ふたご
食事を終え、寮に戻るという能登と別れ、ひとり生徒会室に向かった。
冷静になった頭でもう一度考えた結果、北上に謝まらなければいけないと結論が出たのだ。
だってあんな現場誰だって見たくない。友達と仲間がキスしているところなんてトラウマものだ。
しかし、その決意も生徒会室に入った瞬間に後悔に変わった。
生徒会室にいるのは北上だけではなかった。彼の座っている机の端には浅く腰掛けている長身の男と、平均的な身長の割に華奢な、すらりとした男がいたのだ。彼らが目に入り、認識した瞬間、少しだけ心臓が止まった。それだけの衝撃。
気付かれなかったらそのまま踵を返していたが、ドアを開けると同時に3人が振り向いて挨拶をしてきたから、そのまま寮に戻るわけにはいかなくなった。
仕方なく、北上だけを見て口を開く。
「やることある? ないなら戻るけど」
謝りに来たことは告げず、あたかも今言ったことが本来の用事であると自分でも思い込んだ。取り繕おうとすれば俺は必ずボロを出すから、騙すのはまず自分から。
「大丈夫です。あなたがひとりで頑張ってくれたから。明後日からまた一緒に頑張りましょう」
「吉原君と城宮が手伝ってくれたんだよ」
優しい微笑みは先程とは別人だ。だけど、本心を告げてくれているとわかる。俺は、人付き合いはうまくないし、人のことをよく考えたこともなかったが、北上がいいやつだということは昔から理解している。北上だけをまっすぐ見る。ほかは視界に入れない。
北上だけ、北上だけ――
「……それじゃ、また」
胸のあたりがぎゅうぎゅう締め付けられている。最近忙しかったのなんてただのそよ風で、今のストレスから突然病気になったような痛さだった。
「あ、福井――」
何かを言われたが、知らない振りをして来た道を戻る。寮までの道のりがやけに遠く感じた。
生徒が多い昼過ぎというのもあり、多くの生徒に姿を見られて何か言われているのがわかったが、そんなこと気にもとめていられないくらい早く戻りたかった。
面倒くさがりなのに、途中からは走って移動した。俺が移動手段に「走る」を選ぶことなんてまずない。
息せき切ってようやく部屋にたどり着いた頃にはもう呼吸も限界で、寝室に入ったそのままベッドに倒れ込む。
「最悪……」
見ないように、絶対に会わないようにしていた奴を目に入れてしまった。「久しぶり」なんて声を掛けられた。久しぶりなのなんて当たり前だ。面倒臭さをかなぐり捨てて、全力で会わないようにしていたんだから!
「格好わるい……」
昨夜から、自分の格好悪さばかりが目についた。格好悪い星の下生まれてきたからこんなにめんどうくさがりなのだとは思うが、めんどうくさがりが良い方向に作用して今まで自分のことすらあまり考えずに生きてこられた。
だけど、能登と仲良くなってから、自分のことを考える機会が増えた。そこで改めて俺は自分が格好悪くて仕方がない人間だということを思い知ったのだ。
さっきだって、逃げる必要はなかった。自分の心の弱さと汚さが俺をその場に留まらせなかった。
前までの自分ならここで考えるのをやめていたが、なんとなくそれも嫌で、さっきのことを考えてみることにした。
北上の机に腰掛けていたのは、最近来た転校生。北上と仲良くなって、影で色々と言われながらも一緒にいるらしい。クールなやつで、感情を表に出しているところをあまり見たことがない。単に俺が好かれていないだけかもしれないけれど。
転校生のことはどうでもいい。
問題は、もうひとりの方。平均的な身長、華奢な体つき、日焼けしていない肌……。あの髪の色は知っている。アッシュブラウンというやつだ。昔染めていなかった頃、誰かに言われたことがある。「染めなくても良くて、うらやましい」とかなんとか。そのときに言われたのがそういう名前の髪の色。
どこにでもいるような長さの髪も、遊ばせてるのか勝手に遊んでるのかわからない毛先も、目をつぶればまるで目の前にいるかのように浮かんでくる。
現実と見間違うほどのリアルな後ろ姿だ。想像の中のそいつが振り向く。
いつの間にか、昔の自分の顔にすり替わっていた。
「くそぉ……」
中等部で同じクラスだった頃は、後ろから見たら双子みたい、とよく言われた。
そいつは今、こっそりと教師と付き合っている。
「……気にしてなかったのに」
心の中だけに留めてくと、なんだか今発生した灰色のもやもやが消えずに残ってしまいそうで口に出す。
「好きでもなんでもなかったし」
だけど、声に出したら惨めになった。
「……」
能登と寝るようになって、その教師のことをたまに思い出してしまうようになった。
能登はどんなときもずっと俺を見てくれる。一度、後ろからは嫌だと言ったら、それからはその通りにしてくれるし、あいつは多分俺を誰かの代わりにしているわけではない。女の代わりはありえるが、それが特定の誰かじゃなければ別に良い。
重苦しい気分を飛ばしたかったが、ベッドに倒れこんだらもう動きたくなくなった。どんなに気分が重くても、いや、重いから、ベッドのふかふかは気持ちがいい。
それに、憂鬱を吹き飛ばす方法すら俺は知らないのだから、色々考えるだけ損だ。
面倒くさいことを、さっきはどうして考えることにしたのか。能登のせいだろうか。あいつが友達になってくれて、俺は無意識のうちに、普通の人間に近づけたつもりでいたのかもしれない。病的に面倒くさがりで何事にも無関心で悩んでいるのに、能登が友達になってくれただけで小さな頃からの悩んでいた自分の性質が変わったとでも思ったのか。
ばかみたいだ。
そんなに簡単に人は変われない。生物のなかで、自分の意志で変われるのは人間だけだろうが、変化はとても難しいことだと思う。
どんなに自信のない人にでも、アイデンティティはある。変わるということは、それを自分自身で否定してしまうこと。本当の意味で自分で自分を否定することは、味方がいなくなってしまったような、孤独で、ひどく心細い気持ちになる。
変わりたい。
俺だって、今のままの自分で良いとは思っていない。このままだったら、誰かに迷惑をかけ続けないと生きていけないから。
能登は面白がって付き合ってくれているけど、いつまでも俺の近くにいてくれない。卒業したらさようなら。たまに遊ぶことはあっても、今みたいに毎日会うことはできない。
能登だけじゃない。高校を卒業したら、俺はまた知らない人だらけの中に入っていって過ごすことになるのだ。
「めんどうくさい……」
いつも何気なくつぶやいている言葉が、まるで呪いの言葉のように聞こえた。