早寝記録

ふくいちょろい

 カーテンは遮光だ。夜はより暗いし、朝に陽の光に眠りを邪魔されなくて済む。だけどやはり目が慣れれば周りは見えるから、俺は今真後ろでバカなことをしている男がどんな顔をしているのか確認したくなった。
 それなのに振り向くことすら許されない――
「の、能登……!」
「なーにやらしい声出してんのー?」
 能登の吐息が首筋をくすぐる。能登が俺の腹に回した腕の力が強められ、変な気分になった。能登は抱き枕の使い方を確実に間違えている。
「やらしい声なんか、出してねえよ……!」
「あれ? 俺耳悪くねえはずなんだけどなー」
「能登! そこ!」
 能登が手を伸ばしたそこには俺のアレがある。ほら、男子高校生なら息を吹きかけられただけで元気になるやつ。
「ここ良い?」
 ふ、と耳に息を吹きかけてくる能登は絶対に確信犯だ。ヤらないって言ったくせにズボンの上からこすってくるしなんか息吹きかけてくるし、こいつは嘘つきだ。
「やめろよぉ」
 ひどく情けない声が出た。能登の手をよけようと腕を動かしたいが、俺の前をいじっていない方の腕でがっちりとホールドされていて動かせない。運動はたまの体育だけ。しかも運動神経も良くないし筋肉もあまりない俺が勝てる相手ではない。能登は細いがなんていうのか締まった体をしているし、ケンカもすごく強いと言われている。そりゃ、恨みを買いやすい風紀委員のトップにいるのだから、襲われても勝てるようなやつじゃなきゃ務まらないか。
「福井くんすげー。俺が福井くんポジションだったらとっくに完勃ちで挿れてくれ~って可愛く縋り付いてるわ」
「ぐりぐりしてるだけで、そんなになるかよ、あっ、ありえない、ってえ……」
 能登の手が下着の中に入ってきて、少しかたくなってきたものを握った。
「や、やらないって、あっ、言ったじゃねえか」
 先っぽをこすられ思わず喘いでしまう。
「福井くん感度高いね。男のくせにすぐ喘ぐ」
「あ、能登、耳やだ」
 能登の熱い舌が耳を愛撫する。噛まれ、優しくなぞられ、もうわけがわからない。
「本当、福井くんって耳元とか首辺り弱いんだねえ。昨日も息吹きかけながら突っ込んだら大きくしてたもんなあ」
 ここにさあ、と尻の割れ目をなぞりながら能登がまた俺の耳元で囁く。そこである事実に気が付き愕然とした。いつからか、腕の拘束は解けていた。それなのに俺は気づかずいやだいやだと思いながら気持ちよさを追っていたのだ。
 前と後を同時にいじられ引くつくが、なんとか悟られないように平静を装う。
「別に、俺は、」
「んー? 何? 耳弱いの認めねえの?」
「だって、お前がっ――」
「俺が、何?」
「お前がっ変な触り方するからじゃん!」
一気に言った。一息で言わないとおかしな声が出そうだった。
「ていうかさあ、抱き枕は普通しゃべんないよねー」
「は?」
「抱き枕になってくれるって言ったじゃん? 言ったからには職務を全うしてよ」
「つうか、俺が抱き枕なら、お前、え?」
 こいつなんなの? 王様? いや、ストレス溜まってんのか? だってなんかすごく理不尽だ。
「や、ヤんないって言っただろ、あの、昼」
「ほら、しゃべんない」
「んっ」
 能登が後ろから手で口を塞いできた。ありえないほどの密着に暑くもないのに全身が隈なく火照る。こいつは何をしたいんだ? 俺をからかいたいだけ? それともまたやりたいのか?疲れているのは本当だろうが。
 ああ、面倒くさい。考えたくない。
「ふっ、ん……」
 それなのに、能登が熱い舌で首もとをなぞるから何も考えないようにしているのに強引に意識を持っていかれる。なんでなんでとはてなが増える。
「やべー。このままじゃ勃つわー」
 何を考えているのか、能登の指が俺のあらぬ穴の中に入れられる。やばい! 俺はすぐ後ろにいる能登に向かって首を動かした。
「ふごっ」
 後頭部にふにゃけた感触。ちょっと固い。軽くでも顔を頭突かれ驚いたのか能登の手が口から離れた。そのすきに俺は自分でも驚くほどの素早さで体を翻し能登と向き合う格好になった。
 能登はというと鼻から口にかけてを手で覆っている。
