早寝記録

窓の外の小鳥

「う、うわああああああああああああっ」
 まるで殺人現場に居合わせてしまったようなけたたましい叫び声が耳をつんざいた。いつのまにかキスに夢中になっていたが、顔を離してドアの方を見ると、本当に事件を目撃してしまった表情のまま固まっている北上がいた。
「北上じゃん」
 冷静に能登が言うが、俺は一気に頭から冷水を浴びせられた心持ちになって、ち、違う、と否定しようと立ち上がろうとしたが、抱きしめられるように能登に両の腕を掴まれて制止された。
「北上、おかえりー」
「き、貴様! 何をしている!」
「何をしているって、き」
「言うな! 言うんじゃない! 死ねっ」
「ええ」
「むしろそこに直れ! ぶっ殺してやる!」
 北上が能登に向かって手で斬り払うような素振りを見せる。すごい迫力だ。
「無理だと思うな、お前には。俺のほうが強いし」
「武器を持ったら僕のほうに勝機がある!」
 北上は中に入ってくることなく、入り口に手を掛けたままわなないていた。能登しか目に入っていないような北上と、いつもの余裕を崩さない能登に挟まれて、慌てるべきなのに動悸を打っていた鼓動は落ち着き、冷静に物事を考えられるようになった。
「そもそもさー、福井君嫌がってねえし」
「福井!? お、お前まさかこんな男と付き合っているのか!?」
「いや、付き合ってないけど」
「んんんんん!?」
 北上の頭の上に大量のはてなが並んでいる。申し訳ないとは思うが、北上が納得するような答えを俺は持っていない。だって、本当に付き合っていないから。
「北上、来るの明後日じゃなかったのか」
「明後日から『登校』だよっ、き、昨日連絡したじゃないか!」
「あの長文の中に書いてたのか……。明後日から復帰だってところすごく覚えてた」
「昼に生徒会室に行くとも書いていた! わざとではなかったか。てっきり僕に見せつけるためだとばかり……」
「み、見せないと思うけど。恥ずかしいし」
「そこまで能登に毒されてしまったかともうすこしで涙するところだった……」
 北上が一歩踏み出し、生徒会室の中に入ってきた。それを見て少しだけ安心する。いつも世話をやいてくれていた北上に拒絶されるのは悲しい。そんな俺の胸中など知らず、能登が北上に向けて呆れたように溜息を吐いた。
「お前の中の俺のイメージってどんなんだよ……」
「クズ」
 ずんずんと歩きながら、北上は喚くように続けた。
「僕が中等部の頃から勝手に庇護していた気になっている福井を自分のものだと知らしめているのかと思ったんだよ。お前ならこのくらいはするだろう」
「俺、北上をいじめるために生きてるんじゃねえし、わざわざしねえよバカ。つうかさあ、前から気になってたんだけど、福井くん嫌がってないのになんでそんなに突っかかってくるんだよ。嫌がってねえのに引き剥がそうとするとか、嫌われるんじゃねえの」
「ふんっ。福井に友達ができるのは、たとえその相手がクズだとしても喜ばしい」
「それは喜んじゃだめだろ」
「もしお前が福井の前であってもクズを貫いていたのなら、僕は何も言わなかったかもしれない」
 近付いてきた北上が、俺の腕を掴んでいる能登の手を払い落とした。
「どういう意味だよ。つうか、クズクズ言い過ぎ」
「なんで猫かぶってるんだ? 福井の前では言いたくないが、福井はお前の猫じゃない」
「猫って、まさかミミオのこと言ってんの?」
「ミミオに対するときの甘ったれた話し方じゃないか」
「だからこそ、ミミオは俺に懐いてるからねー」
 能登がにっこりと笑いながら北上を見上げる。
 あからさまな挑発にさらに怒ると思った北上は、先程の能登と同じように呆れた溜息を零した。
「嫌われたくないから猫に対するように接するのか、お前は」
「え?」
 なんとも言えない間が生まれる。
「特に、そう考えてたわけじゃねえけど……」
 北上が能登をじっと見る。睨んでいるような、哀れんでいるような、俺にはわからない複雑な感情を秘めた表情。
 能登は能登で、北上に向けるものとしては珍しいほど無防備な顔を彼に見せている。
 止まってしまった時間の中で、俺は更に冷静になってしまった。
 どんな場面を見られたのかをはっきりと思い出し、認識してしまったのだ。
 ぼんっ、と音が聞こえるくらい急激に顔が熱くなる。能登と口付けて、俺がとろとろになっている姿を北上に見られてしまった。どうしよう。恥ずかしい。誰にも言うやつではないことは知っているけれど、見られてしまったことがすごくすごく恥ずかしい。
 まずい、死にたくなってきた。将来働かなければ生きていけないことを考えた時、ひどく厭世的な気持ちになって死にたい気持ちが満ち溢れるが、それ以上に消えてしまいたくなった。
 恥ずかしさをやり過ごす方法を、俺はひとつも持っていない。
「福井? 大丈夫ですか?」
 ぽんと肩を叩かれて見上げると、北上が能登には向けない穏やかな瞳で俺を見下ろしている。
「は、だ、大丈夫……。ていうか、あの、ごめん」
「何が? 何を謝ってるんですか、福井は?」
「なんていうか、その、汚いものを見せて……」
 あまりの羞恥心に顔が見れなくなり首が取れるほど深く俯いた。はあ、と再び呆れ返った溜息が聞こえる。
「美しい光景ではありました。能登も、無駄に整っているし。ただ、寮でしなさい、寮で!」
「も、もうしない」
「そうですか」
「生徒会の仕事をし、したから……時間があったら確認してください」
 俯きすぎて痛い。首がもげる。
「なんですか、その弱々しすぎる声。ほら能登、福井が消えそうですよ。ちゃんとしなさい」
「うっ」
 能登の脳天に北上の鉄拳が振り下ろされた。鈍い音とともに能登が呻く。
「お前……」
「福井が頑張ってくれた結果を確認するので、ちょっと出てなさい。頭を冷やせ、ばかものが」
「うっぜえなあ、お前は……。まあいいや。福井くん、昼食いに行こう。胸いっぱいだけどハラ減ったわ、俺」
「ああ、うん」
 立ち上がり、ドアに向かった能登の背中を追う。振り向くと、北上が早速資料に目を通しながら手を振っていた。