月と夕焼け
目を覚ましたら月と太陽があった。
というのが寝ぼけた頭で思ったこと。
「疲れて寝てんの? 可哀想だから、お手伝いさん探してきたよ」
夜もいた。
「能登君……」
夜の正体は能登。彼は俺の隣に立ち、会長用の机に突っ伏して眠っていた俺の肩を遠慮無く叩き、無という休息から現実に引き戻してしまった。
そして、月と太陽の正体は人間で、おそらく後輩。ド派手な金髪の上品な顔立ちをした生徒と、眉間の皺以外は可愛らしい顔立ちをしているが、髪を真っ赤に染めた生徒のふたり。
金髪の方は知っている。先月校内新聞に載っていた吉原君だ。あの、暴走転校生を止めた超人。
それで、能登はなんて言ったっけ? 確か――
「お手伝いさん……?」
「ああ、そう。生徒会がこんな状況だからさ、今怖いものなしの吉原と城宮に手伝ってもらおうかなって。福井君が良ければ」
「……いいの?」
所在なさ気に視線だけで室内を見回していた吉原に声を掛けると、彼は一瞬だけ俺と目を合わせ、すぐに逸らした。
「僕は、あの……図書室の鍵をもらう約束をしたんですよ」
「鍵?」
予想外の答え。
「はい。本が好きで、鍵があれば夜でも早朝でも好きなときに図書室に入れるよって、能登先輩に言われて……。もし、僕で良ければ手伝いたいんですが……」
「俺は、ありがたいけど」
「本当ですか」
吉原の表情が輝く。手伝ってもらうのは俺の方なのに、彼の腰が低いのが気になった。隣の城宮はずっと仏頂面だが、そういえば1年の生きのいい不良リストに彼を見たことがある。赤い髪に似合わない可愛い顔の造りだったのを思い出した。彼に似合う髪型にして、笑ったら絶対に生徒会入りだと思ったんだっけ。
「吉原は真面目で要領が良く気も遣える。こう大神から聞いてるよ」
「吉原君。猫かぶってるからなぁ」
「うるさい城宮」
城宮に吉原が肩をぶつける。
「城宮は吉原の付き添い。なんか、手伝ってくれるって」
「城宮も図書室目当てですよ。最近こいつ怪人800面相シリーズにはまっちゃって! 散々馬鹿にしてたのに」
「うっせぇ」
ふたりの姿を能登はうんうんと頷きながら見ていた。随分満足そうだ。
そして彼は、じゃあ俺は行く、と言って出ていこうとした。
「あ、ちょっと……」
おいおい能登君。俺は言ってしまえば人見知りだ。今はなんとか会話がスムーズに行われたが、人と、まして後輩と喋る機会なんか今までの人生で皆無に等しい。
中学生の時も会長をしていたが後輩とのコミュニケーションは全て北上がしてくれていたし、中学の生徒会は高校よりもずっとずっとすることが少ないから、俺は委員会の日以外生徒会室に行くこともなく、引きこもりの生活を送ることができていた。
冷静に考えて、無理。手伝ってくれるのはすごくありがたいし、いまは子猫の手も借りたい状況だけど、っていうか猫とかが癒やしてくれた方が良い。
だって、人間相手が一番面倒くさいだろう。意思疎通ができるばかりに意思不通になって人間関係にヒビが入り心も砕ける。
人と関わらないことが傷つかない一番の方法ではないのか。
でも、断る術も知らなければ、手伝う気持ちでふたりはここまで来てくれた。その気持ちを無下にすることもできない。
非情にも能登は振り向きもせず、手だけを振って生徒会室を出て行ってしまった。残されたのは俺達三人だけ。
二人は依然俺の前に並んで立っている。吉原はにこにこして、城宮はそっぽを向いて。
「……あ、あの、とりあえず、空いてる席に座ってください」
まさかの敬語! 俺の口からは自然と敬語が発せられた。偉さの欠片もなく戸惑うが、もう後の祭り。思えば俺は昨日の会議の時も偉そうになんかできなかったし、生徒会の皆もしばらく居ない。その間ばれないはずがないんだ。
面倒くさがりで根性もない俺は、偉そうに振る舞うことよりも、ありのままの弱い自分をさらけ出したほうが楽なのでは、という考えに傾いていた。
なめられたら物陰に連れ込まれるという元会長の言葉を忘れたわけではない。だけど、その来るかもわからない危機よりも俺が今直面している仕事に潰されそうな危機の方が遥かに大きな問題だった。
いいや、この二人には普通に行こう。能登が知ったらまた笑うかな。
考え事をしている内に、吉原は北上の、城宮は書記の席に座っていた。
「……出来たら放課後から夕方の5時くらいまで手伝って欲しいんだけど」
「え? それだけで良いんですか? 僕、鍵のためならもっとがんばれますけど」
「僕だって。きも」
「うるさい城宮」
「……学校を回す」
吉原と城宮がきょとんとした顔で同時に俺を見た。言ったタイミングも悪かったし、すぐに発言を撤回してしまいたくなったが、二人は無言で俺に続きを促してくる。
「やるのは、必要最低限で良い。毎日が滞り無く過ぎて、行事も開催できる。これだけで良いよ」
他にもやれって言われてることはたくさんあるけど、時間を潰してまでする意味、俺にはわからない。
「これだけだったら、3人なら17時までやれば大丈夫だから」
それに、俺には二人にはない授業免除という特典がある。これを使えばできないことはないだろう。
ふたりはなぜか虚を突かれたように俺を見ていたが、少しして、はじめに城宮の表情が柔らかくなった。
「吉原君の予想間違い~って俺思うんだけど」
「うるさい城宮」
「なんだよ、穏やかじゃねえなあ」
「先輩、俺たち改めて自己紹介しますね」
何を思ったのか吉原が立ち上がり城宮を連れてまた俺の前に来た。なにがなんだかわからないがとりあえず面倒くさいから考えることはせず現状を受け入れる。
「吉原観月、1年です。こんな頭してるけど不良じゃないです」
「吉原くんは不良だろ」
「周りが不良なだけ。俺は善良なる一般生徒だよ。ほら、城宮も自己紹介」
城宮は不満気に吉原を見たあと、俺の目を見て案外普通に口を開いた。
「城宮。吉原君の同室。なんとなく、暇だから来た」
「何生意気な自己紹介してんの」
「媚び売ったことねえからわかんねえし」
「普通に名前と学年とよろしくで良いじゃん」
「吉原くんだってよろしくなんて言ってねえよ」
「えっ」
「不良じゃないですっている? しかもその金髪は不良の金髪だし。会長さんみたいなおしゃれを目的とした金髪じゃねえ」
「今はそんなこと関係ないよ。すみません」
吉原が城宮から俺に顔を戻した。
「よろしくお願いします、先輩」
「う、うん。よろしく」
「で、何しますか?」
にっこりと笑う吉原君と、彼の隣でソッポを向く城宮。だけど城宮に来た時のようなとげとげしさは消えている。
初対面だし、見た目は完全に俺が避けて来た不良そのものだが、なんとなく悪い感じはしなかった。
「ああ、じゃあ――」
やってほしいことは山ほどある。
さっきまではひとりきりだったから先には真っ暗な道しかなかったが、光が差した気がした。