「いってーよ」
「強くぶつけてねえじゃん」
「ドメスティックなあれだって。ひでー」
「おっ、お前は枕舐めんのか!」
「うん。普通にやるけど?」
「お、お前は抱きまくらを、そのっ」
「俺抱きまくらは抱いて寝る派。あ、もちろん抱くって性的な意味で」
「は?」
 だめだ。何を言っても躱される。
「って冗談だよー」
 はははとなんの説得力もない顔で能登が笑う。
「ごくごく普通に福井くんにムラムラ来たから躊躇なく襲いかかっただけだって」
「毎日は無理だって言ってたじゃん!」
「うん。そう思ったんだけどさ」
「俺は無理だよ。つうか、なんか、一回目は流せるけど、に、二回目からは洒落にならないっつうか……」
 ベッドの上に正座し、俺が起き上がったせいでぐしゃぐしゃになった毛布を恥かくしに掴むと余計恥ずかしくなった。大の男がまるで女の子のように恥じらっている。気持ち悪い。俺は男と寝れるけどオカマじゃないのに。
「男同士だから別にいいんじゃねえの?」
「え」
 ベッドに肘をつき手で頭を支えるリラックスした格好で能登が言う。本当になんとも思っていないような口ぶりだった。
「お、俺、風紀委員長は乱れてるとかそんな噂聞いたことねえから……びっくりだよ」
「乱れてねえし、俺」
「ええっ」
「男に興味ねえから誘われても断ってるもん」
「えっ。お、お前じゃあ俺のことなんて思ってるんだよ! 見ただろうがあの、あれ付いてんの!」
「何もお前が女だなんて思ってねえよ。バカだなあ」
「あ、そ、それになんか聞き捨てならねー言葉聞こえたけど俺昨日別に誘ってねえよ! お前が足払ってきたんだ!」
「いや、誘われた」
「それはない!」
「だって素とか出されたらさ―、俺って特別かも? って勘違いしてなにこいつ可愛いかもってなるじゃん? それって誘われてるのと一緒だと思わねえ?」
「え? 思わねえ……」
「今だって、やる気なかったんだけどさー」
 ふ、と能登が微笑む。いつか見たやけにつやのある笑顔。この顔が俺は好きらしく、見せられたら最後従ってしまいたくなる。
「福井くん、すっげー可愛いから」
 だからしょうがないよねと言われて、俺はからかわれているのも知ってたし能登がこんなことを軽く言うことに対しても小さな怒りを覚えていたが、そんな胸中とは裏腹に俺はまるで絶滅危惧種の乙女のように、赤くなった顔を掴んだ毛布で覆った。
 毛布を抱き寄せ膝に顔を埋めて10分程だろうか。初めは羞恥心を隠すための行為が、数分で無になった。寝ているわけではなかったが、恥ずかしがるのも面倒になり、能登が静かなのを良いことにただぼうっとしていたのだ。隣に人がいることが、なんとなく嬉しかった。
 能登は黙って何をしているのだろうかと落としていた顔を上げて能登を確認すると、彼は彼らしくない無垢な寝顔を晒していた。
 やはりこいつは寝ている時だけは可愛いらしい。
 しかも、俺がこっそり彼の頭あたりに足を落としながらベッドから下りても起きないところを見ると、10分で完全に寝入ってしまったようだ。
 リビングにはソファがある。寒いのが嫌いだから毛布も用意している。
 疲れている能登にベッドを譲り、俺はリビングで眠ることにした。
 気を遣える男になったようで、夜中辺り能登がトイレにでも起きて 俺を心のなかででも褒めれば良いのにと思った。

 かすかに聞こえる犬の鳴き声で目を覚ます。寝起きは別に悪くない。一度目を開けて何かを思考すれば割とすぐに行動できる。
 時計を確認するとやはり朝の6時だ。
 寝ていたソファから起き上がり、能登が眠る俺の寝室へと行くと、能登は眉を寄せ目覚まし代わりの電話を手に唸っている。
 能登の手から電話を取り目覚ましを止めると、彼はまたすぐに眠りに落ちた。まだ6時。あと一時間は余裕で寝ていられるだろう。昨日ベッドに忘れた自分のアラームをリビングにあるさっきまで俺が寝ていたソファの下に置く。俺は寝付きも悪くないからすぐにまた眠れるだろう。
 あと1時間寝て能登を起こしてやろうと決意しながら俺はソファに寝っ転がった。