早寝記録

捨て台詞

「それは木戸に任せましょう」
「それは木戸がなんとかしてくれる」
「木戸、行け」

 会長と出会ったあの日から数週間が経ち、俺はすっかり会長にこき使われている。
 生徒会から風紀に委託される、彼らの親衛隊が起こした問題とかをわざわざ指名して俺に処理させるし、しかも直に風紀室に来て俺をからかって帰っていくから鬱陶しいことこの上ない。

 会長だけではない。
 会長と懇意らしい風紀委員長も何を言われたのかあの次の日から俺をひっきりなしに働かせる。
 何を言われたのか、なんて言ったけど実は会長が委員長に言ったことを俺は知っている。
 俺は会長が委員長に掛け合った時、ふたりがいる隣の部屋で作業をしていた。窓が開いていたからしっかり聞こえたのだ。
 あいつは「一年の木戸君はすごく働き者の素質がありやる気もある。だから育てるという名目で様々な仕事を与えてくれないか」と言ったんだ。
 委員長は「素質はないと思っていたけど、そんなにやる気があったなんて」といつもの抑揚のない声を少しだけ高揚させた。
 素質もやる気も別にないっす! と元気良く叫びたかったが、風紀委員長は怖いので言うなんて土台無理な話で――

「こんにちはー風紀でーす」

 俺は今日もやる気なく校内事件掃除をしている。
 俺が声を掛けると、それまで全く俺の存在に気付いていなかったのか、大柄な男達がぎょっとした顔で後ろから近づく俺の方へと振り返った。
 その陰に小柄な少年が見える。
 服がはだけていることから、風紀連絡メールに書いていたとおり、こいつらが三人掛かりで一人のちびっこを襲おうとしていたことが伺える。
 下衆すぎる。
 ていうか、男を剥いて何が楽しいんだかわからない。
 おっぱいがついてるわけでもないし、そもそも自分の体と大体同じだろう。男の体を見て興奮出来るなら風呂場にでも篭っていればいい。

「未遂? 既遂? 見た感じ未遂だと思うんだけどな」

 俺は動かない男たちに向かってずんずんと近づいていく。
 やっと驚きから我に返ったのか、男たちが身構えた。

「あ。君らの写真はもう送ったから、俺を負かしても無駄だよ」

 そう言って、できるだけ邪気の無い笑顔を向ける。
 つんけんした対応をして逆上させたくはない。

 しかし、俺が笑ったことで男たちの怒りのボルテージも上がったようだった。
 そういえば、会長に無理矢理笑わされたときも『なんかはらたつ』と言われた。
 笑顔が人をいらだたせるなんて結構最悪なことなんじゃないか。
 それからは純粋に爽やかに笑う練習をしているがまだまだ発展途上のようだ。
 無理なことはやめようと、笑顔を消す。

「ああ、あんたらは昼休みに風紀室来てね。まあ、来ない場合被害者の証言だけで処分を下すことになるだけだから、来る来ないは自由だけど。処分の通知は明日の朝に担任と指導の先生から行くから、寮の部屋から出ないで待ってて。じゃあほら、もう行って良いよ」

 俺がしっしと手で追い払う仕草をすると、男たちは「覚えてろ!」みたいな、そんな感じのださい捨て台詞を悪態とともに吐き捨て校舎に向かって歩き出した。
 殴り掛かって来るやつらが多い中こいつらは品行方正だ。
 まあ、しようとしてたことを考えれば品行方正でも何でもないけど。

 男達が消えたのを確認し、俯いて震える少年に近づく。
 伏せられた瞼にかかる長めのまつげが揺れる光景は、男なのに庇護欲をそそられる。

「大丈夫? 怪我してるなら医務室、してないなら風紀室に行こうね」

 できるだけ優しい声を出し、手を差し延べる。

「ありがとうございま……」

 恐怖に顔を俯けていた少年がゆっくりとした動作で俺の方を見て、そして――。

「! てめえは!」

 顔を真っ赤にし、俺の胸倉を掴んだ。
 いきなり鬼のような剣幕で俺の胸倉を掴む少年に呆気に取られる。

「はあ!?」

 意味がわからない。
 一体全体なんだっていうんだ。

「てめえ生徒会会長親衛隊の敵じゃねえか! 殊勝に礼なんていってる場合じゃねえ! 裏切り者には制裁を! じゃあな!」

 少年は一気にまくし立てると、乱れた服もそのままにどこかへと走り去ってしまった。

 俺は、呆然と立ち尽くすしか術がなかった。


**


 その話を聞いて、生徒会長はまるで子供のように無邪気に笑った。
 最近になって、会長は用もないのによく風紀室に来るようになった。
 会長は仕事に対しては真面目なので、風紀委員のやつらは堂々と怠けることも出来なくなり、俺は会長を好きなやつらだけでなく風紀委員の仲間の中でも着々と敵を増やしている。
 会長は俺で遊びにくるのだからそれはそれで仕方が無い。
 むしろ俺が他の風紀委員の立場だったら「つれてくんなサボれねえだろばーか」くらいの文句は言うと思う。
 それを思ったらみんないい奴過ぎる。
 だから俺は奥に引っ込んだ。
 奥の部屋は狭いが事務処理をするには最適だし、よく問題が起きる校舎裏をその近くにある倉庫の屋根に取り付けた鏡を通して見ることが出来るので、座っているだけで仕事をしているように見えるというステキな場所だ。

「笑い事じゃないっすよ! 被害者に逃げられて委員長に怒られるし、まじで最悪」
「まあまあ、いいじゃねえか。あーいい気味」

 ここ最近で気がついたことだが、会長は本気でムカつく。

「大体俺最近敵増え過ぎなんですよ。歩けば睨まれ野次を飛ばされ、あぁもう最悪!」
「まあ、俺はすごい人気者だから」

 会長がさらりと自賛し、頭を抱える俺の髪をさらりと梳いた。

「さらりと何かする人って爽やかな人じゃなきゃいけないんですけど。俺の中で」
「俺は爽やかだよ」

 どこがだよ! と言おうかとも思ったが、こいつにたてついても疲れるだけだ。
 無視を決め込むと、俺が何も言わないのを肯定と受け取ったのか、会長は満足そうに笑い、持参した鞄から書類を取り出した。

 それを見て机の横に置いてある座布団をぽんと会長に投げる。

「どうもどうも」

 会長は大人しく床に座布団を置き、それに座った。
 おばあちゃんが座っていそうな座布団に座る美形。これはどうなのだろうか。よくわからない。

 仕事だけはしっかりこなす会長が取り出した書類は勿論生徒会の仕事の紙で、会長はいつものこ憎たらしい顔を消して紙に目を通し始めた。

 それに倣って俺もパソコンに向かい直る。

 これが「いつも」の風景になりかけていることがなんだか恐かった。