ねてればいいのに
若者の乱れた性……。よく聞こえてくる言葉だが、それを体現してしまった。
陽の光がカーテンに透け室内に届く。布で隔てられた光は弱々しいがそれでも朝の訪れを教えてくれる。
いつ眠ったか、どうやって眠りに就いたのかは覚えていないが、ふと横を見ると能登が眠っていた。
眠いのに、なぜか目を開けてただ天井を眺めていると段々と記憶がはっきりとしてきた。ソファで性の乱れを体現してから、能登が使う前に浴室を借りて適当に体を洗ったんだった。それで、ベッドを使う許可も得ないままもぐりこんで寝た。
時間はわからないが、まあ、いいだろう。能登は風紀委員で授業免除の特権もないから程よい時間にアラームが鳴るはずだ。
めんどうくさいが、俺も授業に出よう。たまには出ないと授業についていけなくなる。テストで8割を下回れば特権がなくなるから、ほどほどに勉強しないと。
こんなことを考えながらぼんやりしていると、いきなり犬の鳴き声が聞こえ心臓が砕けそうになった。
「ん、お……」
能登が眉を寄せ喘ぐ。
「おきる……」
唸るように言って、能登が目を閉じたまま起き上がった。いつもつややかな黒い髪は重力に逆らい、いつも俺のことを見透かしていそうな目はぎゅっと閉じられている。
「お……きれない」
能登が勢い良く倒れまた枕に頭が乗る。その様子に驚き起き上がり、ベッドから下りて能登を観察する。面白い。俺はリビングに戻り、テーブルの上に置いていた電話を手にとりカメラを起動した。そして現在の時間を知ったが、まさかの6時。能登とは2年になって同じクラスになったが、それほど早く登校する印象はなく、むしろ予鈴ギリギリに教室に入ってきていた。おそらくアラームと思われる犬が吠える声は依然として聞こえている。
「お……きる」
能登が自分に言い聞かせるように体を起こしては寝っころがる。繰り返されるそれを俺はムービーに収めた。
5分同じことを繰り返し、能登が動かなくなった。近づいてベッドに横たわる能登を見下ろすと彼は完全に寝入っていた。犬の鳴き声が止まる。
「……能登君」
床に膝立ちになり能登の肩を叩く。
「う、ん……」
「能登!」
能登は起きず、今度は頬を摘んで引っ張る。
「ふー」
能登の口から息が抜ける。
「アラーム止まったって!」
起きない能登に焦れ、その肩に腕を差し込んで無理やり抱き起こすとようやく能登が目を開けた。いつもの3分の1ほどの大きさしかないが、他のパーツも整っているからか全くブサイクではなく感心する。
「……福井……」
「おはよう」
「……ああ、うん……」
能登が起き上がったまま目をつぶる。俺もそろそろ面倒になってきて能登を放ってベッドから下りた。ケツに痛みが走り少しバランスを崩したが、踏ん張らずに転んだほうが面倒だと思い頑張って踏ん張り体勢を立て直す。俺の行動の選択は面倒か面倒じゃないかに分けられている。自分でもこの思考は好きじゃないが、こういうことを考えるのさえ面倒臭くいつもどうでもいいかで済ませている。
リビングに出てまずソファが目に入ったが昨日の情事が思い出されたため、ソファを避けて床に座った。意外だったが床は白いもふもふしたじゅうたんが敷かれていて座り心地が良く、俺の裸足のままの足がふわふわに包まれる。
膝を抱え、頭を乗せて目を閉じる。まだ6時だ。昨日は結局早く寝られなかったから俺だって眠い。これじゃ朝から授業に出たって居眠りしてしまう。
(つうか、俺大丈夫かな)
会長になってからさぼれる授業はほぼサボっているからクラスメイトの顔も朧気だが、そういえば今年は能登と同じクラスなのだ。このまま登校すれば教室に能登がいる。今は10月。4月に同じクラスになってから半年が経つが、喋ったことはない。長い夏休みが明けて9月に会長になったが、授業免除がないため授業にちゃんと出ていた4月から夏休み開始までは人との接触を極力避けて過ごしてきた。面倒臭かったのもあるし、中学の時も名ばかりの生徒会長をしていてその時から俺の「キャラ作り」は始まったから、今でもあまり他の生徒達から話しかけられることはない。
人付き合いなんて小学生以来していないと言っても過言ではない。
だから、能登とこんなことになってどちらかというと好意すら覚えてしまい、今までの偉そうな態度を貫けるとは思えなかった。
能登のせいだ。あいつが昨日俺に馴れ馴れしく話しかけたからだ。それで嬉しくなってこんなことになってしまった。
話しかけたきっかけはこの前の全校集会だと思うが、どうせこんなの気休めだから能登を悪者にしておく。
ぺたりと音がして寝室の方を向くと、服に手を突っ込んで腹をかきながら目をこする能登が出てきたところだった。
「……おはよう」
髪はぼさぼさ、ズボンは右足だけなぜか膝までめくれていてだらしなく、大きな口を開けてあくびをする能登に声をかける。
「はよー……。なんか、福井君のおかげで早起きできたわー」
言いながら能登は昨日俺がアラレもない姿を披露したソファに倒れこむ。そうして目を閉じた。
「また寝んの?」
「ねたくないんだけどねー……。どうしても朝は……こうなって……」
「ふーん」
「なー」
「何?」
「……なんかしゃべってよ。ねないように……」
「面倒くさい」
「ひでー」
瞬間、寝息が聞こえてくる。
気持ちよさそうに眠る能登を見て、別に起きなくても良いのに、と思う。授業に出たいなら、ご飯とか髪とか全部諦めて8時すぎまで寝てれば良い。能登がどの程度起きられない人種かわからないが、6時に起きるより8時に起きたほうがいいんじゃないのか?もしかしたら6時にアラームをセットしなければ8時になっても起きれないのかもしれないが、もしそうなら俺なら授業自体を諦める。
(こんなんだからだめなのか)
幾度も思ったことをまた自覚する。だけど、それは卑下する気持ちではなかった。生徒会役員じゃなかった時も俺はサボっていたが、誰にも迷惑をかけていなかったと思う。
人の迷惑にはなりたくない。でも、社会人になったら面倒でも働かなければならない。働かないで生きることは人に少なからず迷惑をかけるということだから。それを考えると生きるのがイヤになるほどうんざりした。
できることなら空気になりたい。