可愛い方の会計
世界が沈黙で支配されている……。
いつも騒がしい校舎内は異世界に飛んだかと思うほど静かで、周りの生徒たちは時が止まったと錯覚してしまう程じっと俺達を見ていた。
彼らの足元に根が張っているかもしれないと半分本気で彼らの足元を見るが至って普通で、木の根も無ければ何もない。各々の高価そうな靴が見えるだけだ。
休み時間5分前になったところで能登に「次は移動教室だよ」なんて言われ連れ立って歩き出したは良いが生徒たちの目が痛い。能登は慣れているのだろうが、俺は普段人前にあまり出ないからこんなにじろじろ見られるのに慣れていないのだ。ただひたすらに居心地が悪い。
だけど、隣に能登がいることが俺をおかしな気持ちにさせていた。見られるのは不快なはずなのに優越感と言い換えられる変な高揚感に包まれていたのだ。こんな自分が嫌だったが、自然と湧き上がる感情は受け入れるしかない。
「会長!」
その時、ひとりの生徒が周囲のどよめきを引き連れて俺達の前に飛び出してきた。
「浜名……」
可愛い方の会計の浜名だ。会計は二人おり、「格好いい方」と「可愛い方」に見事に分かれている。格好良い方の会計である東海は若干チャラついてはいるが甘く整った顔立ちをしていて、なんかいい匂いがする。可愛い方の会計で、今俺の前で目を吊り上げて立ちはだかっている浜名は、このように怒っていてもどこか可愛らしい印象を受ける。
「会長! なんでこんなとこにいるんだよ!」
ただ、口は悪い。
「次、移動教室だから」
「んなこと聞いてるんじゃねーの!」
「じゃあ、何を」
「僕ら2時間目のあと会長が生徒会室行くって言ってたから待ってたんだよ! この前固く 打倒能登を誓い合ったのに仲よさげにしててさあ! 僕らには聞く権利があるよね!」
「あ」
「仲良さそうに見えた?」
能登が割り込んでくる。打倒能登とか訳の分からない言葉が聞こえてきたというのに彼は特段反応もせずにこにことしていた。気にしていないのか何か思う所があるのか、感情が読めないことになんとなくもやもやする。
「君は黙ってて!」
「浜名そういうけどさー、俺も足止めされてんだから会話に入ったっていいじゃーん」
ふたりのやりとりをBGMに、俺は何を言うべきか考える。「場所を変えよう」は、改まって場所を移してまで話し合うほど大層な話題でもないのに大袈裟だし、カッコ悪い。そもそも、浜名はさっき打倒能登を誓い合ったと言っていたが、そんな事実はないから訂正したい。でも、今更蒸し返すのもカッコ悪い……。どうしようかな……。なんか、考えないといけないことはわかってるけど何を考えなきゃいけないのか……。今まで生きてきてこんな場面なかったし、初心者にいきなりこれは難しい……。ああ、面倒くさい。なんで俺こんなとこで衆人環視の中ぐちゃぐちゃ考えてんの。何を言うにしてもとりあえず偉そうにしとけばいいか。
「ちょっと、会長! 無視しないでよ! 聞いてんの!?」
浜名が俺の両肩を掴み揺さぶってくる。いきなり肩を掴まれて驚いたが、偉そうにしよう。
「聞いてなかった!」
「自信満々に言うな! とりあえず、行くよ!」
より偉そうに言い返され、ぐっと言葉に詰まる。
「な、なんでそんなに……。そもそも、浜名には関係ないじゃん」
「ねーよ! でも抑えきれないんだよ、この好奇心!」
「え、えー……」
「ほら、行くよ」
浜名に腕を引かれ、俺は不可抗力で踵を返した。
「待って」
「あ」
右腕を逆側に引かれ振り向くと能登が穏やかな微笑みを浮かべながら俺の腕を掴んでいる。これは両方から引っ張られて大の字になるフラグだ。
「浜名さあ、授業パスしてまでやらなきゃいけない仕事あんの? なかったら、授業に出ようね。そういうとこからさらに風紀が乱れてくんだよね―。生徒会がちゃんとしてくれなきゃダメじゃね?」
「うっ」
「うわ、正論……」
浜名が悔しげにたじろいたのを視界に入れつつ思わずつぶやく。俺はこの時能登が風紀委員長だったことを思い出した。それまではこいつの言動があまりにも風紀委員長からかけ離れていたからすっかり失念していたのだ。
「福井くんそのうわって何?」
「いや……」
「会長!」
「何?」
「放課後生徒会室! 待ってるから!」
「ああ……。うん、わかった、けど、別に話すことねーよ」
「僕たちはある!」
「そう……」
浜名が掴んでいた俺の腕から手を離して走り去る。彼はいつもハイテンションだが、特にテンションが高かったし、人にじろじろと見られていることもあり疲れてしまった。
「さ、行こうか。福井くん」
「ああ、うん」
生徒たちが見守る中、能登とふたり並んで生物実験室を目指す。
外を通って行く道もあるが、能登は一般棟から実技棟の渡り廊下を抜ける道を選んだ。
この方が近いが、この道を選んだ結果生徒数も多くどこを歩いても人がいるからただひたすらじろじろ見られるはめになった。それでも能登はなんだか嬉しそうな表情をしている。そもそも能登はだいたい笑っているが、表情筋が疲れないのだろうか。俺だったらとうの昔に目元やら口元、頬とかが攣っていると思う。
能登はのろのろと歩いていて、浜名によって足止めを食らったことも有り実技棟に入った所で予鈴が鳴ってしまった。生徒の数は目に見えて減って大して良いが、良いのだろうか。
2時間目の終わりの様子とか、さっき浜名に注意していたのを考えると、ちゃんと風紀委員らしく真面目に過ごしているようなのに。
いらない心配をしていると、前を向いていた能登が俺に目をくれた。この時になって自分がずっと能登を見上げていたことを知る。
「ばれてんだね」
「え?」
意味の分からない能登の言葉。
「浜名に、福井くんが怖いやつじゃないってこと」
「あ、ああ。でも別に、生徒会のやつらには怖いとか思われてないと思う」
「っていうか、ただ偉ぶってるってだけなのも気付かれてるよ」
「え!」
衝撃が走る。
「いや、そんなはずはねえよ……。俺、ちゃんと胸とか張ってるし、今よりも早口で喋ってるし、能登くんだけだって。俺がこんなんだって知ってんの」
「そうだったら良いんだけどさー」
実際はそうじゃないと思う、と含みのある笑顔で言われ、俺は否定できなくなった。
でも、もし浜名が俺がこんなんだってわかってたとしても、別にいいのか。だって、今までの浜名との関係は別に面倒くさいものじゃないから。