継ぎの時、こなすべき仕事よりも会長にふさわしい態度を叩きこまれた。偉そうにして強いものと思われなければ、お前は空き教室に引きずり込まれるぞ、と毎日脅された。ゆるさは命を脅かすのだ。それから俺は偉そうにすることに決めた。引きずり込まれたくなかったからだ。幸運にも1年生の時に人見知りを発揮して、必要最低限の会話しかしてこなかったから、誰も俺がゆるいということを知らない。元会長はたった数分で見抜いたようだったが。
今の俺には多分威厳はひとつもない。だけど能登は突っ込んでこないから、俺はそれをいいことに履いていたスリッパをいそいそと脱いで、平然と部屋の中に入る。
能登の部屋は綺麗でも汚くもなかった。甘い匂いがしているが、見たところ普通の部屋だ。片付いていないわけではないが、テレビの前には最新のゲーム機が出しっぱなしになっていて親近感を覚える。
「福井くん」
「え? あ、ごめん」
部屋の中を観察してしまったことに気づき思わず謝る。
「何謝ってんの。まじで福井くん会長っぽくねえな。自信満々で偉そうなのが会長なのに」
くは、と能登がやはりえろく笑った。タレ目がちな目が細くなり、わずかに口を開いて笑う姿は、男なのに美しい。本人にはそんなつもりないだろうが、優しさと嘲りが上手に同居しているような表情だ。
「あ、気分悪くした? ごめんねー」
「別に、俺、会長っぽくないの知ってるし」
「目立ちたいタイプじゃなさそうだもんね」
「うん」
「いつもって、キャラ作ってんの?」
無神経に尋ねてくる能登を見上げる。彼はまだ顔に笑みを貼り付けている。そういえば、いつも能登は笑っている。ひょうひょうとしているといえば良いのだろうか。能登はどこかとらえどころのない男だ。
どう答えようかと考えるが、能登は多分もう気付いている。能登の前で俺が威厳を放てたことなんて皆無なのだから。
「会長は偉ぶってないとなんないんだって」
「そうなの?」
「弱いって思われたらいろんな意味で襲われるって、前の会長が教えてくれた」
「へえ。まあ、でもそうだなあ。お前、襲われても抵抗しなそうだもん」
「えー……」
失礼な、と文句を言おうとしたが、確かに襲われても抵抗しないかもしれない。殴られるのは嫌だからどうにかして逃げようとすると思うが、ケツに突っ込まれそうになったら好きにやらせるかも。痛くないなら減るもんじゃないし別に良い。反抗はめんどくさい。
「まあ、しないかも。抵抗」
「まじで?」
能登が驚き、何を思ったか俺の腕を掴み足を払ってきた。
「うあっ」
バランスを崩しソファに倒れこむ。覆いかぶさってくる能登を見上げた。能登ごしに天井のライトが見える。それにより能登の顔には陰が出来ており、イケメンがさらにイケた状態になっている。垂れ気味の目は妖しげに細められ、にやりと笑った口元には近寄らなければ気づけないほど小さなホクロがある。
「本当だ。抵抗しない」
「は?」
声を立てて笑ったあと、能登は体を密着させてきた。時折ツンと香るミント系の匂いは多分シャンプーとかそういったものの匂い。甘い匂いのする室内とは対照的だが、なぜか二つの匂いは上手に共存していた。
「ん!?」
良い匂いと思っていると口を塞がれた。視界はぼやけており何も見えない。見えてはいるが見えなかった。息苦しいというか、なんか口に押し当てられている。あたたかい、乾いたもの……。
(能登くんの、アレだ……)
認識した瞬間恥ずかしくなった。お恥ずかしい話、会長なんてものをやってはいるがキスは初めてだった。教師と寝ていた時でさえやってない。ていうか、今思えばあの教師は後ろからしか突っ込まなかったし、よく枕に顔を押し付けられていた気がする。そして、今は俺とよく似た体型のやつと付き合っている。俺が髪の毛を染める前は、よく周りから顔は似ていないが背格好が似ていると言われていた。あれ? もしかして俺そいつの代わりだった? その教師のことなんて少しも好きじゃなかったが、こうなるとなんかもやもやする。それは今俺が幸せじゃないからだ。あのふたりは今すごく幸せそうでそれを思うとどす黒い感情が育っていった。なぜふたりのことを知っているかというと、教師と付き合っている男が生徒会で一緒の会計と友達だからだ。
こんなことを考えている内に、唇を押し付けるだけのキスは終わった。
能登がにやりと口の端を吊り上げて俺を上から見下ろしている。能登の部屋で押し倒されているという状況は俺にとって不快なものではなかった。男と寝れるのだからバイかゲイかは知らないが俺にはそのケがあるのだろうし、能登のことを格好良いと思うくらいだからタイプなのかもしれない。
自分のことなのに性癖もタイプもよくわからなかった。それはきっと今まで面倒くさいと考えることを放棄していたから。
(嫌じゃないなら、ま、いっか)
それもこれもどうでも良く、無意識に能登の腕を掴んでいた手を離し、体を弛緩させた。