早寝記録

最終確認

 翌日、いつものように能登を起こしてからちゃんと登校する。
 でも、寮を出て能登と別れた所で昨日俺が迷惑を掛けた風紀委員、大神が俺の行く手を阻んだ。
 風紀室がある棟へ向かった能登の姿がだいぶ小さくなった頃に現れたからおそらく能登には知られたくないのだろう。
 美しい白銀の髪が、撫でるように吹く朝の風に靡き揺れていた。能登は俺の髪の毛をキラキラしていると言ったが、大神のこの色のほうがずっと綺麗だ。穢れのない雪原のような印象を受けた。
 だから良くも悪くも大神は目立つ。それに一応人気で会長をやっている俺と一緒にいるのだ。一般の登校時間よりも早いとはいえもうちらほらと学校に向かう生徒の姿があり、彼はみな俺達を興味深げに見ていた。
「ちょっと話があるんだけど」
 注目を集めていることに気付いているのかそれとも気にもしていないのか、彼はそう言って俺に付いてくるように促した。
 断る理由もないためひとつ頷きを返し彼についていく。
彼は能登が向かった方向でも教室がある方でもなく、吉原が破天荒な転校生・駿河を説得したと言われているかつての寮へと向かっているようだ。尚、そこは様々な心霊現象が起こるという噂があり常に人気はない。不良がいけないことに使っていそうなものだが、そういった噂と他にもたくさんそういうことができる場所があるため本当にここには人の姿がなかった。
 手入れもあまりされておらず、木造の寮の脇には木が剪定されずに密生しており気温以上の冷ややかさを感じる。その隙間から今にも人ならざる者が出てくるような気配がし、辺り一帯には爽やかな朝とは程遠い雰囲気が漂っていた。
 それでも大神はずんずんと寮の方へと進んでいく。
 人並みの恐怖はある。しかし、俺は人並み以上の人見知りだ。
 引き返したいとか、違う場所が良いとか言える勇気はない。だから見たくもないのにきょろきょろしながら大神に付いていくほかなかった。
 大神が寮の正面玄関前へと到達した。そこで彼は振り向き、石段へと腰を下ろす。彼の後ろには絢爛な造りの扉があるが、その窓の奥は暗くうっすらと中が見えている。
 俺は見ないようにして彼の隣に座った。寮に面している背中が寒かった。
「ここ、なぜか人に会わねえから好きなんだよなあ」
 大神が彼に似合わずのんびりと言う。
「そうなんだ」
「ああ。歩かせちまって悪いな。別に込み入った話ってわけでもないから安心してくれよ」
「うん」
 肩から掛けていた鞄を外し、膝に抱く。少し恐怖が薄れた。
「話ってのはさぁ、転校生のことなんだけど」
 大神が言いにくそうに話を切り出す。
「転校生って、駿河?」
「まあ、全般? 俺意外にまじめちゃんだから今まで来た転校生について調べてみたんだよ。結構昔からのやつ」
「……すごいな……」
「年に一回とか、ない年もあるから別に大変じゃなかったけど」
 良い話でないことはわかっている。わざわざ俺を呼び止めて「転校生はいいやつっぽいよ!」なんて言うはずがないのだ。どうせ次に彼の口から出る言葉はマイナスなものに決まっている。
「一番多かったのが、ちょっと犯罪スレスレ……っていうかすれすれじゃねえんだけど、そういうことをしでかしたけど親の金で何とかなった奴。そういうのが来たりしてた」
「……へ、へえ」
「ああ。駿河は違ったけど、まあ、大体こんなんだったよ」
「そうですか……」
「次に来る奴の情報が来ねえからなんとも言えねえんだけど、それでも生徒会でやんの?」
 それは純粋な疑問に思えた。なんの裏もないように感じられたのだ。俺は今すぐに風紀でお願いしますと頭を下げたかった。
「今までは生徒会で対応してたって聞いたから。だから生徒会でもなんとかできる状態に落ち着いたやつが来てたんじゃねえの」
「いや、今までの生徒会って顔もいいけどケンカも強かったんだよ。昔はチームとか流行ってたじゃん? それの総長とかが生徒会長ってのが多かったらしい。会長じゃなくても強いやつは必ずいるみたいだったな。今の生徒会って絶対弱いだろ」
「……書記が弓道部」
「弓で戦うのかよ。できるできねえよりも、当たったら大惨事だろ」
「……そうか」
 実際、こういう相談は俺よりも北上にして欲しかった。俺はこういう説得につい屈したくなるし、冷静適切な判断力も持ち合わせていない。生徒会のメンバーにこんな性格だということを知られていないと思っていた以前の俺だったら、素直に大神の申し出を受けていただろう。そして皆には、風紀がやってくれるって言ったんだから良いじゃねーかとかなんとか偉そうに言って、転校生を風紀委員に任せていた。でも、バレているとわかってしまったからもうそんな偉そうに言えないし、それに能登とも近くなってしまった。
 風紀委員をこれ以上働かせたら本当に能登が倒れてしまう。今でさえ彼らは働き過ぎておそらく学生の本分を忘れているだろう。
「でも、まあ心配してくれなくて良い。暴れられたら助けを呼ぶと思うけど……」
 大神は黙って聞いていた。そして、彼は目の前に広がるお世辞にも爽やかとは言えない木々たちに目を向ける。俺も彼の視線を追って後悔した。垂れ下がり葉をつけていない枝の不気味さにやられてしまった。
「次の転校生はなんとしても押さえつけたい」
「……おさえつける?」
「どんな奴が来ても、『良い子』で過ごしてもらうんだ」
「……そりゃ、そうだけど」
「駿河の件で身に沁みたが、風紀の信用が落ちると、すっげーやりにくくなる。能登が矢面に立つ場面が多かったし、それから頑張って立て直したけど、次の転校生がまた学校を引っ掻き回すことになったら、誰も風紀の言うこときかなくなるよ」
「そうかもね」
「かもじゃなくてそうだって。一時期なめられた時、ケンカの仲裁に入っても俺達が標的になったりしたし、余計学校が荒れた。だから、何か起こる前に絶対風紀を呼べよ」
 わかったな、と念を押される。
 大神と話をしていて、こいつは能登のことを心配しているんだと気づいた。
 能登が矢面に立つ場面、と言った時彼のやりきれなさが隠しきれずその表情や声ににじみ出ていたから。
 大神は遊んでいるという話だし、ちゃらちゃらしていて軽いと評判だ。それなのに、と続けていいかわからないけれど、こんなに一生懸命で面倒くさいと思ったりしないのだろうか。
 それがわからなかった。一生懸命だから面倒くさいとは思わないのか、面倒くさいけどやるべきことだから一生懸命になっているのか。
 俺だって面倒くさいことでもやらなければいけない時はちゃんとやるが、彼らみたいに一生懸命はしない。
 そもそも、なんらかの行動を起こすためには面倒臭さに打ち勝つ必要があり、どうしても頑張る必要がある。
 よく生きるのさえ面倒くさくなるから、こうして学校に来ていることを褒めて欲しいくらいなのだ。
 だけど、それが一生懸命な人をないがしろにして良い理由にはならない。面倒くさがりだからこそ、一生懸命な人は讃えなければいけないと思っている。
「絶対教える」
「ああ」
 まかせたぞ、と言われてしまった。