やめられない止まらない
はじめに説明しておくと、俺と北上の付き合いは中学1年の時に遡る。俺は人見知りと面倒くさがりを発揮して誰とも付き合わない一般生徒で、北上はクラス委員長だった。
彼は一言で言うと優等生。実家がなんとか道の、着物が普段着のような素敵な家柄で、物腰も柔らかく誰にでも敬語を使っていた。個人的な交友とまでは行かないが、二人一組を作れという酷な命令を教師がして来た時は、いつもどこからともなく現れて俺と組んでくれた。
中学生の時も今と同様会長と副会長というのは変わらず、彼は大体俺の代わりに色々なことをしてくれていた。
俺にもっと積極性と自信、それからやる気があったらおともだちの申し込みをしていただろう。
要するに、頼りにしているし好意を抱いている。
だから能登に対する北上の勢いに俺は圧倒されるばかりだった。彼はそこらへんの不良が尻尾を巻いて逃げ出さんばかりの迫力で能登を睨んでいるのだから。
「どこから聞いていた」
北上がどすの利いた声で能登に問う。当の能登は、いつもの余裕いっぱいの表情で笑みを浮かべながら俺の向かいに座っている北上を見下ろしている。
「どこからかなー。お前のヤクザばりの『手を出されているのではないだろうな!』はしっかり聞いてたよ。『ヒィ!』も」
「そこからなら話は早い。お前は金輪際福井に近づくな」
「なんで?」
「お前の瘴気にあてられて福井が腐る」
「まあ、北上がなんて言おうとそれは福井くんが選ぶことだからー? なんとでも言えってやつだな」
俺には目に見えないものが見えていた。ふたりの間に走る、稲妻的なもの。それはバチバチと音を鳴らし、空気を引き裂いていた。心なしか、空気のように軽くちゃらいと噂の大神でさえちゃらついた笑顔の下に緊張を隠している気がする。
「て、ていうかさあ、北上キャラ違うよねー! 大丈夫? お茶でも持ってくる? それともにぼし?」
「ああ、こいつ猫かぶってるからね。最低だよね、猫かぶりって」
「お前もだろ」
ピリピリした空気を嫌う東海の渾身の発言を、能登が笑顔で無に帰した。
「というよりも僕は猫なんか被っていない。いつでもどこでもお前と話す時はこうなるだろう。へらへらして良い人ぶってるお前こそ最低の猫かぶりじゃないか」
「ふざけんじゃねえぞクソがと言いたいところだけど、まあ良いや。俺もさあ、北上相手だとどうも感情のコントロールが難しくてなあ」
不快感を隠さずにいる北上よりも、にこにこと穏やかに話す能登に恐怖を覚える。ていうか……。
「き、北上と能登く……能登って、仲悪かったんだな……」
「そうだねー。福井くんが今北上の名前を先に出したことにハラワタが煮えくり返りそうなくらいには嫌いかな」
「僕も、福井が能登の名前を僕の後に言ったことに対して歓喜の拳を突き上げたいくらいには嫌いですね」
「そ、そっか」
でも、ふたりの仲が悪いことを考えれば集会の時などに北上が険しい顔をして能登を見ているのにも合点がいく。能登が俺よりも人気があるのが原因だと思っていたが、仲が悪いからか。
「つうかさ、俺も知らなかったんだけど、お前ら元から知り合いなわけ? 今までクラス一緒になったこととかあるっけ?」
中学生の頃から能登と同じ風紀委員だった大神もふたりの関係を知らなかったようで不思議そうな顔をして尋ねている。
「幼馴染なんだよ。この言葉、なんか親しみがこもってる気がして嫌いなんだけど」
「そうですね。3才頃から知ってますが、3才の頃からずっと仲が悪いです。逆・運命の相手ですね」
「んなことはどうでも良いけどさー、折角俺福井くんと仲良くなったのに、それを邪魔すんのはどうかと思うよ。お前にそんな権利ないし、ちょっと牧場行って馬に蹴られてくれば?」
「友達として、福井がお前の手に落ちるのを黙って見ているわけにはいかない。長期休みに地元に帰っては自由かつ暴力的に日々の鬱憤を晴らしているじゃないか。その晴らし方を見ている身としては 福井を任せることは出来ない。ちょいと遊んでぽいだろう」
「売られたケンカは買うけどさー」
「自らすすんで売りに行くだろ。バーゲンセールかと思う時があるぞ」
「はっ、寒いなあ」
「現に夏休みだって、」
「北上さあ、今の時代プライバシーの侵害で訴えたりできるらしいんだって知ってる? 俺はよくわかんねーけど」
「……僕は福井がお前に泣かされるのを避けたいだけだ」
そこで北上は、呆然とふたりを眺めている俺に向き直って言い放った。
「真実を伝えてもなお福井が能登に手を出されたいと思うのなら仕方がない」
言われた言葉を脳に収める。そうしたら、何か、受け入れたらいけないような言葉が聞こえたことがわかった。
「い、いやっ、ていうか俺っ、べ、別に能登に、て、てっ」
「……しゃべんないほうが福井くんのためには良いんじゃないかな。俺は別に良いんだけどさ」
「いや、ていうか、なんか」
「ま、北上からこの後何聞いてもいいや。でも、嫌いな相手のことをしゃべる時って色々あやを付けたりするから、そこだけ念頭に入れて聞いてね」
「僕は真実しか話さないけどな」
「嘘つきってたいていそう言うよ」
だめだ、と思った。俺の一ヶ月分くらいの会話が二人の間で繰り広げられているが、きっと誰かが止めなければ俺の一年分の会話量をゆうに超してくるだろう。
現に、俺がこんなことを考えている間にもふたりはああでもないこうでもないと言い合っている。
その時、能登の少し後ろに控えている大神が自身の腕時計を確認したのが見えた。そして能登の背中をちょんちょんとつつく。
「そろそろ時間だ」
「え? ああ。変なのに引っかかったからなあ」
あからさまにため息を吐いて、能登が俺を見る。
「俺、生徒会に報告に来たんだよね。目的、忘れかけてたけど」
「ふん。おまっ」
また突っかかりそうになった北上の口を、浜名が塞いだ。
「まず、今日の昼に食堂で起きたバカな問題の報告書と、11月1日にまた転校生が来るけど、それは風紀委員で対応しますというお知らせ」
いつもの調子で言って、能登は机の上に数枚の用紙を置いた。表紙には、今日の日付と報告書という文字が書いてある。
でも、それより何より後者の言葉が俺達を黙らせた。
ふごふご言っていた北上も、黙って眉間にしわを寄せて厳しい顔をしている。
転校生――俺達の今一番嫌いな言葉だ。